The song is heard.

たとえばこんなロストエンド(ミーユ編)


「最後の朝、か…」
 そうつぶやいて少女はベッドから身をおこしました。彼女の傍らには壊れたままのロンダキオンがあります。
「やっぱり私は勇者なんかじゃなかったのね……」
 少女は自分の本当の名と記憶の一部を取り戻しました。懐かしい友の姿を見ることも出来ました。……しかし彼女は、呪いの根本たる赤き竜を倒す力となるロンダキオンをなおすことが出来ませんでした。
「これは預けておいた方がいいかな」
 そう考えると少女は身支度を整え出かける準備をしました。
 彼女が酒場へと足を向けると赤い髪の戦士が少女のもとにやってきました。
「……あの、その……。あのな……」
「な、何、気持ち悪い。あなたはそんな言い方をするような人じゃないでしょう……」
「いや、そうなんだけどさ。お前は……」
「……そうね。かえるに戻ってしまう」
 できる限り平然を装って少女は言いました。その言い方に彼はショックを受けたようでした。
「何で、そんなに平然としてられるんだ?かえるに戻っちまうんだろ、オレ達と別れなくちゃならないんだぜ」
「なぜ、あなた達と別れねばならないの?」
「は? いやだってさ」
「私はかえるに戻ってもコロナに住むつもりでいるわ。実際私の部屋にはかえるが住み着いてたし、無理なことではないでしょ?」
 あっけにとられている戦士を尻目に彼女は続けます。
「それにもしかしたらラドゥが呪いを解く方法を見つけてくれるかもしれない。それならこの街に居続けたほうがいいんじゃない?」
「そっか、そうだよな。あの賢者のジィさんなら何とかするかもな」
「用件はそれだけかな? それなら私、もういくね。マスター、今までありがとう」
 少女はマスターに礼を言うと酒場を出て行きました。



