Pass each other
7
「まあ、オチは読めていたわけですが」
トランは首まですっぽりと布団にくるまると大きく息を吸い込んだ。
「ふぇっくしょん!」
……大きなくしゃみを一つ。どうやら風邪をひいてしまったようだ。
「にしても、何で風邪ひいたのがわたしだけなんですか……」
「基礎体力の違い?」
洗面器のお湯に手拭いを浸しながらクリスが呟いた。湯に浸した手拭いを固くしぼってトランを布団から引きずりだす。
「……寒いです」
「我慢しろ。そのままじゃ気持ち悪いだろ」
あたたかな手拭いが体を撫でる。
かいた汗をぬぐわれて、こざっぱりしたところで服を着込む。
「うう〜」
鼻をすする。どうやら本格的に駄目になってきたようだ。なんだか頭痛までしてきたし。
「なんか食べるか?」
「あるなら果物が食べたいです」
「よしわかった」
部屋を出ていくクリスを見送って、トランは一人呟いた。
「クリスも同じ気持ちだったなんて……」
恋人としたくて気をひこうとしていた。でもお互いがお互いを思うあまり、その思いはすれ違っていた。 したいけど嫌われたくない、負担をかけたくない。
トランはクリスに嫌われたくなくて、クリスはトランに負担をかけたくなくて……、お互いが相手から手を出されるのを待っていた。
「バカみたいだ……」
言葉一つでこんな簡単に先へ進めるのなら、もっと早く言えばよかった。
元より遠慮なしに言い合うのが自分たちのスタイルだったはずなのに。
「入るぞ」
「……入ってから言っても意味ないですよ、エイプリル」
「気にするな」
ドンと水差しをサイドテーブルに置くと、彼女は手近な椅子に座った。
ダルい体をおこし、水を注いで飲む。
「ノエルは?」
仲間が倒れたと聞いたら真っ先に飛んできそうなのに。
「クリスと梨を剥いてる」
「はあ……」
実の部分が小さく、皮が分厚い……赤い斑点模様付きの梨が出てきそうだ。
「どうだった?」
「はい?」
「喰ったんだろ? それとも喰われたのか?」
「……行為は否定しませんが、それはノーコメントで。っていうか人の濡れ場が聞きたいんですか?」
「いや。……クリスが晴れやかな顔をしてたんでな」
「あのアホ……」
ああ、頭が痛い……。
せめてノエルには気づかれなければいいが。
「だが二人とも医者はいいのか? クリスも咳をしてたみたいだが」
「ん〜……本当は診てもらう方がいいんでしょうけど」
衣服に隠れた胸元をそっと撫でて、恥ずかしげに笑いながら言う。
「お互い人に見せられない身体なもんで」
「……二人とも?」
「何というかね……お互いに跡を残すのが楽しくなっちゃって」
クスクスと笑う。
ああ、昨夜は楽しかった。恋人との行為があんなにイイものだとは思っていなかった。
「やれやれ。お前もいい顔してるよ」
「……バレました? それはともかく、ノエルへの説明はよろしくお願いしますね」
「何で俺が」
「風邪をひいたのは誰のせいだと思ってるんです? あなたが余計なことをクリスに吹き込んだせいなんですよ」
「そのおかげでヤれたんだろうが」
「否定は、しませんが……。では、そうですね……湯冷めしたとでも伝えておいてください」
一応、嘘ではない。真実全てではないだけだ。
風呂上がりにヤりすぎて風邪をひいたとはノエルには言えないし。
「わかった。ノエルに伝えておく」
エイプリルが部屋を出ていくのと入れ違いでクリスが帰ってきた。
「何を話してたんだ?」
「ノエルへの伝言を頼んだんですよ。……そういえばノエルは?」
「看病したいと言ってくれたんだが、私がこないように言った。……風邪がうつるといけないからと言ってな」
「……本音は?」
「私がトランとイチャイチャしたいから」
「イチャイチャ……。一、付きっきりで看病してくれる。二、恋人同士のお」
「二番で」
「いや。わたしは病人ですのでホドホドにしてくれないと」
「汗をかいた方がいいと言うだろ」
「治る前に死んじゃいますよ。普通の看病をお願いします」
「しょうがないな。ほら、あーん」
フォークに刺された梨がトランの前に差し出される。……予想に反して赤い斑点はついていなかった。
「あーん」
……酸っぱい。まったく熟れてない。
しかしそんなことはおくびにも出さないで、もう一口かじる。そしてクリスに手招きして近寄らせる。
「なんだ?」
口づけし、口腔内の梨を彼に押し付ける。
「酸っぱ! なんだこれ腐ってるのか!?」
「いえ。ただ熟れてないんですよ。まったく……ちゃんと選びましたか?」
「選ぶってどういう風に」
「こう……おへその所の匂いをかいで、甘いいい匂いがすれば……。と、そういえば最近のクリスからもいい匂いがしてましたねえ。あなたも熟れごろだったのかな」
「なっ!? あれはただの香水……! っていうか、そんなこと言うより早く寝ろ!」
布団をかけられる。
もぞもぞと布団から顔を出して、トランはクリスに笑いかけた。
「看病してくれるんですよね?」
「もちろん」
優しく甘い恋人の笑顔。 ……この笑顔はいつまで自分の隣にあるのだろう。
……いや、暗いことは考えまい。
少なくともこの旅の間だけは、自分のそばにあり続けるのだろうから、その間により良い方法を見つければいい。
「どうした、トラン? 熱が出てきたのか?」
「いえ、何でもありません」
「本当に?」
熱をはかろうと額を寄せたクリスを捕まえて、そっと耳打ちする。
「愛していますよ、クリス」
甘い微笑を与えてくれる恋人の頬に、トランはそっとキスをした。
終
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Scribble <2009,05,23>