Night of perplexity

〜トランSide〜


 朝というにはまだ早すぎるそんな時間、ふと目が覚めてみると、腕がなかった。
 ……いや、腕はちゃんと繋がってはいる。しかしその感覚がほとんどない。
 いったい何事かと視線を横にずらしてみると、金色の髪が腕に乗っていた。
「……クリス?」
 彼が隣で眠っているのはいい、昨夜は部屋数はおろか、寝台の数まで足りなくて、しかたがなしに寝具を共有したのだから。
 しかし自分達は互いに背中を向けて眠ったはずだ。
 そして背中から伝わってくる温もりに心地よさを感じて……。
「って何考えてんだ、わたしは!」
 頭に浮かんだ感情を振り払うかのように、トランは首を振った。
 本当はクリスを放り出したいところだったが、あいにく腕が抜けない。余程うまく固定されているようだ。
 しかしそれでも少しは冷静さが戻ったのか、視線を再びクリスに戻した。
 彼はとても気持ちよさそうに眠っていた。
 普段の気難しげな様子はどこへやら、穏やかな表情で幸せそうな笑みさえ浮かべて眠っている。
「ん、……らん」
 クリスがころりと寝返りをうった。
 その先は自分の胸の中。これまた、幸せそうに体を寄せてきた。
 しかも今自分の名を呼ばなかったか? 
「これは、まさか……」
 うっかりヤッてしまったとか……? 
「いや、そんなことはない……はず!」
 いちおう体を確かめてみると、自分もクリスも服をきていた。まあ、確かに多少着衣は乱れてはいるが、こんなもの誤差の範囲だ。
「それに別段、ダルいわけでもないし……」
 これまでお相手を務めた経験に照らし合わせて考えてみたが、自分が彼に抱かれたという事はなさそうだ。
「最中はともかく、次の日、すごくダルいしなぁ」
 トランはしみじみと過去の経験を思いかえした。
 それは光栄な事だったし、気持ちも……まあ、よかったが、身体がつらくてしかたがなかった。
「じゃあ、わたしが彼を……?」
 クリスに腕枕してやっている今の状況だけ見れば、そちらの方がありえそうだ。
 しかし……。
「ありえないよなあ……」
 自分がクリスを押し倒すのは体力の関係上、不可能だ。つまり、彼が自分を求めない限りそんな事はできない。
 そして自分は生まれてまだそんなに経っていないせいか、それとも元々そういう仕様なのか、性欲というものがうすい性質だ。
 この二つをあわせ考えてみても、ヤッてしまったというのはないだろう。
 たぶん、きっと、そうであってください、お願いします……
「あ、そういえば……」
 ふと、何かを思い出したのか、トランは視線を逆に向けた。
 そこにあったのはこの部屋に備え付けてあったもう一つの寝台。
 その上では静かに眠るエイプリルと彼女に抱き付くようにして眠るノエルの姿があった。
 それをみて、トランは心底ほっとした息をついた。
「さすがに彼女達がいるのにヤろうなんて考えませんしね」
 じゃあ、何故彼は自分の腕を枕に眠っているのだろう? 
 ……思考中。
 ……熟考中。
 …………結論。わかりません。
「まあ、考えても仕方がないか……」
 トランは考える事を放棄して、寝直す事に決めた。
 クリスのことも多少抱き心地が悪いのに目をつぶれば、湯たんぽがわりになるし……。まあ、いいだろう。
「狭いんだから、これ以上こっちに寄ってこないで下さいよ?」
 そう言って頭を撫でてやると、クリスはふにゃふにゃと幸せそうに笑った。
 それをみてトランは内側が暖かな何かで満たされるのを感じた。
 その想いにどこか安らぎを覚えながら、彼は目を閉じた。
 ノエル達にしなければならないであろう言い訳を考えながら……




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Scribble <2006,07,30>