Festival

〜レクス〜


 ピーピープープー子供が笛を鳴らす音が聞こえてくる。起き上がって窓を開くと、空は素晴らしい快晴で今日の祭りの成功を約束してくれていた。
『何かいい匂いがしますね』
 窓の外から甘い花の香りと何かを焼いているらしい食欲をそそる匂いがただよってきている。それを胸いっぱいに吸い込んでから同居人(?)である雷の精霊に答えた。
「うん。今日はお祭りなんだ。一年に一度のローアン祭!」
 さあ、早く着替えて出かけよう。アンワールは今町にいないし、王子や将軍は和平交渉中で誘いづらい。……どうせレクスはまだ眠っているのだろうし、まずはデュランの家に行こう。
 ウキウキと着替えを済ませ、ありったけの小銭をポケットに突っ込む。最後に預言書をカバンにしまうと精霊たちに声をかけた。
「さあ、行こうか」
 彼のことだから用意を済ませて家の前で待っているものだと思っていたが誰もいない。
「あれ?」
『先に出かけちゃったのかな』
「ううん。そんなことないよ。毎年レクスと三人で出かけてるけど、いつも待っていてくれてるし」
 扉を軽くノックする。すると数秒の間を開けて扉が開かれた。
「……やあ、ユミル」
「ど、どーしたのデュラン!」
 そこから顔をのぞかせたデュランはいつになくよれた姿をしていた。身だしなみには常に気をつける彼には珍しいことだ。
「……ちょっと、風邪をひいちゃった、みたいなんだ。だから今日は、レクスと二人で出かけてくれるかい?」
「それはいいけど……大丈夫?」
「へいきさ……。僕はゆうしゃだからね、これぐらいでへこたれないさ」
 いや、充分へこたれてる。
『風邪くらいなら預言書の力で治せるぜ』
「レンポ、本当? 預言書の力で風邪を治せるらしいけど……治してあげようか」
 デュランは少し考えると首を横にふった。
「いや、いいよ。もともと僕の不衛生の結果だし、それにユミルにたよってばかりはいられないよ。……でも悪化したら、その時はたのめるかな」
「うん! って悪化しないで治るといいんだけどね」
「ちがいない。そのためにも今日はおとなしくねてるよ。さそいに来てくれてありがとう……」
 デュランの家を後にしてレクスの家に向かう。
『声が少し変わってましたね』
『遠慮しなくていいのにねー』
「うん。あとでお見舞いを兼ねて何か届けようかな。お祭りのお土産ならきっと受け取ってくれるよね」
 普段なら手を出すのがためらわれる高価な物も、今日は驚くほど安価で手に入る。
 栄養をつけるための果物か、喉を潤すための飴か、どちらかを買って差し入れよう。
 預言書の奇跡は受け取らなくとも、友人からの差し入れは受け取ってくれるはずだ。彼は、友の心遣いを無下にするような男じゃない。
 ほどなくしてレクス宅に着いた。大きな声をあげて彼を呼ぶ。
「レクスー。一緒にお祭りに行こうよー」
 バタバタと家の中で暴れるような音が響き、そして……。
「よう、ユミル。遅かったな。待ちくたびれたぜ」
 ……待ちくたびれた、は嘘だと思う。今まで一度も準備が出来ていたことがないし。……少し、カマをかけてみようか。
「レクス、寝癖」
「う……」
 レクスがバサバサと手櫛で髪を整える。
「やっぱり! 今まで寝てたんじゃないか」
「あ? お前、引っ掻けたな!」
「ごめんごめん」
「ったく。いいだろ別に。お前が来るのには間に合ったんだからよ。……っと、お前一人か?」
「うん。僕一人だよ?」
「デュランはどうした? それにお前のことだから、他の奴等を誘ってくるんじゃねえかって思ってたんだが。路地裏にいるアン……なんとかって奴とか」
「アンワールは砂漠の方ではずせない儀式があるとかでナナイと一緒に帰ってるし、デュランは風邪ひいて寝込んでる。ヴァルド王子とヒースさんを誘うのはちょっと気がひけて」
「王子と将軍だしな。つーかデュラン。相変わらず間の悪い奴……」
「ね、レクス。早く行こうよ。さっきから美味しそうないい匂いがしてきてるんだ」
「おい、待てよ。引っ張るなって!」
 レクスを連行した公園で焼いたミンチ肉を挟んだパンを買って半分こにする。二人で一つしか買えなかったわけではない。せっかくの祭りなんだからいろんな物が食べたいと思っただけだ。
「でもよ、金はあるのか?」
「あんまりない」
「なあユミル。俺の勘違いだったら悪いんだが、王様から報償金とかもらってなかったか?」
「ほとんど町の再建費に寄付しちゃった。残りも家の雨漏り直したらなくなっちゃったし」
「あのなあ……。もう少し後先考えて金を使えよ。雨漏り直してから寄付するとか」
「ウルにもよく言われるんだ。もう少し考えて行動しなさい、もっと自分を優先してもいいんですよって」
「……まあ、お前らしいっていえばらしいんだけどな」
「うん。いつも他の精霊たちからそんなフォローも入るんだ」
「そっか。人間も精霊でも感じることは同じだな。……にしても喉が渇いたな」
「あ、預言書から出そうか?」
 ちょうど果物ジュースにコードをセットしていたはずだ。
