Pass each other



 トランは考えていた。
 深く、深く考え込んでいた。
「恋人ってどうすればいいんでしょう……」
 以前、ノエルに『恋人ってどんなもの』と尋ねたことがある。
 手を握ったり、抱きしめあったり、キスしたり……。
 彼女に聞いたことは全てしたつもりだが、何か物足りない。
「うーん……。これはアレとかをするべきなんでしょうか」
 昔のことを思い出してみる。
 自分は極東支部の皆に可愛がられていた。
 純粋に可愛がられていたのもあるが、性的な意味でも可愛がられていた。
 その当時は何もものを知らず、求められたら男女問わず応えていた。
 ……ぶっちゃけ何人相手にしたことがあるか覚えていない。
 まあ、それもトランにはっきりとした自我が芽生えた時点でなくなったが。
 彼らは最後にこんなことを言っていた。
『これからは本当に好きな人とだけしなさい』
 クリスのことは好きだと思う。
 じゃあ、してもいいのだろうか。
 あ、でもクリスは自分としたいと思ってくれてるのか?
 いきなりエッチしたいだなんて言ってもいいのか?
「……け、軽蔑されそうだ」
 不潔だ嫌いだ顔も見たくない……とか言われたら、本気で泣く。
 でも今以上のことがしたい。もっと身近にクリスを感じたい。
「直球が駄目なら、それとなく誘うのがいいのか……」
 というか、クリスは自分を抱けるのだろうか。
 自分と付き合うまで、男にそんな感情を抱いたことなど彼にはなさそうだ。そんなクリスが男である自分に欲情できるのだろうか。「う〜ん」
 ここは自分が男役をして、それとなく押し倒すのがいいか?
 ……ちなみにトランの思考が女役に傾いているのは、経験がある方が抱かれた方がいいんじゃないかと思っているだけである。
 重ねた経験のせいか、トランに抱く抱かれるに深いこだわりはない。
「あ、トランさん!」
「ノエル、今帰りですか」
 書き忘れていたが、ここは町中である。つまり彼は道の真ん中で不埒なことを考えていたわけである。
「はい! トランさんも用事はすみましたか?」
「ええ。支部への挨拶はすみました。そうそう、お土産に名産の茶葉をいただきましたよ」
「わあ! じゃあ、帰ったらみんなで飲みませんか?」
「いいですねえ。お菓子でも買って帰りますか」
「それならここに」
 ノエルが手にさげていた紙袋を開く。そこからふわりと甘い香りが溢れてきた。
「クッキーとか、マドレーヌとかいろいろありますよ」
「自分用に買ったんじゃないんですか?」
「いいんです! みんなで食べた方がおいしいですから」
「そうですか。……でも少しだけ買い足してから帰りましょうね」
 二人でケーキ屋に立ち寄って、小さなケーキを見繕う。
 周りから見れば、自分たちは恋人同士のように見えるのかもしれない。
「どうかしましたか?」
 首を傾げる彼女は可愛らしいとは思う。本当ならノエルのような愛らしい少女に恋するべきだったのだろう。
「いえ、何も」
 でも自分が恋したのは彼女でなく、クリスだ。そのことを後悔などしていない。
「じゃあ早く帰りましょう」
「そうですね」
 ……何故だろう。無性に彼の顔が見たかった。




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Scribble <2009,04,12>