With you
たとえばこんなロストエンド(デューイ編)
「明日、かえるに戻るんだ」
冒険者の宿で誰に言うでもなく、少女はつぶやきました。
呪いが発動されるまであと一日、しかし彼女にはもう、呪いを解くすべは絶たれてしまっていました。
「……どうしようかな」
少女は悩みました。明日、彼女はかえるに戻ってしまいます。この町とはお別れなのです。少女はしばらく悩んだ後に、これまでの仲間に最後の挨拶をしに行こうと思いつきました。
レティル、アルター、ミーユと会う順番に挨拶を交わしていきます。ある人間は自分のことのようにくやし涙を流し、ある人物はかえるになっても友達だからといいました。
「(あと一人……)」
少女は今まで世話になった人や、仲間になってくれた人たちへの挨拶をひとりの残して、夕刻にはすべて終えてしまいました。わざとそうしたわけではなかったのですが、なぜか彼女の最も心寄せるものが最後になっていました。
「足が……動かない」
その施設の中では今でも人がいるらしくカキンカキンと剣を打ち合わせる音がしてきます。きっと彼女の思い人も中にいることでしょう。
「(あ……そうか)」
彼女はなぜ彼に挨拶しに来るのが最後になったのか、足が動かないのか気がつきました。
少女は彼と別れたくないのです。別れの挨拶を交わしたりなどしたくないのです。
「(でも、どうせ明日には……)」
一歩足を踏み出しました。少女は自分の頭がくらくらとするのが分かりました。“別れの挨拶などしたくない”、“でも挨拶無しに別れたくなどない”。彼女の心は二つの思いで揺れ動きます。
「……でゅーい」
思い人の名を呼び、少女は倒れてしまいました。薄れゆく視線の端で、少女は金髪の青年が走ってくるのを見た気がしました。
「……さん、気がつきましたか?」
「あ、ここは……?」
少女が目を覚ますとそこは自分の部屋でした。そして傍らには珍しく鎧を脱いでいる彼女の思い人がいます。
「驚きましたよ、私があなたを見つけたとたん、倒られるものだから」
そう言って青年は少女の額に乗せていたタオルをどけました。
「もう、大丈夫ですか?」
いつものように優しい青年の声に少女はせつなくなりました。もう明日には彼ともお別れなのです。
そうしてずいぶんと時間がたった気がします。青年はなにやら決心したように、何も言えずにいる少女の手を取りそっとささやきました。
「ずっと、あなたを守ります。たとえかえるに戻っても……私はあなたを……」
それは青年にとっては愛の告白とも同じことでした。その言葉を聞き、少女はとうとうこらえきれなくなったのか、涙を流し始めました。そして涙を流しながら彼女はつぶやきました。
「……もう、寂しいのはいや。一人はいやなの」
「私がいます」
涙をぬぐいながら青年が言います。
「……は一人じゃない。みんないるじゃない」
「あなたがいなければ同じことです……」
「……いなくなったら寂しい?」
「ええ。私だけじゃなくみんな、あなたがいなくなったら寂しいですよ」
「そっか……」
少女はなにやら考え込んでしまいました。そうして顔をあげると青年に言いました。
「ね、一つだけわがまま言ってもいいかな?」
「なんですか?」
優しく笑い青年は答えます。
「今夜、ずっと一緒にいてくれる?」
「え?」
青年の顔が朱に染まります。
「覚えていてほしいの、人間だった時のこの姿を。覚えていたいの、あなたのすべてを……。だから……だから少しでも長くあなたとともにいたいの……」
少女の必死の呼びかけに青年は少し恥ずかしげに微笑み、それに応じると彼女の手をとりました。
そして少女は青年のやさしさに包まれながら眠りについていきました。
時刻は深夜。かえるにもどる時は刻一刻と近づいてきます。
少女は一人、目を覚まし、傍らで眠る青年を起こさぬように部屋を抜け出ました。
そしてそのまま町を抜け、森の神殿へとやってきました。
「ラドゥ、ラドゥ……」
少女はそっとこの神殿の主に声をかけました。
「……なんじゃ」
答えはすぐに返ってきました。いつ来たのでしょうか、賢者は彼女の後ろに立っていました。
「ラドゥ、お願いがあるの」
「お願い?」
「そう、町のみんなの記憶から、わたしのことを消してほしいの」
「なぜ、そのようなことを望む?」
「わたしがいなくなると寂しいって、言ってたの。だから……初めからいなければ寂しい思いもしなくてすむでしょ?」
「しかしそなたは……」
「いいの。寂しいのは慣れてるから」
少女が賢者にそういった、そのとき青年の声が響きました。
「よくありません!」
少女がいないことに気づき、追いかけてきたのでしょう、青年がそこにいます。
青年は少女の肩をつかみ、言いました。
「あなたは一人は嫌だと……もう寂しいのは嫌だといったじゃないですか!」
「いいの、わたしはいいの、慣れてるから。大丈夫、さびしいのは少しだけのこと。すぐにわたしのことは忘れるから。そうしたら寂しくなんかなくなるから」
「私は! ……私はあなたを忘れたくない!!」
青年は少女の肩に顔をうずめ涙をこぼしました。
「ずっとあなたを守るといったじゃないですか……」
「人間とかえるじゃ……立場が違いすぎるもの」
「……なら! 私もかえるになります! かえるになってあなたのそばにいます!」
青年は何か吹っ切れたかのように顔を上げると賢者を問いただしました。
「ラドゥ様、人間をかえるに変えることもできますよね?」
「できるが、しかしよいのか?」
「はい!」
「だめ、絶対だめ!」
青年の答えを否定するように少女が叫びます。
「わたしのためにかえるになるなんて絶対だめ」
「……あなたのため? いいえ、違います。私があなたのそばにいることを望むんです。そう、これは私のわがままなんです」
青年は決意に満ちた目で少女をみつめ、言い聞かせるように優しく言いました。
「あなたのわがままを私はききましたよ、次はあなたが私のわがままをきくばんです。……どうか私にずっとあなたのそばにいさせてください」
青年の真摯な目を見つめ返し、少女ははらはらと涙を流しながらうなずきました。
「……うん」
「……後悔はしないのだな」
賢者の問いにも青年は迷うことなく答えます。
「はい」
その答えを聞き、賢者は呪文を唱え始めました。
二人が光に包まれるにつれて、まるでそれに呼応するかのように空も明るくなっていきます。
そして完全に夜の闇がなくなったとき、魔法の光は消えうせました。
4月1日、涼やかな風が吹いたその日。人知れず桃色の髪の少女は町から姿を消しました。まるで彼女そのものがいなかったかのように町の記憶からもすべて……。
そして……
「デューイ?」
ひとりの女性神官が後ろで開かれたドアの方を振り向きました。しかしそこには誰もいません。その代わりに涼やかな風が彼女を包み、また外に出て行きました。
「……馬鹿ね、デューイはあの事件で死んでしまったのに」
女性神官は開いたドアを閉めると、壁にかけられた家族の肖像画を見ました。
「どうしてかしらね、つい最近までいたような気がするのは……」
開け放たれた窓から吟遊詩人の歌が聞こえてきます。
何も変わらない町並み、変わらない毎日……。
そう、りんどうの瞳をした青年もまた、その存在を消していました……。
人知れず……
二人の人間が消えたコロナの町
そのそばの小さな森で
翡翠色のかえるが2匹
寄り添いながら暮らしています
終
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この作品は『かえる投稿図書館』からの再録です。