「ロンダキオンをおねがいね。いつかこれを必要とする勇者のために大切に保管しておいて」
「おう、まかしておきな」
「うん、まかせる」
 少女はロンダキオンを仲間であるドワーフにたくすと大通りへと足を向けました。といっても仲間たちに別れなどいうつもりはありません。彼女には先ほどいったとおり、別れるつもりなどないのですから。
 しかし……
「(私はみんなのことを見てちゃんとわかるけど……きっとみんなは)」
 少女はかえるに戻ることに初めて不安を抱きました。そう彼女はかつての仲間達のことを見つけることが出来ます。しかし逆に彼らには彼女を他のかえると見分けるすべはありません。つまり仲間たちにとって、少女がかえるに戻るということは別れに他ならないのです。
「歌……?」
 少女が暗い気分で大通りを歩いていると広場の方から歌が聞こえてきました。その声は彼女のよく知るものです。そう、コロナの街の吟遊詩人の歌……。
 大通りにやってくると黒髪の吟遊詩人が噴水のそばで歌っていました。彼の歌はとてもすばらしいものなので人だかりが出来ています。
 いつのまにか彼女も聞きほれていたらしく、はっと気がつくと彼はハープの手入れをしており、人だかりは消え去っていました。
「いつ聞いても、あなたの歌はいいものね」
「ありがとうございます」
 少女は賛辞を一つ送ると噴水のふちに腰を下ろしました。
「あなたの歌を聞くの、楽しみだったけど……それも今日で終わり……」
「……かえるに戻ってしまうのですね」
 少女は何もいわずこくりとうなずきました。
「どうなさるつもりなのですか?」
「……このまま、かえるに戻ってもコロナの街に住むつもりでいるわ。私はこの街から離れたくない……」
 吟遊詩人はそれ以上は聞かず、彼女の隣に腰をおろしました。そして音を試すようにハープを弾き始めます。
「流れる水の調べとはよく言ったものね」
 そう言って少女は彼を見つめました。流れるような黒髪、美しい旋律をつむぎだす細い指、そして……
「つかみ所がないところあたり、あなたにぴったり」
「つかみ所がない、ですか」
「えぇ、何を考えてるかさっぱり分からないわ」
「……それはあなたもですよ」
 そう言って吟遊詩人はくすりと微笑みました。
「私が、何を考えているか教えて差し上げましょうか?」
「うん、教えてほしいな」
 それほど期待していないのでしょう、少女は噴水の水に手をつけ聞き流す姿勢でいます。
「私はあなたを見失いたくない」
「……今、なんて?」
「……悲しいことですがかえるに戻ったあなたを見つけるすべを私は持っていません。だから……」
「だから?」
 吟遊詩人は彼女の手をしっかりと捕まえました。
「だから、あなたをどこにもいかせません」
「……怖い、な。あなたがそんなことを言える人だとは思ってもみなかった」
「ええ、私自身思ってもみませんでした」
 その言葉に少女は何がおかしいのか、笑い出してしまいました。
「は、あはははは……。手を離してくれないかしら、私はどこにも行かないわ」
「どうなさるつもりなのですか?」
 いまだ手をつかんだままの吟遊詩人を見て、少女はにこりと笑いました。
「その台詞はさっきも言ったわよ。だから返す私の言葉もさっきと同じ。このまま、かえるに戻ってもコロナの街に住むつもりでいるわ」
 少女は残った方の手を彼の手に重ね、いいました。
「けど……あなたにも見つけられるように、そうね、この噴水にでも住むことにしようかな」
 “それなら判る?”……という言葉に吟遊詩人は“えぇ”とうなずきました。
 時間はもう夕刻過ぎ、人の姿はもうまばらになっていて、誰も彼らの方に関心を払っていません。それを確認すると少女は吟遊詩人にもたれかかり目を閉じ、つぶやきました。
「毎日、あなたの歌が、聞きたいな」
「毎日、ですか?」
「うん、毎日。私はあなたの歌が好きだから……」
「好きなのは歌だけ、ですか?」
「……さあ、どうだろ。もしかしたらあなたのことが好きだからあなたの歌が聞きたいのかもしれない」
「……でもどちらにしても私に……私の歌に心を寄せてくれている」
「ん……」
「では、歌いましょうか。あなたのためにここで毎日」
 そう言って吟遊詩人が少女の髪をなでます。ハープを奏でるときと同じように優しい手つきで。
「私のために毎日……?」
「はい」
「うれしいな」
 少女がかすかに微笑んだのを見て、吟遊詩人も笑いました。
 その二人の様子はまるで一枚の絵のようにも見えました。二人の間だけ時間が止まっているのではないかと思えるほどに。
 しかし少女の足元が淡く輝き始めました。彼女は吟遊詩人から体をはなすとこういいました。
「もう、時間切れみたいね」
「平静ですね」
「慌てても仕方ないもの……」
 彼女は腰にさした剣をはずし、彼に手渡しました。
「これを、預かっていて。それから……」
「それから?」
 ちゅっ
「あなたの歌、楽しみにしているから」
 頬に柔らかな感触を残し、少女の姿は完全に掻き消えました。その代わりに現れたのは一匹のかえる。それは恥ずかしそうに吟遊詩人に背を向けると噴水の中に飛び込み、去っていきました。
 そして、広場には頬をうすく染め、呆然とする吟遊詩人だけが残されました。


 それ以降、噴水のそばで談笑する冒険者の姿をよく見るようになりました。
 噴水の中をよく見てみると、一匹のかえるが住み着いたのがわかります。そしてそのかえるは吟遊詩人が歌いだすと顔を出してきます。まるで彼の歌に聞きほれているように。
 その吟遊詩人ですが、彼は以前のように街のいろいろな場所で歌うことをやめて、噴水のそばでのみ歌うようになりました。
 そう、かえるに戻ってもなお、自分の歌を毎日ききたいと望んだ一人の少女のために……。




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この作品は『かえる投稿図書館』からの再録です。