Promise

友との約束


「つ……」
 クリスは胸に痛みを感じて目をさました。辺りを見回すと、世界はまだ暗闇に包まれている。まだ夜中のようだ。
 怖い程の静寂の中、かすかに鳴咽が聞こえてきた。
 寝台を抜け出し、それを辿る。するとそこにはアガートラームを抱きしめたノエルが眠っていた。
「ひっく、トランさん。トランさん……!」
 ……完全に眠りこんでいるのに、泣いている。
 涙が止まらないのだろう、ノエルの枕は湿っていた。
「……トラン」
 ふと、エイプリルが寝言を零した。
 普段は寝言どころか寝息すらほとんどたてない彼女が何やら会話をするような寝言を呟いている。
 クリスは彼女らの寝台を離れ、自分の寝床へ戻ろうとした。
 そして彼は見つけてしまった。
 自分の寝台の隣、いつもなら彼が眠っているはずの寝台に、彼の代わりに寝かせられた彼のぬいぐるみを……。
「こんなの、作ってたっけ……」



  『クリスさん、見て下さい!』
  『それは……私とトランのぬいぐるみ? どうしたんですか、それ?』
  『トランさんと作ったんです。あたしとエイプリルさんのもあるんですよ』
  『へぇ〜。器用ですね』
  『しかも手の所に磁石が入っていて……。ほら、手を繋ぐんですよ!』
  『……えい』
  『ああ! 何するんですか!?』
  『たとえぬいぐるみであってもトランと手を繋ぐなんてイヤです』




「ふ……」
 不意に涙が、悲しみが込み上げてくる。
 それから逃げ出すようにクリスは自分の寝台に潜り込み、掛布を深く被った。
 しかしそんな事で悲しみから逃れられるはずもなく、涙が次から次に溢れ出してくる。
 そして共にわいてくるのは後悔と自虐の念。
 あの時少しでもマティアスを疑っていれば勲章など受け取らなかった。それなら騎士団も村に来る事もなく、何事もなく四人で旅を続けていたはずだと……。
「わ、私のせいだ。私のせいでトランは……。私はまた守れなかった、私がまた仲間を殺したんだ……!」
『何があなたのせいですって?』
 掛布の外側から声が聞こえてきた。
 それはもう聞くことがないはずの声、失った仲間の声。
「トラン……?」
 掛布をめくり、起き出してみると、そこには彼が少し困ったような表情で立っていた。
「あれはわたしが戦術ミスをしたせいです。あなたが悔やむ必要はない」
「トラン!」
 寝台から跳ね起き、彼を捕まえる。そうして触れた彼は確かな暖かみを持って、そこに立っていた。
「生きて、生きてたんだな?」
「いいえ……」
 トランは悲しそうな顔で辺りを見回した。それにつられて周りを見ると世界は白一色に塗り潰されていた。
「ここは?」
「ここはあなたの夢の中」
「じゃあ、お前も私の夢、なのか……?」
 トランは穏やかに微笑み、首を横に振った。
「わたしはあなたの夢ではない、トラン=セプター本人ですよ」
 よくわからないというように首をかしげるクリスに彼は続けた。
「死者が夢枕に立つ……、というのを知りませんか? それをあなたに対してしているんです」
「じゃあ、トラン。やっぱりお前は……」
「ええ……」
「ふ……」
 また堪えようのない悲しみが、涙があふれてきた。
 トランは自分にしがみつき、無言で涙を流すクリスをそっと抱きしめて言った。
「今なら、泣きたいだけ泣いていいですよ。今だけはあなたに付き合うから……」
「あ、あああぁぁぁ……!」
 クリスの慟哭が白い世界の中に響いた。



 泣き疲れ、座りこんでしまったクリスにトランが声をかけた。
「落ち着きましたか?」
「ん……」
 問い掛けに鼻をすすりながらこたえる。
「涙は出しきりましたか? ノエルの前で泣いては駄目ですよ」
「……うん」
「ノエルを、守ってくださいね」
「わかった。ノエルは……、いや二人は必ず守る」
 そう言うクリスの瞳はまだ涙で濡れてはいたが、確固とした決意で満ちていた。
 トランはそれに満足そうに笑うと立ち上がった。
「さてと、わたしはもう往きますので……ノエルは、あなたがなぐさめてください」
「……彼女のもとには、いかないつもりなのか?」
 クリスも立ち上がり、尋ねる。
 トランはその問いに悲しげな微笑を浮かべて答えた。
「……彼女に会ったら、一時といえども、離れられなくなってしまう」
「……そうか」
 彼の気持ちが痛いほど分かる。本当は、できることならば彼女の元を離れたくなどないのだろうから。
「大丈夫、私に任せておいてくれ」
 彼を、なぐさめに来たはずなのに……今は彼に励まされている。
 少し取り乱してしまったようだが、芯の強い彼なら、きっと自分の死も乗り越えられるだろう。そしてそんな彼らに託しておけばノエルは大丈夫だろう。……自分は往くべきところに往かなければ。
 トランは穏やかな微笑を浮かべながら、一歩二歩と彼から距離をとった。
「……もしも、生まれ変わったら、また一緒に旅をしましょうね」
「……そうだな。また、四人で旅をしよう」
 それは確証のできない約束だった。でも、なぜか……この約束はまもられる。そんな気がする……。
 トランが手を差し出す。
 クリスは笑顔を浮かべ、それをしっかりとにぎりしめた。
「もし、生まれ変わって、また出会えたら…………こうやって握手してくれないか」
「いいですよ。わたしから手を差し出しますので、ちゃんと握り返してくださいね」
 クリスの穏やかな表情を見て、トランは確信する。彼は、もう大丈夫だと。
「さよなら、また今度」
「ああ。また、な……」
 重ねられた手がほどけ、離れた……。






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 <H20.01.13>