 預言書を開き、ペラペラとページをまくって該当箇所を探す。しかしそれはレクスによって止められてしまった。
「いいって。……今日はそういうのは無しにしようぜ」
「……うん、そうだね。せっかくのお祭りだしね」
「なんか買ってくるから待ってろ」
「あ、レクス。お金は」
「いいよ。さっきはユミルが出したから今度は俺の番だ」
 レクスの背を見送って、預言書を抱え込む。そして大きくため息をついた。
『どうしたの?』
 心配そうな森の精霊に微かに微笑んで、ポツリと呟く。
「ん。僕は頼ってばっかりだなって……」
 昔、何も出来なかった自分に、一番親身になってくれたのはレクスだった。彼に通じてデュランと知り合い、そこから師匠であるグスタフに出会い、さらに知人の和が広がった。彼に出会わなかったら、今ここにいる自分はなかったに違いない。
『しかし今は彼に頼ってばかりではないでしょう?』
「レクスにはね。今は……預言書の力に頼ってる」
 世界を創成するための奇跡を自分のために使おうとした自分に情けなくなる。結局自分はレクスの背にしがみついていた小さな頃から成長してないのではないかと思う。
『……(ユミルは頑張ってる。あなたは世界の滅びを先に延ばした。これは、今まで誰にも成し得なかったこと)』
「それは"彼"がいて、滅びを早めようとしていたから。僕は、それを止めただけだよ」
『それだけじゃねえ!』
『それだけじゃないよ!』
『……(それだけじゃない)』
『それだけではありません!』
 精霊たちの励ましが嬉しい。もっと頑張らなくは。
「どうした。暗い顔して」
「え? あ、うん。なんでもないよ?」
 預言書をカバンの中にしまい、レクスからそれを受け取る。それは……なにやら大きな木の実のような物だった。
「ヤシの実のジュースだってさ」
 受け取った果実の上部は切り取られ、そこにワラが二本さしてあった。中を覗き込むと液体がなみなみとつまっている。
 ……どうやって飲むのだろう。というか、このワラはいったい……。
「そのワラを口にくわえて吸い込むんだ」
 レクスが隣に腰をおろし、ワラを口にくわえてみせる。……中身が減ってきているから、うまく飲めているのだろう。
 急いで真似をしてみる。
 口の中に流れ込んできた液体の味はなんというか……おもしろい味だった。
「自分で買ってきてなんだが……うまいものじゃないな」
「まあ、当たりはずれがあるのもお祭りの醍醐味だよね?」
「フォローになってねえよ、それ」
 まあ、味はともかくとして量はたっぷりあったから、喉の渇きは癒された。次はどこに行こうか。
「なあ、ユミル。あっちに行かねえか。さっきいいもの見つけたんだよ」
 特に希望もないのでレクスの望み通り、競技場にやって来た。なにやらたくさんのイベントが開催されているようだ。
「ほら、あれ」
「あれ?」
 彼の言う方向に注意を向けるといかにも器用そうな男がダーツをクルクルともてあそびながら、周りに向かってなにやらアピールをしていた。
「さあさあ! 誰か俺に挑戦してみようという奴はいないか ? 参加費は銅貨五枚。三本投げて俺に勝てば参加費は倍返し、三百点パーフェクトなら金貨一枚だ!」
 見ている間にも何人かが挑戦していたが、誰も男に勝てない。かなりの腕前だ。……しかし。
「おい、ユミル。俺に賭けないか?」
「見返りは?」
「儲けを山分けでどうだ?」
「のった!」
 パチンとレクスと手を打ち合わす。彼に銅貨を手渡して、よく見える位置に移動する。
『なあ。山分けっていっても、勝ったところでトントンだろ?』
「まあ、見てなってレンポ」
 レクスの放った矢が吸い込まれるように、ダーツ板の真ん中に打ち込まれた。二投目も言わずもがな。
 レクスに対して周りから歓声があがる。ふと気づけば見物人が多数集まって応援を始めていた。
「兄ちゃん頑張れー」
「あと一つあと一つ!」
「気楽にいけー!」
『……(応援、しないの?)』
「うん。しないよ。だって……必要ないもの」
 三投目がダーツの矢の間をぬって、ど真ん中に命中する。
『すごーい。みんな真ん中、パーフェクト!』
『確かにすごいですね』
「うん。僕の親友はすごいんだよ」
 友達を誉められると自分まで誇らしくなる。
 それはともかく、レクスが金貨を受け取り、意気揚々とユミルの所に帰ってきた。
「これで今日の軍資金はできたぜ」
「うん! まずは焼き鳥食べて焼き魚に練り飴に揚げパンに……」
「いや。何で全部食い物なんだよ」
「だってさ、こんな時くらい好きな物を好きなだけ食べたいじゃない」
「食えない。絶対にそんなにも食えないって」
「そうかなあ。……あ、そうだ! デュランへのお土産!」
「風邪ひいてんだったな。……まずはこの金でデュランへの土産でも買って、残りを二等分するか」
「うん! そうそう。ここに来る途中に飴細工を売ってる店があったんだ」
「よし! じゃあ、まずはそこに行くぞ!」
 親友と過ごす楽しい一日は、まだまだ始まったばかりだ。





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