Promise

あなたとの約束


 ぱちぱちと、薪のはぜる音がする。
 空に月はないが雲はなく、満天の星空が美しい。
 この夜、この時間、トラン=セプターは夜の見張りについていた。
 木のはぜる音と、仲間たちの健やかな寝息以外は何も聞こえてこない、穏やかな夜だ。
「今夜は冷えますねえ」
 毛布をはおり、かまどに湯を掛けながら独り言をつぶやく。
「はい、ちょっと寒いです」
 独り言に返事が返ってきた。視線をずらすとノエルがもぞもぞと毛布から這い出てくるところだった。
「交代の時間はまだ先ですよ、ノエル」
「でも、目が覚めちゃって」
 彼女は少し困ったように小首を傾げて笑うとトランの隣に腰を下ろした。
「飲みますか?」
「はい」
 受け取ったカップはほわほわ温かい。飲んでみると、それはただの白湯だった。だが舌を焼かぬ程度に温められた湯は心地いい熱をノエルに与えてくれる。
「おいしいですか……ってそんなわけないですよね。ただのお湯ですから」
「いえ……」
「もう一杯いかがですか? 次のは蜂蜜を入れてあげましょう」
「いただきます」
 甘い湯が体の奥から温めてくれる。……彼の心遣いがうれしい。
 薪のはぜる音と仲間たちの寝息だけが周囲を満たす。会話も何もない、穏やかな時間がしばし流れた。
「くしゅん」
 ノエルが小さなくしゃみをする。改めて考えてみなくても、彼女はひどく薄着である。感じる寒さは自分以上のはずだ。
「失礼」
 突然トランがノエルを引き寄せて、自分の毛布の中に招き入れた。
「ふえ?」
「今夜は冷えますからね。それともわたしのそばはお嫌ですか?」
「いえ、そんなことないです」
 ノエルも熱を共有するために、自ら体を寄せた。互いの体温が心地いい。……なぜだかわからないが、幸せな気持ちになる。
「ノエル、見てください。きれいな星空ですよ」
 つられてみてみると、確かにすばらしい星空だ。まるで、零れ落ちてきそうなほどの満天の星空。
「あ……」
 本当に落ちてきた。流れ星が空に美しい放物線を描く。
「お、お母さんに会いたいお母さんに会い……。あ〜消えちゃった」
 残念そうなノエルに、トランが不思議そうにたずねた。
「何やってたんですか?」
「え? 知らないんですか?」
 さも意外といわんばかりにノエルが聞き返すが、トランは首を傾げるのみ。
「何を?」
「流れ星が消える前に三回願い事を言うと、神様が願いを叶えてくれるって」
「それって叶えてもらった人がいるんですか?」
「さあ……。叶えてもらった人どころか三回言えた人もいないと思います」
 ノエルの言葉にトランがあざける様な暗い笑みを浮かべた。
「やっぱり! 神は願い事なんて叶えてくれませんからね。……いやきっと叶える気なんてのも、もとからないんですよ」
「そんなこと、言わなくてもいいじゃないですか……」
「あ、いや……だからですね!」
 すねて離れようとするノエルを抱き寄せて、再び毛布の中にしまいこむ。
「だから願い事は自分で叶えなさい……ってことです。 ……ノエルが頑張るなら、わたしもお手伝いしますよ」
「本当ですか?」
「本当です」
 彼女は納得したらしく、再び体を預けてくれた。
「じゃあ、指切りしてください」
「いいですよ」
 トランはわざわざ手袋をはずすと、小指を差し出した。それに少女の細い指がからまる。
「約束ですよ」
「はい、約束です」
 互いに微笑を返しあう。からまる小指に不思議な熱がともる。
「ふみぅ……」
 小指が離れると同時にノエルが擦り寄ってきた。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、眠そうな息を漏らす。
「眠いなら寝床に戻ってはいかがですか?」
「ここにいます。ここが、いいです……」
 そういうノエルの吐息はすでに寝息に変わりつつある。寝床に戻すのは無理そうだ。
「しょーがないですねえ」
 しょうがないと言いながらも、トランの頬は緩んでいる。
 ……だって、この心地いいぬくもりを手放すのは惜しいし、彼女がそばにいるとなんだかうれしい。
 トランはノエルをそっと抱きしめた。彼女は何の抵抗もなく彼の腕に収まる。
「温かいですね、ノエルは」
「トラン、さん……」
 自分を慕ってくれる彼女がかわいいと思う。彼女が笑ってくれると幸せな気分になる。
「これが、恋とかいう感情なんでしょうかねえ」
 意識なんてしてくれてないんでしょうけど……。
 そんなことをぼやきながら、ノエルの頬をちょん、とつつく。そしてトランはくすぐったそうに笑う彼女にそっとささやいた。 
「ノエル……。トラン=セプターはあなたのおそばにおります。……ノエルの生ある限り……、あなたが望む限りあなたのそばに……」
 眠る彼女とかわしたもう一つの約束。
 それが……彼女とした約束が……

 トランは一つも守ることができないということを

 ………まだ、誰も知らない…………






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 <H20.01.13>