Distance with you
〜たとえばこんなロストエンド(レラ編)
〜
「ん〜〜。今日もいい天気だ」
この部屋の住人である青年は窓を開け、何の悩みもない顔で伸びをしました。
確かに今日は気持ちのよくなるほどのすばらしい快晴です。
「新しい旅立ちの日にはもってこいだな」
旅立ちは新しい人生への門出といいますが、彼にとっては少し意味合いが違います。いえ、ある意味では確かに彼にとってもそういえるでしょう。
明日から、彼はかえるとして生きていくことになるのですから。
「まずは掃除をして、っと」
「……のんきケロね」
「ん? いや、だってさ。いまさらじたばたしても仕方ないし、死ぬわけでもないしさ」
ちょっとあきれた声を出す、同居かえるに青年はのんきに答えました。
「でも、お別れの挨拶だけはしとくべきかなあ」
「?? 町を出て行くケロ?」
「うん、元いた森に帰るんだ。君も一緒にくるかい?」
「……やめとくケロ。ぼくはこの町のほうがあってるケロ」
「そっか、たまには遊びにくるよ。……さてと掃除も終わったしもうでないとなあ……」
どうやら、話をしながらしっかりと掃除をしていたようです。部屋はいつのまにかきれいに片付いていました。
「それじゃ、またね」
「……ばいばい、ケロ」
寂しげに手を振るかえるを残し、青年はその部屋を出て行きました……。
「おはよう……」
「あら、今日は遅いのね」
……ここは学術地区のあるとある研究施設。青年はここにいる女性に合うために毎日ここを訪ねていました。
しかし、それも今日で終わり。
そう思うと、かえるの前では明るく振舞っていた彼も、少し悲しくなってしまいました。
「ん、今日は……」
「……そうだったわね」
女性は青年のつまったような声にも目を向けず、もくもくと何かを調べ上げています。
そんな女性の背中に、青年は勇気を振り絞って、声をかけました。
「あ、あのさ。変なことを言うようで悪いんだけど……」
「何?」
「かえるに戻ったオレのこと飼ってくれる気、ない?」
震えそうになる声を必死で押さえ込み、できる限り冗談っぽく聞こえるように青年は言いました。
かえるに戻ってもそばにおいてほしい、ずっとそばにいたい……。
そんなことに値する言葉を真剣に言うには少々日が遅すぎましたから。
青年の言葉に女性は手を止めました。しかし返した返事は……。
「ないわ。そんなことに時間をとられている暇はないの」
彼女のきっぱりした返事に彼は少々さびしげな顔して、言いました。
「だよね。そう言うとは思ってたけど、少し……いや、なんでもない。じゃあ、今までありがと。さよなら……」
その別れの言葉を聞いても女性は振り向きもしません。
そんな彼女の背中を見て、彼女らしいとは思いながらも、青年は少しもの悲しくなりながら去っていきました。
結局、彼女の顔を一度も見ずに……。
ケロ、ケロケロ、ケロ……。
コロナの町に程近い小さな美しい森で、かえるが二匹、話し合っていました。
その言葉は私たちには分かりませんが、片方のかえるがもう一方のかえるにしきりに何か聞いています。
話を聞いていたほうのかえるが、少し心配そうな顔をしました。
その視線の先にはコロナの町、もっと詳しく言えば学術地区があるはずです。
……その学術地区のとある研究所に、金髪の青年が訪ねていました。
青年は、その研究所に入り、本や書類に囲まれた自分の姉を見つけるやいなや、彼には珍しい大きな声で、彼女に言いました。
「姉さん、少しは休んでください。この頃家にも帰ってこないじゃありませんか」
そういわれてみてみると、女性はどこかやつれているように見えます。ずいぶんと無理をしているのでしょう、きれいな黒髪さえほつれてしまってます。
弟の言葉に彼女は絞り出すような声でぽつんと言いました。
「時間がないのよ……」
「え?」
「……呪いによって寿命がどうなったかわからない。呪いを解く方法が見付かっても死んでたら意味ないでしょう」
「姉さん……。それって……」
「彼はかえるにもどってしまったけどわたしは諦めてなんてないのよ」
やつれた顔に無理やり笑顔を浮かべ、彼女は言いました。そしてこう続けます。
「竜による呪いはかけたものしか解けないとは聞いたけど、同じ竜族しかも神竜とまで呼ばれる白竜ならとけるかもしれないでしょう?」
だからあの時別れの言葉に応えなかったのよ……。
彼女は心の中にそう付け加えました。
そう、彼女はまた会えると信じていたからこそ、青年に別れを告げなかったのです。
そんな女性を見て彼女の弟は少し困ったように微笑み、いいました。
「でもそのままじゃいつか倒れてしまいますよ。そんなこと、彼だって望んでないはずです」
こんなことを言って止める彼女ではないとはわかっていましたが、このままでは本当に倒れてしまいそうです。
「あいつは関係ないわ、私がしたいからしてることだもの」
「(素直じゃない人だ……)」
「何か言った?」
「いいえ、何も……」
「まあ、あなたも人に言われて、来たんだろうし……。今はあなたの顔をたててあげるわ」
そう言って山となった資料を片付け、彼女は何日かぶりの帰路に付きました。
一度は寄り添いかけた彼と彼女の道は
遠く離れてしまいました
再び彼等が寄り添うことができるのか、
それとも完全に離れてしまうのか、
それは誰にもわかりません……
しかし彼等の絆は断たれることはないでしょう
なぜなら彼等は体が近くになくとも
心は互いのもとに預けているのですから
誰よりも近く、強く……
終
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この作品は『かえる投稿図書館』からの再録です。