Less romantic


 あたしとあいつは仲がよかった。
 一番仲のいい異性は誰かと問われれば、あたしは石丸だと答えるし、あいつはあたしだと答えると思う。
 なぜ仲がいいのかと続いて聞かれれば、授業において雑用を一緒に行うからだと迷いなく答える。
 なぜ一緒に行うのかと聞かれれば……まあ、何てことはない、ただ自分たちは余ったのだ。
 授業においての雑事は生徒がペアになって行う(一人でもいい気がしなくもないけど)。その組を決める際に自分達は余っただけのことだ。
 ……盾子はどうしたとか、石丸には大和田や不二咲がいるだろうとか言いたいのはわかる。
 でもあたしは『お姉ちゃんは口うるさいからイヤ』と拒否られたし、あっちはあっちで『僕が兄弟と組んだら自分が全てやってしまう』と、大和田に不二咲と組むように勧めたらしい。
 そうなると互いに組になるような相手はいない。――念のために言っておくけどクラスメイトと仲が悪いわけじゃない、広く浅く付き合ってるだけ。……で、ふと気付くと組を作っていないのはあたしと石丸だけだったわけだ。
 そんなどうしょうもない理由で一緒にいることが多くなった自分たちでも、それなりに時間を過ごせばそれなりに仲良くもなる。
 とり損ねたノートを写させてもらったり、お昼を忘れたときにおにぎりを分けてもらったり、外れたボタンをつけてもらったり……。
 ――借りばっかり作っているような気がするのはきっと気のせいだ、そういうことにしておこう。
 ともかく、あたし達は仲がよかった。
 少なくとも、ダンスのパートナーにお互いを迷いなく選ぶくらいには。
「戦刃くん、どうかしたのかね?」
「別に。ただ体育の授業にダンスって何の意味があるんだろうなって」
「僕も疑問に思わないでもないが、まあ授業だし」
「そうだね、授業だもんね。考えてもしかたがないか」
 などと小声で雑談を交わし(これくらいなら石丸も応えてくれる)ながらステップを踏む。お互いに運動神経はいいほうだし、そもそも女子は男子さえしっかりしていればそのリードに任せていればいいから、視線をよそにやる余裕も出る。
 バラバラながらもやけに楽しげな桑田・朝日奈とか、男女が逆になった方がいいんじゃないかと思う不二咲・霧切とか、互いに恥をかかせまいと気を使っているらしい大和田・大神とか、セレスと踊る前に腹肉を削げと言いたい山田とか、妹に振り回されてる葉隠とか、十神に振り回されて恍惚な表情を浮かべて いる腐川とか、お互いに照れまくってちぐはぐな動きばかりの苗木・舞園とか色々見ていて楽しい。
「……っ!」
「あ、ごめん」
 さすがに余所見をしすぎていたようだ。ステップを踏み間違えて石丸の足を踏んでしまった。
「いや、いいんだ。……少し休憩しようか」
「うん、そうだね」
 自分達は自由練習になってから延々と踊っていたのだ、一息くらいついてもいいだろう。
 組んでいた手を解き、邪魔にならないところに言って座り込む。石丸はクラスメイトの踊りを眺めていたけど、あたしはなんとなく自分の手を見ていた。
 武器を握り赤く染め上げてきたこの手を、自分より力強くとも穢れたことのない彼の手に預けていた。
 その際にともった熱が徐々に冷えていく――そのことが、なぜかさびしい。
「……」
「なに黄昏てんの、お姉ちゃん」
「……何でもない」
「『カレと手ぇ繋いじゃった、きゃードキドキ』みたいなキャラにあわないこと考えてたとか?」
「盾子……」
 大きくため息をついて、隣に座った妹の頭を小突く。
「照れんでもいいべ。俺も普段から石丸っちと戦刃っちはお似合いだと……おぉ! そうだべ! なんなら二人の相性を特別に五万で占って」
 ゴスリ、とかなり本気の裏拳が石丸の隣に座り込んだ葉隠の顔面に入った。
 その拳がからかわれたことに対してか、クラスメイト相手に商売しようとしたことに対してかわからないが、風紀委員に対してそんなことを言う葉隠がバカだとしか言いようがない。
「ひでーべ! ってか風紀委員が暴力って」
「君が悪い」
「あたしが殴った方がよかったの?」
「う……」
 さすがに黙った。黙らなければ傭兵隊仕込みの絞め技をきめようかと思ってたのに。
「でもさ、お姉ちゃん、石丸と本当に仲いいけど、そういうのじゃないの?」
「まさか」
 まあ、どちらかと言えば凛々しいと言える顔立ちとかガッチリ鍛えた身体とか自分の信念は貫き通す意志の強さとか――そういうのは嫌いじゃない、というか好ましい。でもそれだけだ、あたしは石丸を『カレと手ぇ繋いじゃった、きゃードキドキ』みたいな色ボケた目で見たことないし考えたこともない。
