Mislead
〜クリスSide〜
夢を見た。
きっとこれはいい夢だ。
だって頭を撫でる手はこんなにも優しい。
だって自分の上に被さる暗紫色の幻影はこんなにも暖かい。
「……」
『……いいですよ』
私の呼びかけに幻影が笑みを浮かべ、応えた。
それを最後に意識はまた深い眠りの中へ……
寒い……
何故こんなにも寒いのだろう。
クリスは少しでも体を暖めようと、体をさすった。
すると、その指先は素肌にふれた。
「(ああ、服着てないのか)」
ダルい体を無理矢理起こし、壁際にかけられた服を取りに寝台から抜け出す。
窓から差し込む光はまだまだ明るいとはいえない。
やっと夜が明けたところだろうか……。
「(……服を着たら、寝なおそう)」
しかし、その考えは壁に備え付けられていた鏡を見た瞬間、吹き飛んだ。
「な……」
驚きのあまり言葉が出てこない。ただ目を白黒させて、パクパクと口を動かすのみ。
鏡に写っていたのはクリス自身の裸身。
そして、その上に……首筋や胸元にのこる赤い痕。
いくら神殿内で正義のための鍛練ばかりを繰り返してきたクリスでも、それが何かわからぬほど純粋ではない。
「これって……アレだよな?」
呆然と自身が写る鏡に触れる。そして他も確かめようと視線を下におろした。
……そこでまた思考が止まった。
「なんで私は裸なんだ!?」
いままで寝ぼけていたせいで気付かなかったが、下着一枚身につけていない。
もやもやした嫌な予感が形をおびてくる。
「いや、まさかそんなはずはない。そんなはずは!」
「……うるさい」
クリスが一人で慌てているところに、文句が投げ掛けられた。
「トラン!?」
心臓がドクドクと警鐘をならしはじめる。
「いや、待て落ち着け、落ち着け私! アイツがいること自体はなんの問題もない。そうだ、そうだとも。部屋が足りなくて同室になっただけじゃないか。あ、でも、あの夢は。そういえばあの幻影の色はコイツの髪の色と同じだったような……。……いや、違う、違うんだー!」
クリスの心境を知ってか知らずか、トランはさらに文句を続けた。……余程眠いらしく、寝台に潜り込んだまま。
「わたしはあなたのせいで疲れてるんですよ……」
「私のせいで疲れてる!?」
だんだんと集まる状況証拠に耐えられなくなったのか、クリスは全裸なのも忘れて、トランに詰め寄った。
……トランが寝台にいるせいで、クリスが彼を押し倒しているようにしか見えないが。
「ナニ、いや何があったんだ昨日!?」
「……服、着たらどうですか。っていうか、重い。どけ」
そう言われて、とりあえずクリスはトランの上からおりた。
「降りたぞ。さあ話せ、今話せ、すぐ話せ」
「……覚えて、いないんですか?」
寝台から身を起こしながら、トランはどこか淋しげな口調で言った。
「な、な、なにを!」
「昨日のあなたは……」
「私は!」
「酔いつぶれて、眠ってしまってたいへんだったんですよ」
「は?」
クリスの全身から一気に力が抜けた。
「昨日は四人で外に食べに出たでしょう?」
靄がかかった記憶を探ると、確かにそんな記憶がある。
確か、エイプリルとトランに煽られて、結構な深酒をしたような……。
「あなたは眠って起きないし、エイプリルはノエルを連れて先に宿に帰ってしまうし……。しょうがないので、わたしがあなたを背負って帰ってきたんです」
脱力したままクリスが呟く。
「……この痣は?」
「そーいえば何回か落としたり、ぶつけたりしましたねぇ」
「……私が裸なのは?」
「帰りに雨が降ったんです。濡れたままベットに放り込むわけにいかないでしょう?」
ぷつりとクリスの中で何かが切れる音がした。
「脱がしたら着せとけよ! 風邪ひいたらどうするんだ!」
「風邪ひくようなやわな体してないでしょう! というか、なんであなたにそんなことまでしてあげなきゃならないんですか! 服脱がして干しといただけでも大サービスです!」
確かにクリスは文句の言える立場ではない。だから彼もそれ以上は何も言わず、トランから離れた。
「……らわしい、……な誤解……カみたい……」
まだ何かブツクサ言ってはいたが。
トランはそんなクリスをいとも愉快そうに眺め……
「おやすみなさい、クリス。よい、夢を……」
そう言い残して、再び眠りについた。
[▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2006,07,30>