Nursing

クリスSide 03


 私が再び目を覚ました時、外は薄暗くなっていた。
 うすく開けられた窓からいい匂いが漂ってきている。ちょうど夕飯時らしい。
 ……ゆっくりと身を起こす。
 まだだいぶ動きづらいが、朝よりはマシになっている。
 視線を横に動かすと、今朝残したりんごがないのに気付いた。……どうやら片付けられてしまったらしい。
「せっかく剥いてくれたのにな……」
 でも、今朝はまったくといっていいほど食欲がなかった。
 彼の優しさが嬉しくて一口かじったものの、飲み込むのにひどく苦労した。
 ……もう少しだけ視線をずらすと、今度はコップと水さしがあるのに気付いた。
 水さしの中には水が半分ほどとレモンの切れ端が入っていた。
 ……芸が細かいというか、よく気がつくというか、なんというか……。なんにしてもありがたい。私は苦労して水をコップに注ぐと、両手でささえて水を飲んだ。
 レモン以外に何か入っているらしく、微かな甘味を感じる。
 その甘さがひどく喉に優しい。
 ……思えばこの水さし一つにいくつもの心配りが見てとれる。
 水に浮かべられたレモンといい、くどくない甘さといい……。そうだ、水の量が半分なのも持ち上げやすいようにという気遣いなのだろう。
「こんな風に世話をやかれたのって何年ぶりだろう……」
 神殿では自分のことは全て自分でするのが当たり前だった。
 心配してくれる友人はいたが、病気も怪我も自分でなんとかしなければならなかった。
 だからだろうか、体はつらいのに、なぜか嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいなのは……
 コンコン……と控え目に扉がノックされた。
「……はい」
「……起きてましたか」
「なんだ、またお前か……」
「わたしで悪かったですね。ノエル達の食事が終わったら代わりますから」
 ……別にトランが嫌だってわけじゃない。
「……なに持ってるんだ?」
「ミルクプディングです。……ノエルが作ってくれたんですよ」
「……うまそうだな」
 トランはそれを一さじすくい、私の方に差し出した。
「ほら、口を開けて」
「へ?」
「へ? ……じゃありません。どうせ体はまだうまく動かないのでしょう? そこでこぼされると厄介ですからね」
「あ、ああ……わかった」
 私が口を開けると彼はすくったプディングを口に入れてくれた。
「……おいしい?」
「うん……」
 は、恥ずかしくてトランの顔が見れない。
 っていうかこんなところを誰かに見られたら恥ずかしくて生きていけない。
 …………でも、
「ほら、あーんして」
「……あーん」
 もう少しだけ、この優しさに甘えていたい……
 …………
 ………………結局、丸々、一カップ食べさせてもらってしまった。
「きれいに食べましたね。食欲が出てきた?」
「いや、あんまり。けど、それがうまくて……ついつられて食べてしまった」
「そう言ってもらえると、作ったかいがあ……いや、ノエルにそう伝えておきます」
 ……これ、トランが作ったのか? 
 いや、まさかな……
「クリスさーん、起きてますかー」
「ノエルさん? どうぞ!」
 ノエルがエイプリルを連れて部屋にやってきた。
「クリスさん!」
 彼女は私の顔を見るやいなや、ものすごい勢いで抱き付いてきた。
 気持ちはうれしい、うれしいけど、でも……! 
「……ギ、ギブ……」
「……ノエル、離してやれ。クリスの顔色がヤバイ」
「ああ〜! すいませんすいませんすいません〜」
 あ、危なかった。肺が潰れるかと……
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶです。なんとか……」
 ……死ぬかと思ったけど。
 強くなったなぁ、ノエルさん……
「あの、すみません……。あたしのせいで……クリスさんに無理を」
「いいえ、こちらこそ……。私が倒れたせいで皆さんに迷惑をかけてしまった」
「いいえ、あたしが……!」
「いえ、私が……!」
「……お前達、いつまで続ける気だ」
「「あ……」」
 ……そうだ、せっかくノエルが目の前にいるんだから、直接礼を言っておこう。
「ノエルさん、プディングをありがとうございます。とても美味しかったです」
「そうですかー、よかったですー。でもほとんどト……」
 ノエルはそこまで言ってから急いで口をふさいだ。
 ……トランの方を見ると彼は素知らぬふりをしていた。……がその一歩後ろでエイプリルが口元に笑みを浮かべながら彼を指差している。
 ……やっぱりあのプディングはトランが作ったものらしい。
「……さて、わたしも食事に行ってきますね」
 純粋に食事にいくだけなのか、それとも感づいた私から逃げるのかはわからないがトランが部屋から出て行こうとする。
 その背に声をかける。
「トラン!」
 怪訝そうな顔で彼が振り返った。
「……なんですか?」
「……ありがとう!」
 言った途端、トランの顔がパァーっと赤くなった。
 そして彼は何も言わず、扉を乱暴に閉めて走り去ってしまった。
 ……ずいぶん動揺していたようだ。
「トランさん、照れてましたね」
「えぇ。あんなに照れなくてもいいと思うんですけど」
「礼を言われるのになれてないんだろうさ」
 そう言って、私達は笑いあった。





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Scribble <2006,11,23>