Oath


「ウイリルさん、起きてください」
 ……もう、朝?
「ええ。朝ですよ。町の人たちはもう仕事に行きました。わたしたちも行く所があるでしょう。……それともウイリルさんはお留守番しますか?」
 ううん。行く。
「では帽子をかぶって、イルフェスさんを起こしてくださいな」
 ……なんだ。二人ともまだ寝てるじゃないか。
「だってイルフェスさんはウイリルさんが起こした方が寝起きがいいんですもの」
 イル、起きて。出かけるよ。
「あ? あ〜。もう朝? っつーか頭痛ぇ」
「二日酔いですねえ。リカヴァかけましょうか?」
「いや、いいや。痛いけど……もうちょっと余韻にひたってたいかも」
 気持ちはわかるけど無理はしない方がいいよ。
「用意は出来たか?」
 あ、アルファムさん。さっきまで寝てたのに……用意が早いね。
「まあ、髪を整えただけだからな。……カールス、起きろ!」
「う……」
 ……駄目だ。完全につぶれてる。キリートさんもケイシーも起きそうにないね。
「皆さん、目が覚めましたか?」
 あ、おじさん。おじさんは二日酔いじゃないの?
「僕はヒーラーですよ。限界はよく知ってます。それはともかく、彼らは僕が看ておきますのでどうぞ出かけてください」
 そう? じゃあ、いってきますー。



 大統領府の中庭に、それはある。
 たくさんの花に囲まれたそれはひと降りの剣。ボロボロに傷ついたそれはカザンに住む者、特にハントマンの中にはよく知られている。……大統領ドリス・アゴートの剣だ。
 遺体が見つからなかった彼の代わりに、剣が墓標となっている。
「私たちが最後のようだな」
「っていうか考えることはみんな同じかよ」
 剣の前には大小それぞれの酒瓶がたくさん捧げられている。中身は……確認するまでもない、あの幻の酒だろう。
「大統領……ありがとうございます。私たちは貴方のおかげで、今ここにいます」
「ありがとう、大統領。このカザンにとって、あんたこそが真の英雄だ」
「大統領、ありがとうございます。……あなたが最後の一瞬まで戦い抜いてくださったからこそ、僕たちはキングを倒せた……カザンを取り戻せました」
「ありがとうございます、ドリス大統領。わたしたちは恩を忘れません。カザンはあなたのことをわすれません」
 そう、忘れたりしない。僕たちは忘れない、忘れずに次に伝えて……このカザンの記憶から彼のことを消させたりはしない。
「必ず、ドラゴンを狩り尽くすことを約束します」
「どこまでできるかわからないけど……あんたに選ばれたことを胸はって言えるようなギルドになるよ」
「あなたがハントマンの夢の象徴であったように、わたしたちは人類の希望の象徴であるようにがんばります」
 ……なんと言えばいいのだろう。どんなに言葉を長く連ねても、この思いは形に出来ない。伝えたいことの半分も伝えられない。
 だから万感の思いを込めて頭を下げる。深く、深く……帽子が転げ落ちそうなほど頭を下げる。
 ……今さら涙が出てきた。
 三年前、彼を残して逃げた時も、彼が死んだと聞かされた時も、フロワロに沈んだカザンで彼の剣が突き刺さったキングに対峙した時も流れなかった涙がとまらない。
 ……こんな情けないところは、心配させるようなところは見せたくないのに。
「……ウイ」
 目の前が暗く陰った。少しだけ目を開けて見てみれば、イルが目の前に立っていた。
「無理して顔あげなくていい、俺の背中に捕まって歩け。……泣き顔は見せたくないんだろ?」
 何も言わずに彼の背中に捕まる。何も言わずとも理解してくれる友人が心底ありがたい。
 ああ、がんばろう。彼の期待に応えるられるようにがんばろう。
 こんなにもいい友人と仲間たちがいるから僕はがんばれる。だから……。
「さようなら、大統領。次は……凱旋の報告に来ます」






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Scribble <2009,05,16>