Banquet

−3−


「へー。パパってばヒデオ君ちでお酒飲んでたんだ」
「そうそう。アーチェスって酒が強いんだな。けっこうなハイペースで飲んでるのに赤くもならないし」
「そうなの。パパってあんまり酔わないんだよ。……あまり飲みすぎると足にクるみたいだけどね」
 今、翔希とリュータの二人はレナとともにヒデオの家へと歩いていた。
 レナがアーチェスの居所を鈴蘭にたずね、鈴蘭は翔希に。その所在を知っていた翔希がレナへと連絡を取ったのだ。
「誕生祝ね。魔人もそんなのを祝う習慣があるんだな」
「鈴蘭様が楽しいよって言ってくださったからせっかくだしね」
「でもさ。秘密のままにするのは良くないんじゃないか? あいつ子供たちに嫌われたって泣いてたぞ」
「秘密にしてびっくりさせた方がいいってきいたから」
 ニコニコと笑いながら綺麗に装飾された封筒を振る。おおかた誕生日パーティーの招待状といったところだろう。
「なんならキミたちも来る?」
「いや。俺は明日には帰んなきゃならねえから」
「俺も遠慮しておく。家族だけで楽しめばいいよ」
 そうこうしているうちにヒデオの家に着いた。彼から拝借してきた鍵うをさしこみ、まわしたところでなにやらドタンなどという物音が聞こえてきた。思わず三人で顔を見合わせて首をかしげる。
「開けるぞ」
 そして表れた光景は目を疑うものだった。
 目の端に涙を浮かべてアーチェスを睨みつけるヒデオと、そんな彼を押し倒すかのように覆いかぶさるアーチェスの姿がそこにあった。
「……パパ?」
「レ、レナさん!? ち、違うんです! これはその……」
 ヒデオとレナを交互に見ながら必死で言い訳を重ねるが、かけらたりとも重みがない。何せアーチェスがヒデオを押し倒しているのは事実で、加えて言うならば彼の衣服は上下ともに緩められているし、彼自身がこれほど憎い者はいないと言わんばかりにアーチェスを睨んでいる。
「その、これは酔っ払ってて!?」
「パパ……ボク知ってるよ。パパは酔いに任せてこんなことするヒトじゃないって」
 とても優しい笑顔を浮かべてレナが言う。その言葉にアーチェスは救いを得たとばかりに瞳を輝かせるが、続いて彼女から出てきたのは、その期待を裏切るものだった。
「だから……マジでヒデオ君を押し倒したんだよね!」
「なんでそうなるんですか!? 酔って足がふらついてたのに背中を押されたんです!?」
「背中を押されたからってヤッていいことと悪いことがあるよ!」
「比喩じゃなくて!? 本気で誰かに背中を押されたんです!!」
「誰もいないじゃない! またボクに嘘をつくの!?」
 レナの両手に魔力が高まってゆく……。
「パパの……パパの……バカーー!!」
 開放された魔力は狙いたがわずアーチェスのみを吹き飛ばす。器用なことに押し倒されたままだったヒデオも余波を受けざるをえないだろう部屋にも一切の被害はない。……怒り狂いながらも、かろうじて他に被害を出さないだけの理性は残っていたようだ。
 リュータがひらひらと落ちてきた封筒を掴み、アーチェスに声をかける。
「生きてるか?」
 ゆっくりと手が上げられ、パタンとおちた。
「ヒデオ、お前は無事か」
 翔希がヒデオの様子を確認すると彼は……。
「……」
「寝てる? 襲われかかったくせに図太いな」
「だ、だから誤解……」
 息も絶え絶えにつぶやくアーチェスの声を掻き消すように少女の笑い声が響き渡った。
「あーはははは。あー楽しい。こーんなにうまくいくとは思ってなかったわあ」
「あのーノアレ? ウィル子はマスターに嫁が出来るのは賛成ですが婿が出来るのはちょっと」
「だいじょーぶよ。こいつにそんな趣味ないし、あたしがそんなことさせないから」
「ならいいのですが」
「だってつまんないでしょ? ヒデオにあたしたち以外の拠り所が出来たら」
 ふと気づけば上空に浮く少女が二人。一人は自分たちも良く知る電子の精霊。もう一人は黒のゴスロリ服を着込んだ小学生くらいの少女。