 ダンスしてる間、互いの吐息がかかりそうなほど近くにいたのに、お互いに何とも思わなかったし。
「石丸っちは? 戦刃っちのこと彼女にしたいとか」
「ない」
 葉隠のセリフを途中でバッサリ切り捨てる。予測はついていたとはいえ、こうもあっさり否定されると少し傷つく。
「ひっどーい! 私のお姉ちゃんのどこが不満なわけ!?」
 不満点をあげていくなら色々あると思うけど……例えば胸とか胸とか胸とか。
「戦刃くんがどうと言うのではなく、学生は学業が本分。そんなものにうつつをぬかすわけにはいかない」
 言われてみれば、それはそうだ。“超高校級の風紀委員”に不純異性交遊をすすめてどうする。
「んじゃ、学校卒業してお互い社会人になったって想定して。それならどうだべ?」
 葉隠のセリフを全部聞ききる前に石丸がスックと立ち上がった。そしてあたしに手をさしのべて――。
「戦刃くん、休憩はもういいだろう? 授業に戻ろうではないか」
「う、うん」
 石丸の手をとって立ち上がる。そしてそのままぐいぐいと引っ張られて体育館の真ん中へ。
「石丸?」
「なんだね?」
 顔は、赤くない。すぐに表情に出る彼の顔色が変わらないのだから、照れたりして逃げ出したわけじゃないだろう。
「いや、うん。なんでもないよ」
 だから、気のせいだ。
 さっきよりも熱いような気がする体温も、ぎこちなくなってしまったステップも、『ありゃ脈ありだべ』とか『お姉ちゃんがんばれー』なんていう野次も、みんな気のせいだ!


*   *   *   *   *



 時間は深夜――。
 カツカツと静かな廊下に靴音が響く。ほんの一ヶ月前まではたくさんの生徒が行き交い、靴音など耳に届かなかったのに、今はやけにその音が響く。
 それもそのはずだ。この廊下を歩くのはあたしともう一人だけ。クラスメイトたちは別個に閉じ込めてあるし、その他の人間は処分してしまった。
 同じ学舎で過ごした先輩達も自分に様々なことを教えてくれた先生達も学園生活をよりよく過ごせるように気をつかってくれていた用務員の人達も――全員が絶望的な死を迎えた。
 いや、自分たちがそれを彼等に与えた。
 カツカツと靴音を響かせて向かうのはクラスメイトたちを閉じ込めている寄宿舎。彼等は希望の芽を摘み取るために絶望的な処理をされ、絶望的なコロシアイ学園生活をおくることになる。
 固く閉じられた扉の前であいつのことを考える。
 あいつは……石丸はこれから始まるコロシアイ学園生活で死ぬだろう。何人生き残ることになっても、その中にあいつが含まれることはないだろう。
 級友達の誰かの手にかかって死ぬか、級友達のコロシアイに精神を破壊されるか……どちらにしても、あたしの知る“石丸清多夏”という男は死ぬ。
 懐から鍵を取り出して扉を開ける。そしてサバイバルナイフを引き抜き、そっと部屋の中に忍び込む。
 暗い部屋の中であいつは静かに眠っている。この絶望的な状況下で眠れるのは神経が図太いのか……いや、違うな。ただ石丸は現実逃避しているだけなんだろう。
 足音静かに眠る石丸へ近づき、彼の腹の上に馬乗りになる。そして苦しげな声をあげた石丸の喉をつかみサバイバルナイフをあてる。
「……重いじゃないか、戦刃くん」
「この状況での第一声がそれかっ!? というか失礼な!」
「いくら君が軽くとも三十はきらないだろう、それだけの重量が腹にかかれば重
いに決まっている」
 押さえつけるあたしの手に自らの手を添えて石丸は続けた。
「手を離して、僕の上から退いてくれないか。今、僕を殺すつもりはないのだろう?」
「ナイフを前になぜそんなことを思う?」
「殺すつもりなら、ただそのまま首を切ればいいだけのはずだ。こんな風に押さえつける必要はない」
 確かにあたしには石丸を殺す意思はない。
「今から、あんたの上から退くけど、変な考えは起こさないように。……あんた以外の誰かが死ぬことになる」
「……わかった」
 石丸の上からおり、ベッドから少し離れた所にあった椅子に座る。彼は身をおこし、ベッドに腰掛けている。
 互いに手を伸ばしてもわずかに届かない微妙な距離。あの時は互いを腕の中におさめられるほど近くにいたのに、今はふれあうことすらできないくらい遠い。
「何の用だ?」
「……あたしはあんたに借りがある」
「借り?」
「あんたにとっては記憶に残らないくらい些細なものでも、あたしの中で積み重なったそれは大きな借りになってんの。……だから」
 大きく息を吸い、けれど静かに言葉を吐き出す。
