Banquet

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「なんでアーチェスがここにいるんだよ!?」
「彼も、僕と酒が飲みたいと」
 ……正確に言うならやけ酒に付き合ってくれといわれたわけだがそこは伏せておこう。
「ま、今更いいけどな」
 スーパーで買ってきたらしいビニール袋を投げると、そこからは有名メーカーのビールがごろごろと出てきた。
「日本の酒はどれがうまいなんてわかんねえから一番売れてたのを買ってきた」
「俺は家にある日本酒を持って……くるのは怖かった……というか勇者的にアレだから酒屋で同じのを買ってきた」
「二人とも豪勢ですねえ」
 確かにアーチェスの買ってきたものは二人のものよりだいぶ見劣りする。……でもまあ、酒なんて楽しく飲めたらそれでいいのだし、安酒でもいいのではないのだろうか。
「ワンカップに発泡酒にチューハイってしょぼすぎだろ。仮にもアルハザンの首領の癖に」
「トップといってもお財布の紐は子供たちが握っていて自由には使えないんですよ。あんまりお金もないですし。知ってますか? 知らないでしょう!? アルハザンって案外貧乏なんですよ!? 今日日、子供を育てるのはお金がかかるし、仕事をしてもお給金をいただく前にエンジェルセイバーに追われただ働きになったりで、爪に火をともすような」
「言うな! それ以上言うな!? 切なくなる! 親父たちの敵がそんなだったなんて切なくなるわ!?」
 リュータの叫びを軽やかに無視して翔希の持ってきた酒をコップに注ぐ。あの酒の好きな副長が家においている酒だ。きっとうまいのだろう。
「リュータ、翔希」
 並々と酒を注いだコップを二人に渡す。いつの間にやらアーチェスも新しく酒を注ぎなおし、じっとこちらを見つめてきていた。……というか酒を渡した二人もこっちを見つめている。
「……何?」
「何って……。せっかくだから音頭をとってくれよ」
 ……彼らが自分に求めていることはわかったがそんなのを自分がしてもいいのだろうか。
 でもまあ、せっかくの酒の席だ。ここで場をしらけさせるのもよくないだろう。ヒデオは自身のコップにも酒を注ぎ持ちあげて一言こう言った。
「……乾杯」
「乾杯!」
 男たちの声が綺麗にハモる。しかしそこからの行動は微妙に違う。一息に飲み干す者、飲み干そうとして酒のキツさにむせた者、うまそうに大切そうに、しかしハイペースでコップをあける者……。三者三様の飲み方だ。
「いー酒だな、翔希!」
「そ、そうか? 美味いけど俺にはちょっときついな」
「いや。確かにいい酒ですね。こんなにいい日本酒を飲んだのは久しぶりです」
(……楽しそうだ)
 そういえば男同士で飲むことなど初めてだったと気づく。初めて酒を飲んだのも、つい最近飲んだのも女性に囲まれて、だ。
(ウィル子、ノアレ……)
 心の中で二人を呼んでみる。女性に囲まれ飲むのは緊張はしたが、目には楽しかった。それならば彼女たちも参加すれば目の保養になるのではないかと思ったのだ。ここにいるのは自分を除けば美男子ばっかりだし。
“あたし、男の美醜には興味ないから”
“ウィル子の事は気にせず男同士楽しむといいのですよー”
 ……来ないらしい。まあ、彼女らが来たくないというならば、それでいいか。
「なーヒデオー。ちょっとパソコン借りていいか? 調べたいことがあるんだ」
 すでに酔い始めているのだろう、赤い顔をした翔希がそんなことを言い出した。触られて困るようなものも入ってないし、つまみをパクつきながらうなずく。
「サンキュ」
 カチカチとパソコンを操作して開いたのはインターネット画面。さらにそこから履歴を開く。
「……何を、調べて」
「ヒデオの履歴。……どんなサイトを見てるのかな、と」
 翔希の口元が勇者にあるまじき嫌な形にゆがむ。それでつい最近彼にしたことを思い出した。そうだ、自分は彼に美少女ゲーム所持罪を全て擦り付けたんだった!
