Teddy Bear
〜ファナ〜
色とりどりの布やボタンとふわふわな綿。
窓辺から差し込む日差しの中でチョコンと座るくまのぬいぐるみ。
「痛っ」
「大丈夫、ティア?」
「うん。平気平気。えっと……ここからどうするの?」
「駄目よ。血が出てるじゃない」
そう言うとファナは薬箱から消毒液を取り出して指に振りかけた。
「痛っ」
「ほら、バイ菌が入ってた」
「そうみたい。ありがとう、ファナ。……準備がいいね」
まるでティアが失敗するのを見越したように薬箱が用意してあった。……自分はそんなに危なっかしいのだろうか。
『ティアがどんくさいからだろ』
手元をフラフラと飛び回る炎の精霊を軽く睨む。彼が目の前で飛び回るから気が散って指を刺したのだ。
『なあ、なんでこんなめんどくさいことするんだよ。預言書から出せばいいじゃねえか』
『レンポったらわかってな〜い。こういうのは作るのが楽しいんだよね』
頭の上に陣取るミエリの言葉に軽く頷く。友達とこうして一緒に作るのが楽しいのだ。
『(崩壊の時は延びたのだから休息も大事。つまらないのならウルみたいに寝ていればいい)』
肩口に座るネアキのテレパシーで机の上を見てみれば、預言書の上で寝そべるウルの姿があった。ポカポカの日差しを受けて気持ちがよさそうだ。
でも眠っているわけではないような……。
目枷に隠れてよくわからないが口元が優しげに微笑んでいるし。
「ティア?」
「あ、うん。ごめんね、ファナ。ちょっと精霊たちがね」
「ここにいるの?」
「うん。私の手元と、頭の上と肩の上に。あ、あと預言書の上で日向ぼっこしてる」
くるくるとファナの目が動くが当然彼らの姿が見えるはずもなく……がっかりした表情で目を落とす。
「いいな。私も見てみたいな。きっとすごくきれいなのよね」
「うん! すっごく綺麗で可愛くてカッコよくて」
最後にレンポの上で目を止めて。
「……あと生意気?」
『生意気ってなんだよ生意気って! あ、くそ! 笑うなよお前ら!?』
ミエリにウル、ネアキまでが声を揃えて笑う(いや、ネアキは笑う気配がするだけだが)。
さて、と。レンポに軽い意趣返しも出来たし、ぬいぐるみ作りを再開しよう。
「ね、ファナ。ここからどうするの?」
「うん。あとは布をひっくり返して綿をつめて……」
ファナの指導通りに悪戦苦闘すること数十分。初めて作った割には上出来な、自分では百点満点をつけたくなるような、かわいいくまのぬいぐるみが出来た。
「わあ……。上手よ、ティア」
「ありがとう。ファナの教え方がいいからだよ」
あとはこれに……この布をあわせて。
『わあ! これ、彼女ね?』
ミエリの言葉に笑顔で頷く。
さんざん家の中をひっくり返して調達した栗色の布はファナの髪にあわせたものだ。大切にし過ぎてしまいこんでいたこのハンカチも彼女のケープによく似てる。
「はい、ファナ。プレゼント」
「いいの? じゃあ、私も」
ファナがくまの頭にパズルピースのような、ちょっと変わった形のボタンをリボンとともにつけてくれる。
「はい、ティア。プレゼント」
「ありがとう、ファナ!」
お互いがお互いに贈りあったぬいぐるみを抱いて笑いあう。
『なんだかこいつ……ティアに似てるな』
レンポがぬいぐるみをツンツンとつつきながら(実際はふれてはいないのだが)笑う。
『彼女がティアのために仕上げてくれたものですからね。思いがこもっているんですよ』
『なんだよ、ウル。寝てたんじゃないのかよ』
『寝てませんよ、はじめから』
というか、さっき一緒になって笑っていたのをレンポは聞いていなかったのだろうか。
それはともかく、ウルがふわりと飛んできてぬいぐるみを観察しはじめた。
『気持ちを込めて作られたのが伝わってくる良い品です。大切にしてあげてくださいね、ティア』
「うん」
「どうしたの?」
ファナからすればティアが何もないのにうなずいたように見えるのだから不思議に思うのも無理はない。あわてて彼女に説明する。
「あのね、ウル……精霊がね、気持ちの込もったいいコだから大切にしなさいって」
「え?」
ファナの顔がほんのりと染まる。誉められて恥ずかしいのだろう。
「大切にするね、ファナ」
「う、うん。私も大切にするね」
ぬいぐるみを抱きながら、二人で照れ笑いを浮かべる。そんな時、階下から声をかけられた。
「ファナや、クッキーが焼けたよ。ティアと一緒に降りといで」
「行こっか、ファナ」
「うん。あ、ぬいぐるみは置いていかないと」
「そっか。汚しちゃいけないしね」
『おい、ティア。預言書は持っていけよ』
「わかってるよ!」
ぬいぐるみをテーブルの上に置き、かわりに預言書を鞄の中に突っ込む。階下から先に下へ降りたファナののんびりした声が届く。
「ティアー。おばあちゃんがミルクはあたたかい方がいいかいって」
「うん! あったかいのがいい!」
あたたかな日差しを浴びながら、仲睦まじく寄り添う二体のくまのぬいぐるみが部屋の主とその友を見送った。
終
[ ▲MENU ]
Scribble <2008,11,15>