「ここから、逃がしてあげようか?」
「なっ!?」
 驚きと喜びをない交ぜにしたような石丸の顔を見ながら問いかけを繰り返す。――少しだけ言葉を継ぎ足して。
「ここからあんただけを逃がしてあげようか?」
「……僕だけ?」
「そう、あんただけ。いくらあたしが“超高校級の軍人”でも複数人を連れてはあの子を出し抜けない。だからあんただけ」
「……」
 固く目を閉じたまま石丸は考え込んでいる。けれど考えている内容はきっと“逃げ出すか否か”じゃない。
「……僕ではなく、他の誰かというわけには」
「駄目。……あんたは、ここから逃げたくないの?」
「正直に言えば……逃げたい。これから何をされるのか、どうなるのかが恐ろしくてたまらない、ここから逃げ出したい。でも……兄弟を、級友たちを残していけない」
「“超高校級の風紀委員”として?」
 石丸は軽く首を横にふり、答えた。
「……僕が後悔する」
 軽くため息をつく。……わかっていたはずだ、彼が断るなんてことは。
 それでも、あえて尋ねたかったのだ。
 ――生き延びるつもりはないか、と。
「そう。ならここにいるといいよ。みんなと一緒に絶望に染まればいい」
 立ち上がって扉に向かう。そしてドアノブに手をかけた時――。
「待ってくれっ!」
「……もう、交渉は終わり。助かるための蜘蛛の糸をあんたはつかまなかった」
「違う。一つだけ聞きたいんだ。――あの楽しかった学園生活は、君たちにとって偽りだったのか……?」
「……ううん。楽しかった、楽しかったよ。みんなと過ごした二年はすごく楽しい日々だった」
「ならなぜ!?」
「ただ、あたしたちにとってあの楽しかった日々は今という絶望をひきたてるスパイスでしかないというだけ」
「……っ!?」
 言葉をなくしてしまった石丸を置いて部屋を出る。そしてしっかりと鍵をかけてから軽くため息をつく。
 そこで声をかけられた。
「うぷぷぷぷぷ。お話はもういいの? もっとゆっくりすればいいのに」
 『あと三時間くらい?』などとほざいているのは妹ではなくツートンカラーのクマ。その頭に軽いデコピンをあてながら問う。
「三時間ってなに?」
「ほら健全なお子さまに言えないようなあれやこれやだよ。ドーテー君に最後にいい思いさせてあげるのもいいしさ!」
 年頃の娘にはあるまじき下品なことを言い出したクマを思い切り叩く。
「いったいなー、もう!」
「痛いわけないでしょうが。っていうかあんたがバカなこと言うから悪いんでしょ」
「っていうかお姉ちゃん」
 声色はそのままに、口調だけ盾子のものに変わる。
「どういうつもりなの、逃がしてやるって?」
「見てたの聞いてたの!? そのくせヤれとか言ったの!?」
「……お姉ちゃん?」
 妹が迫り詰問してくる。……まあ、姿は愛らしくも憎らしいクマなわけだけど。
「一人くらいいなくなっても計画に支障はないでしょう?」
「だから?」
 表情がわからないから盾子が今なにを考えてるのかはわからない。けどあたしにいい感情を持っていないことくらいわかる。
「自分の意思で友を見捨てて逃げ出して。けして手の届かない所で友が殺しあい疑いあうのを見るしかない。――それはそれで絶望だと思わない?」
「……あぁ、うん、そうだね!」
 目の前の友の殺しあいに巻き込まれて死ぬか、手の届かない所で友の殺しあいを見て見捨てた後悔に蝕まれるか。
 あの場で石丸がどう答えようとも、どちらにしても絶望しかなかった。
「安心したよ! てっきり惚れた相手だけは助けたいとか血迷ったこと言い出すのかと思っちゃった!」
「まさか」
 あたしは石丸に惚れてなんかいない。……そのはずだ。
「あたしは……」
 なぜか言葉が続けられなかった。
 あたしは、あたしは石丸が死んだらどうなるんだろう?
 あいつの“死”という絶望に歓喜するんだろうか、それとも涙するんだろうか。
「お姉ちゃん?」
「あ、うん。なんでもないよ。今、そっちに戻るから一緒にコーヒーでも飲む?」
「うん! 私の分はミルクティーでお願い」
「はいはい」
 それっきり動かなくなったクマを脇に避けて食堂に向かう。そして改めて自分に問いかけてみた。
「あたしは、石丸のこと好きだったの、そうじゃなかったの……?」
 今はまだ、この疑問の答えはわからない。
 けれどあたしはそれを精一杯考えてみよう。
 そうして出したあたしの答えが、あっていたのか間違っていたのか――その答え合わせは“あいつが死んだ”その時に……。





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