Banquet
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(今日も、疲れた……)
毎日、睡蓮に足腰立たなくなるまでしごき倒され、副長には何かというと使いっ走りにされ、たいした仕事をしていないというのにひどく疲れる。……おもに精神が。
今日もいつものように晩御飯と明日の朝ごはんをコンビニで買い込み岐路につく。後ほんの五分程度歩けば家に着く。帰ったらさっさと夕飯を済ませて寝てしまおう。そう思っているはずなのに……なぜだろう。今、家に帰らないほうがいい気がする。
思わずアパートの窓を確認するが、明かりはついていないから以前のように女性陣が入り込んで酒盛りを始めているということもない。
(気のせい、か)
しかしそれは階段を上がりきったところで否定された。先ほどは窓からの明かりばかり気にしていて、暗がりに隠れたそれには気づかなかったのだ。
それは美しい金色の髪を伸ばしていた。その相貌も髪に比例して美しく、それを乗せる体も人ではありえないほどの均整を誇っている。その均整の取れた体は冷たい廊下の上にじかに座り込み、そこから伸びる足は天井に向いて伸び、膝から下はまた地面に向かって降りていた。腕はというとその足を包み込むように伸びている。
……まあ、簡単に言うなら、金髪美形の男性――ぶっちゃけアーチェスが自分の家の前で三角座りしていた。
「やあ、ヒデオ君。お帰りなさい」
「……アーチェス、さん。なぜこんなところに」
いや、マジで。
女性陣に勝手にあがり込まれたのも嫌だったが、男に自室の前で三角座りで待機されているのはもっと嫌だ。
「聞いて下さいよ、ヒデオ君! 最近レナさんたちが……」
ぼろぼろと目から汁をこぼしながら彼が言うには、レナやザジたちといった彼の養い子たちがやけに冷たいのだという。明らかに何かを隠しているようなのに自分にだけ何も教えてくれない。一度問いただそうともしたのだが、のらりくらりと交わしつつ、逃げてしまうのだそうだ。自分と最も長くいるガーベスにも聞いてみたが、教えてくれなかったそうだ。
「やっぱりね、あのことが原因で避けられるようになったんでしょうか」
確かに彼は養い子達の信頼を失うようなことを企てた。だがそれは未遂で終わったし、彼女たちも特に遺恨を残していたとは思えない。……あの直後に彼の隣で笑っていたし。
「はあ……。で、なぜこんなところに」
「行く所がね、ないんですよ」
こぼした涙をハンカチで拭きながら彼が答える。……ところでそのハンカチを握った手の中に何かを握りこんでいるような気がするのは気のせいですか? ……ちょうど目薬くらいの大きさに見えるのですが。
「なぜかレナさんたちに鈴蘭様も加担しているらしく、隔離都市にはいずらいし、一人で悶々と悩んでいるのは辛いし……」
「だから僕のところ、ですか」
「アルハザン以外での知り合い……しかも日本でのとなるとあなたしか。ヒデオ君! 自棄酒に付き合ってくれませんか!? 酒でも飲んでればこんな気分も吹き飛ぶと思うんです!」
がっしりと両手を握られた瞬間に彼の手に通されていたエコバッグがぐらりと揺れた。そっと視線をずらして中を見て見れば、そこにはたくさんのワンカップ酒やら発泡酒やらチューハイやらとともにかまぼこやハム、チーズといったつまみになりそうなものが入っていた。……もし自分が断ったらこれらはどうするのだろう。一人でわびしく飲み食いするのだろうか。
「……どうぞ。ここは寒いですから」
「ありがとう、ヒデオ君! いい人だ、君はいい人だ!」
……よっぽど切羽詰っていたのだろう。ノリがなんだか変だ。っていうか今投げ捨てた目玉マークの小瓶はやっぱり……。
いや、もう何も言うまい。彼の自棄酒に付き合うと自分が決めたのだから。
ピリリリリリリリ
懐で携帯電話が鳴った。アーチェスに一言断ってから電話に出ると、それは久しぶりに聞く男の声だった。
『ヒデオ、元気か?』
「リュータか」
『おう。俺さ、今日本に……っていうかお前のうちに側まで来てんだよ。で、ついさっき翔希とも会ってさ、男同士飲もうって話になったんだよ。お前もどうだ? っていうかお前のうちでみんなでのまねえ?』
後ろを振り返りアーチェスを見る。彼は自分を指差し、ゆっくりと首を傾けた。
「先約がいるんだが。彼も一緒で、かまわないか?」
『あ? 誰だよ』
「……来ればわかる」
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Scribble <2010,01,23>