Letter to……

たとえばこんなロストエンド(アルター編)


「あ……」
 目を覚ました少女は不安げに自分の手を見ました。
 白い腕、しなやかに伸びる細い指がそこにはあります。
「よかった、まだかえるに戻ってない」
 そうつぶやくと少女は安堵のため息をつき、ゆっくりと身を起こしました。
 しかしその表情が壁の一点を見つめ、凍りつきました。
 そこにあるのはカレンダー。
 人間でいられる最終日である今日という日が示されたカレンダーです。
 少女は凍り付くような恐怖に身をかられ、ぎゅっと自分を抱きしめました。
「今日が……最後の日なんだ…………」
 少女は自分を支配しようとする絶望や恐怖といった暗い思いを必死で追い払いました。そのかわりに思い浮かべたのはこの一年間の思い出です。
 数々の出会い、楽しかったり面白かったりした事、乗り越えたり乗り越えられなかったりした試練、大切な大切な仲間たちとの思い出……。
 そのたくさんの思い出の中の自分の傍らにはいつも同じ、一人の青年が立っていました。
 この町にきて一番初めに声をかけてくれた冒険者、最も頼りにしてきた仲間、いつもいつも親身になってくれた青年、少女が想いをよせた赤い髪の戦士……。
 自分を守って傷つく彼を見るのが悲しくて、必死に強くなろうともしました。
 彼と一緒に生きていきたくて、必死に呪いを解こうともしました。
 しかし……。
 結局呪いは解けず、かえるに戻るのを待つしかない自分がここにいます。
 少女は涙がこぼれそうな目を見開いて手紙を書き記し、そっと宿をあとにしました。


 『 別れも告げず、姿を消すことを許してください。
  あなたの前では一人の娘でありたかったので
  あなたには人間である私だけを覚えていてほしいので……』


 手紙にはあえて宛先も名前も書きませんでした。
 だから、彼は手紙が少女が自分にあてたものだと気がつかないかもしれません。
 彼に手紙が届くかどうかもわかりません。
 でも彼女は手紙を書かずにいられませんでした。
 彼に会うのは苦しくて……。
 彼に別れを告げるのは悲しくて……。
 けれどなにも残さず消えるのはできなくて、少女は手紙を残したのです。
 ……気がつくと少女はとある湖のほとりについていました。
 コロナの町がよく見えるこの場所に、たった一度だけ彼と共にきたこともあります。
 目を閉じると思い浮かぶのは彼の明るい笑顔、楽しい思い出、彼への……想い。
「もう、一緒に生きてくことはできないけど……。あなたとの思い出があるこの場所で、あなたのことを思い続けることくらいはいいよね……?」
 そう寂しげにつぶやいた少女の足元が淡く光り始めました。
 ……かえるに戻るときがきたのです。
「……、どこだ!?」
 そのとき、少女の耳に彼女の想う青年の声が聞こえました。姿はまだ見えませんが、近くまできているようです。
 きっと彼女を探し回ったのでしょう、タフな彼には珍しく息が切れているようです。
 そしてようやく青年は少女の元にたどり着きました。
 しかし時すでに遅く、少女の姿はなく、かえるが数匹いるだけです。
「ったく、町中探したんだぜ」
 しかし彼はそのかえるたちの中から迷うことなく先ほどまで少女であったかえるを抱き上げました。
「で、町にいないならここしかないと思って急いできたんだ」
 少女であったかえるは首を傾げました。
 なぜ、自分がわかったのだと。
「人間でもかえるでも、お前はお前だろ。間違えたりするもんか」
 青年は少女であったかえるを肩に乗せ、コロナの町へと歩いてゆきました。


「みつかったのか?」
「ああ、もちろんだぜ」
 彼らがコロナの町に帰ってくると、冒険者の宿の前で魔術師の少年が待っていました。
 その傍らには一人分の旅支度があります。
「できる限りの説明と絵をつけた。……がんばれよ」
「ああ」
 少女であったかえるが不思議そうに小首をかしげていると少年が彼女に向かって説明してくれました。
「ここから東の国に強力な解呪のアイテムがあることがわかったんだ」
「オレはそれを探しにいく」
 きっぱりと青年は言い切りました。
「お前には、いつも笑っていてほしいからさ……」
 そういって青年は少女であったかえるをなでました。
「俺も同じ気持ちだ。いっしょには行ってやれないけどな……」
 少年がさびしげに笑います。
「だから、お前がついてきてくれ。お前がいてくれればオレはくじけない、それにアイテムを見つけたとき、すぐに呪いを解いてやれるしな」
 青年のその明るい笑顔を見て、少女であったかえるは戸惑いがちに頷きました。
「よし、早速出発だ!必ず呪いを解いてやるからな!!」
「……手紙くらい書けよ」
「ああ、それじゃあな!」
 青年は友である少年に別れの言葉とはいえないような言葉を告げ、あてのみえない旅路へと足を踏み出しました。
 ……やがて魔術師の少年の姿が消え、コロナの町が見えなくなるころ、青年は少女であったかえるに話し掛けました。 
「なあ……オレがお前の呪いを解くのは…………お前のためでもあるけど、オレのためでもあるんだぜ」
「?」
「お前の笑顔を見ていたいし、それに……できるなら人間のお前といっしょに幸せになりたい、ずっとずっと一緒にいたいからさ……」
 その言葉を聞いて、少女であったかえるは今まで不安げにしかつかんでいなかった青年の肩にしっかりとしがみ付きました。
 

  長い時間が過ぎました。
   少年が青年に……友の年に追いつくほどの時間が過ぎても、
    いまだ彼らは帰ってきていません…………
   その間に、旅に出た赤髪の友の手紙は一つ減り、二つ減り……
   とうとう、手紙は届かなくなり、
    噂さえも彼の元に届かなくなってしまいました。
   しかし彼は信じ続けることができます。
    幸せそうに笑う少女を伴って、友が帰ってくる日のことを……





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この作品は『かえる投稿図書館』からの再録です。