Night of perplexity
〜クリスSide〜
背中を冷たい汗が這っている……
まわりはぬめるような熱気が漂っているのに。
眼前には自分を倒すべく手を突き出す彼がいる、
"私"の剣は彼を討ち倒すべく振り上げられている……
私達は確かに仲間であったはずなのに。
彼の顔は哀しみにゆがんでいて……、
けれど決意に満ちていて……
この闘いが避けられぬものだと私に知らしめる。
彼が、動く。
それを防ぎきり、"私"は振り上げた剣を彼に……
温かい赤いものが視界いっぱいに広がる。
私は剣を放り出し、彼を抱き起こした。
彼は私に身を預けて、私の名を呼んだ。
泣かなくていい、悔やまなくていい……、
と慰めるるように頬を撫でる手は赤く染まっていたが、以前とかわらず優しく暖かだった。
その手がパタリと地に落ちる。
理知的な光を宿した瞳がゆっくりと閉じられる。
その体が、急速に冷えてゆき、そしてか細い吐息が……
「っ!!」
深夜、クリスは飛び起きた。
「今のは……」
何という悪夢だったのだろう。すでに夢の記憶は消え始めているというのに、あまりの恐怖で胸が痛い。
少しでも心を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返すが、一向に落ち着く気配はない。
それでもどうにか鼓動を落ち着けて、周りを見渡すと、眠る3人の姿があった。
ノエルとエイプリルはすやすやと気持ちよさそうに、トランは自分の隣でこちらに背を向けて、寝息すらたてずに。
その様子にクリスはまた怖くなった。
いくらなんでも静かすぎないか、と……。
恐る恐る、触れてみると、その体は確かに暖かだったが。
しかし不安は消えない。
背が触れるほど近くでいたのだ。クリスの体温で温まった可能性がある。
彼は少しためらったのち、トランの背中に耳をくっつけた。
紛れもない彼自身の体温と、トクトクという鼓動が伝わってきた。
それにクリスは安心感を覚え、ぽつりと呟いた。
「……私が触れても目を覚まさないんだな」
それだけ自分に心を許しているという事か……
それにクリスはうれしいような、苦しいような想いを覚えた。
また、先程の恐怖感がじわじわと染み出してくる。
無理矢理、眠ろうとしても、心がざわついて眠れない。
「ええい!」
クリスは眠るのを諦め、寝台から起き上がると手早く服を着替えた。
神殿に行って祈れば、少しは心も落ち着くだろうと、扉を開ける。
「さ、寒い……」
夜の冷気が彼を拒むかのように、吹きつけてくる。
クリスは一度、扉を閉め、羽織る物を探した。
そして目に留まったのは暗紅色のマント。
それをちょっと拝借して、表にでた。
裾を引きずりそうなのが少し腹が立つが、それは寒さからクリスを守ってくれた。
……ほどなくして、目的地に着いた。
神殿は固く門を閉ざして、しんと静まり返っていた。
いつもは荘厳と感じるはずの神殿は、今夜に限って自分を−人を−拒絶しているように感じられる。
しかしそれでもクリスはひざまづき、祈った。
ざわついた心が落ち着いてゆく……。
「神よ、感謝します……」
小さく神への謝辞を述べると、クリスは立ち上がった。
借り物のマントについた土埃をはらい、帰路につく。
人のいない静かな暗い夜道は再びクリスの心に影を落とし始めた。
「……これじゃ、意味がないな」
頭を振り、影を振り払う。
そしてそのかわりとばかりに楽しかった事を思い出そうとした。
そう、確か……。
「皆でパーティーの服を選んだっけ……」
ノエルはかわいらしく、エイプリルは美しく、トランも意外に似合っていた。
「皆で食事をしたり……」
最初は緊張感のはしった居心地の悪い席だったそれは、日を重ねるうちに軟化し、居心地のいい、楽しいものへと変化していった。
「あとは、装備を新調した……」
まとまった金ができたからと、4人で防具を見に行った。
自分が盾を物色している隣で、エイプリルがノエルにあれこれと選んであげていた。
トランは買った帽子にあわせて服も新調していた。
それは確かに彼に似合ってはいた。が、わざわざ帽子やバックルにダイナストカバルの紋章(……だそうだ)を刻んでいるのにちょっとムッとした。
それを言ったら新調した盾をさして、キミはどうなんだ、と反撃されたが……。
過去の楽しかった事を色々と思い出しているうちに、宿に着いた。
そして部屋の扉を開けようとした時、ふと気付いた。
「みんな、旅にでてからの思い出だ……」
神殿にいた数年の歴史より、この仲間達と重ねた数カ月の方がずっとずっと重いのだと、気付く。
それに少し戸惑いながらもクリスは部屋に入り、マントを元通り、壁にかけた。
その背に声がかけられる。
「おかえり」
……と。
振り向くが三人は眠っている。
……寝言だったのだろうか?
「……ただいま」
しかしそれでも救われた気がした。
自分はここに帰ってきてもいい、自分達は共にいてもいいのだと……
いまや、あの恐怖は遠く彼方。これならば眠れるだろうと寝台を見ると、
「あ〜」
トランが大の字で寝台を占領していた。
足だけは何とか閉じさせたものの、腕は何度よけようとすぐに広げてしまう。というか、冷たい手が嫌なのか、うっとうしそうにはらわれた。
「……お前が、お前が悪いんだからな!」
そう言い訳をしながら、クリスはトランの腕の中に潜り込んだ。
そこは、心地よかった。
冷えた体が暖められていくのと同時に、心もほぐされるようだ……。
「……ん」
トランが自分の方へと寝返りをうった。
そして彼に背を向けているクリスを後ろから包み込むように抱きしめる。
……冷えた体が彼にとって心地よいはずないだろうに、男の体が抱き心地がよいはずないだろうに……。
それなら何故……?
その理由がクリスには、はっきりと理解できた。
「優しいな、お前は……」
放り出された手に自分のものを重ねると、包み込むように握られる。
そう、これは自分のためだ。この手も体も自分を暖めるために預けられている。
きっとトランは相手が自分だとわかっていないから、こうしてくれているのだろう。
それでも、彼の優しさが嬉しい……。
うとうととした眠気に誘われて目を閉じる。
……大丈夫。
もう、あんな悪夢は脳裏にうつらない。
……代わりに楽しい夢を見よう。
彼が笑っていて、少女も笑っていて、一歩離れた所から彼女も楽しげに笑みを浮かべている。
何も悩む事などなく、困難さえもスパイスにしてしまえる、楽しい旅を4人で続けている。
そんな幸福な夢を……。
自分達が叶えようと思えば叶う、けれどだからこそ叶わぬ夢。
そんな夢をこの温もりの中、共に見よう。
この先に悲しみが待っているのだとしても、今だけは共に幸せな夢を見よう。
そう、ただ今だけは……。
終
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Scribble <2006,07,30>