「まさか」
「そのまさかだ」
「なんだよ二人して。俺も混ぜろよ」
「リュータは気にならないか? ……ヒデオがどんな娘が好みでどんなシチュエーションが好みか」
 その言葉でリュータは彼が何を言いたいのか察したようだ。翔希と同様の笑みを浮かべヒデオをパソコンから引き剥がした。
「ああ。気になる気になる!」
「どれどれ……」
 なぜかコップ片手にアーチェスまで参加し、パソコンを覗き込む。三人でパソコンを囲まれては非力なヒデオにはなすすべもない。仕方がないので彼らが飽きるまで一人飲んでいることにした。幸い酒もつまみもたくさんある。
 そして十分後。パソコンを囲んでいた男たちがくるりと振り返った。
「なんで何にもないんだよ」
「……ヒデオ君。枯れるにはまだ早いですよ」
「ヒデオ、もしかして女に興味ないのか?」
 ゆっくりと首を振る。っていうか彼は自分が同性愛者だとでも言いたいのだろうか。もしそうだったらどうするつもりなのか。危険なのは自分たちだろうに。
 ……って何を考えているのだろう。自分も一人酒をしている間に相当酔ってきたようだ。
「……僕の、パートナーは?」
「ウィル子だろ?」
「もしかして『僕にはウィル子がいるから』とかうらやましいこと言う気か!?」
「いや。そうではなく。ウィル子は、どういう存在?」
「どういうって、電子の精霊でしょう?」
「そう。ネットの海を自由に泳ぎ見る、電子の精霊」
「あ」
 どうやら思い至ったようだ。それを肯定するために続きの言葉をつむぐ。
「いつ、なんどき自分の所に彼女が現れるかもしれないのに。そんなもの見れるわけがない」
「……お前も大変だな。今夜は飲もうぜ」
 言われなくとも。
 ふと気づけばもうコップの中に酒はない。新しく注ごうと酒に手を伸ばそうとしたところをさえぎられた。
「どうぞ」
 アーチェスが笑顔で酒を注ぎいれてくれた。そして自分のものにも酒をつぎ、ヒデオの隣に腰を下ろす。
「今日のお酒は本当に楽しい」
「……それは、よかった」
「本当は私は……ここであなた達とお酒を飲むことなんて許されないはずなのに、でも楽しくて止められないんです」
 魔人の国を作ろうし、そのためなら手段を選ばないとアーチェスと……。
 悪を切り捨てるべき勇者である翔希。
 彼を養い親の敵と追っていたリュータ。
 そして彼に殺された自分。
 ……本来ならこうして酒を交わす間柄にはなれない。視線を合わすことさえためらわれる相手だろう。……でも。
「いいんじゃないですか、楽しいのなら」
 翔希は彼が悪ではないと知っている、リュータはすでにけじめをつけている、そして自分も彼を恨んでなどいない。だからいいのだ。彼はここにいて楽しくし酒を飲んだって。
「……もうないですね」
 ふと気づけば翔希が持ってきた日本酒もリュータの持ってきたビールもアーチェスが持ってきた酒もまったくない。つまみもあらかた食い尽くされ、口に出来るものがないようだ。
「お開きにしますか?」
「もうちょっと飲みたい気分だな、コンビにまで買いに行くか」
「なら、僕も」
 立ち上がろうとしたところをアーチェスに止められた。
「いいですよ、ヒデオ君は。私が行ってきます」
 そういって立ち上がったのだが、足元がふらふらしている。
「なんだよ、足にキてんじゃねえか。いいよ。俺と翔希で買ってくるから」
「すいません。頭ははっきりしているんですけど」
「いいって」
 リュータ達が出てしまえば部屋の中は必然的にヒデオとアーチェスの二人きりになる。しかし二人きりになったからといって何かが起きるわけでもない。そしてヒデオが無口の為もあって自然と部屋の中が静かになった。
「……」
「……。眠いですか」
 今日は気持ちよく酔っているし、部屋も静かだし、人間が集まっていたせいか室内が程よく暖まっているし……自然現象がヒデオを襲っていた。それでも来客がいるからと耐えていたのだが、そろそろ限界に近い。二人が戻ってくるまで寝てしまおうか。
「どうぞ眠ってください。後で起こした方がいいですか?」
「……戻って、きたら」
 そう言い残すだけ残して、ヒデオの意識は心地よい夢の中へ。
「眠ってしまえば年相応にも見えなくないですね」
 座ったまま眠ってしまったヒデオの体を横たえ、彼が寝やすいように服をゆるめる。
 ここからコンビニまで結構あったし二十分程度は眠れるだろうか。
“散らかしたままだと危ないわよ”
 聞いたことのない少女の声がアーチェスの耳をうった。
「そうですね。危ないですよね」
 普段の彼なら聞いたことのない声の忠告など警戒はしてもきくことはないだろう。だが今日は彼もかなり酔っていた。だからただその言葉の通りだとしか考えられない。
「二人が戻ってくる前に片付けますか」
 ふらつく足で立ち上がり空き瓶やらを片付け始める。……その背後に小さな少女が出現したのにも気づかずに。




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Scribble <2010,01,31>