「……誰だ、お前は?」
「気分がいいから教えてあげる。あたしは暗黒神の端末にしてヒデオの観察者、闇理ノアレちゃんです♪」
「暗黒神の端末って……。マジ?」
「マジなのですよ、翔希」
「で、お前は何したんだよ。うまくいったってどういうことだ?」
「あたしは背中をちょっと押しただけよ?」
 ……そういえばアーチェスは背中を押されたと言っていた。つまり……彼女が押したから彼はヒデオの上に倒れたということだろうか。
「でも、あのヒデオの様子は……」
「全部、不幸な偶然なのですよー」
「服が緩んでたのは?」
「マスターが待っている間に寝てしまったので楽なようにと緩めてくれたのです」
「涙は?」
「倒れた瞬間に頭をぶつけあったので、痛かったのではないですか」
「睨んでたのは」
「気持ちよく眠ってたところを頭突きされたのです。そりゃむかつくでしょう」
 リュータと翔希の質問にウィル子はすらすらと答えていく。ということは全部見てたのか、彼女は。ならレナの誤解を解いてくれても良かったのに。同じ女であるウィル子の言葉ならば、レナも信じただろう。
 そんな自分たちの視線に気づいたのだろうウィル子がばつの悪そうにつぶやいた。
「マスターが許しているからウィル子は何も言えないのですが……ちょっとした意趣返し?」
 思わずアーチェスを見てしまう。ずいぶんとダメージが大きかったらしくまだ立ち上がれないようだ。
「しかしノアレ。あんまり関係ないヒトを巻き込むとマスターが怒ると思うのですよ」
「関係なくないわよ。こいつはあたしの司祭なんだから。だからあたしが好き勝手遊んでいいの」
 アーチェス、悪いことは言わない。今すぐコレと縁を切れ。
「じゃ、あたしは十分楽しんだから消えるわね」
「……寒い」
 ノアレが姿を消した直後、頭を抑えながらヒデオが起き上がった。そして開けられたままのドアを確認するとゆっくりと首を傾ける。
「なぜ、開けたまま?」
「ああ、悪いな」
 ドアを閉めて鍵をかける。走り去ったレナは気になったが自分たちにはどうすることも出来ないし。
「いったい、何が……?」
 起きてみれば部屋は寒くなってるし、頭は痛いし、なぜかアーチェスはボロボロになって倒れているし……。ヒデオにとってはわからない事だらけだ。
「なんでもないのですよ、マスター」
「ウィル子。なぜ?」
「やっぱりウィル子も一緒に騒ごうと思いまして!」
「なら。ウィル子の分のコップも用意してくる」
 ふらつきながらも立ち上げり、緩められた衣服を無意識になおしながら台所に向かう。彼が十分に離れたところでリュータはウィル子へとささやいた。
「何があったか言わなくていいのか?」
「マスターはレナにちょっぴりラブな感情を持ってたのですよ……。そのレナに男、しかも彼女の養父のアーチェスに押し倒されたと誤解されてるなんて知りたいとでも?」
 そんなの知りたいわけがない。
「何を、話して……」
「いーや、何にも。今日は飲み明かそうってな」
「そうなのですよー! 今日は飲んで飲んで飲み明かして……パアーッと忘れちゃいましょう!」
「いや、でも。彼は?」
 ヒデオの視線がアーチェスに注がれる。
「大丈夫だって。ヤツだって魔人なんだから死にゃしねえって」
 掴み取った封筒をアーチェスに無理やり握らせてリュータが笑う。
「そうそう。いいから飲もう」
 翔希も朗らかに笑いながら肩を組んでくる。
「今日はたっくさんお酒を飲んで何もかも忘れましょう。……それともウィル子のお酒は飲めませんか?」
 並々と酒の注がれたコップを突き出してウィル子も笑う。ヒデオはそれを受け取り、苦笑しながら言った。
「……そう、しようか」
 その後、一息に酒を飲み干したヒデオがとうとう臨界点を超え、ヒキニパ神の使徒と化したのはまた別のお話……。






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Scribble <2010,02,06>