言葉はいらない



ヒデオ (バレンタイン、か。僕には、関係ない)
 そう思うものの、ヒデオの視線はチョコレート売り場からはなれない。
ヒデオ (最近は、色々なものがあるな。……贈ったら、彼女は喜ぶだろうか)
 ふらふらと売り場に近づく。
ヒデオ (買うなら、手早くいこう。視線が痛い)
 背後で女子高生がヒソヒソと話している。
 客1 ねえねえ、あの人見て!
 客2 彼氏に贈るのかなあ? っていうことは、あの人が受け?
 客1 だよね! なんていうか、ギャップ萌え?
 客2 うんうん、わかる! いいよねー。
ヒデオ (わかるな。違うから。……いや。今のは空耳だ。あんな異次元のセリフは聞こえない、キコエナイ)
 ポンポンとチョコをカゴに放り込んでいく。
ヒデオ これ、ください。包装はこれだけで充分です。

翔香 なになに? こんなにチョコを持ってきちゃって。モテる男を自演してるの?
ヒデオ ……それが、普通の発想ですよね。
翔香 ?
ヒデオ いえ、こちらの話(何だったんだ、昨日のは)。……副長、お一つどうぞ。
翔香 何? あたしに気があんの?
ヒデオ いえ。何の他意もありません。いつも、お世話になっているので。
翔香 そう。じゃあ、一つもらってくわ。
ヒデオ (睡蓮にも、一つわけよう。しかし、彼女は。洋菓子を食べるのだろうか)

夜の自宅
ヒデオ ウィル子。
 パソコンを立ち上げるが彼女の来た様子はない。
ヒデオ (まあ。何の約束も、していなかったし)
 チョコレートをパソコンの前に積み上げる。メモ用紙に何かを書き付けている。
ヒデオ (『世話になったお礼に』。いや、違うな。『親愛を込めて』……これも違う)
 さんざん悩んだあげく、メモには『ウィル子へ』とだけ書く。
ヒデオ (早めに、遊びに来てくれると、いいけど)

次の日
ヒデオ (……ウィル子が来たんだな)
 パソコンの前からチョコレートがなくなり、かわりに『Thank you!』と書かれた紙がおかれている。
ヒデオ (……一つ残ってる)
 手のひらサイズのナッツ入りハートチョコレートが紙の下から出てきた。
ヒデオ (こんなもの買ったかな)
 手に取るとチョコレートの包装紙に『マスターへ』と書かれていることに気づく。
ヒデオ ……。ありがとう、ウィル子。




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Scribble <2009,02,14>