Pass each other



「はあ……」
 風呂上がり、ホコホコと湯気たつ体のまま、クリスは大きなため息をついた。
「やっぱり駄目なのかな」
 昨日はなかなかイイ雰囲気だった。
 しかし結果はどうだ。
 彼は自分にキスをすると、さっさと寝てしまった。
 今日だって、一緒に風呂に入ろうと誘ってみたが断わられてしまったので一人で入った。
「私相手じゃソノ気にならないのかな」
 やはり自分のような男より、ノエルのような愛らしい少女の方が……。
「いや! トランは私が好きだと言ったんだ!」
 それでも不安になってしまうものだ。だからこそ証が欲しい。互いの体に刻み付けたい。
「……よし!」
 服に手をかける。
 上衣を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着に手をかける。
 自分の体から服を剥ぎ取るたびに、クリスの顔が赤く染まってゆく。
 脱いだ衣類を片付けてトランのベッドに潜り込む。……さすがに裸のままベッドの上に座っているのは恥ずかしいので。
 トランはもうすぐ風呂から帰ってくるだろう。
 ……彼は、どんな反応をするだろうか。
 コンコン
「クリス、開けますよ」
 ……帰ってきた!
 ドキドキと高鳴る心臓が飛び出してしまわないように、口を真一文字に結ぶ。
「あれ? 暗い。寝てるんですか」
 ……やっぱり駄目だ。恥ずかしくて行動をおこせない。
「クリス? そっちはわたしのベッドですよ」
 すぐそばにトランの気配を感じる。
 恥ずかしい。恥ずかしいが触れて欲しい。
「クリス?」
 トランの手が肩に触れた。風呂上がりだからだろうか。彼の手はしっとりしていて、まるで吸い付くようだ。
「服、着てないんですか? 風邪ひいちゃいますよ」
 肩を揺さぶるんじゃなくて、もっとこう……。
「え……!?」
 ……と思っていたら体が動いていた。
 力の限りトランを引き寄せ、ベッドの中に引きずりこんで押し倒す。
「トラン!」
「え? ちょっと待って! 完全に裸なんですか!? パンツもなし!? いつからあなたは露出狂になったんですか!?」
「仮にも恋人の裸を見て感想がそれかっ!?」
「恋人うんぬんの前にあなたらしくないと思っただけです!」
「だってエイプリルが……」
 恥ずかしさと情けなさのダブルパンチで泣けてきた。
「ちょ、ちょっと! 泣かないでくださいよ! そんな格好でそんな表情されたらムラムラっと……」
「え?」
 トランらしからぬ言葉に目が丸くなる。
 今、ムラムラとか言った?
 自分に欲情してくれているのか?
「ああもう!」
 トランの手が自分に伸びる。その一瞬後には抱き締められ、唇を奪われていた。
「ん……」
 今までのような触れあうだけのキスではなく、絡み合うような濃厚なキス。
 いきなりの事でとっさに逃れようとしたが、彼はそれを許さなかった。かっちりと頭を固定され逃げられない。
 いや。普段ならどんなに彼が力をこめようと逃れるのは容易いはずだ。でも今は出来ない。……なぜか、力が入らない。
「……クリス」
 唇が離れる。
 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでから彼を見上げる。
「あの……嫌じゃなかったですか」
「嫌じゃない」
「じゃあ……気持ちよかった?」
「よくわからないな。でも……もっとしたいな」
「ではもっとしましょう」
 自分を抱き寄せようとする彼の腕を牽制してにっこり笑う。
「今度は私からする」
「……ん」
 トランが嬉しそうに微笑み目を閉じた。わずかにつきだされた唇にそっと触れる。
 ええっと……確かこんな風に……。
「んん……」
 絡み付いてきたあたたかな腕が冷えた体に心地いい。
 触れあう全てが特別な熱を発し、体を支配していく。
 それなのに背中がゾクゾクして……。
「は……」
 唇を離す。
 瞳を潤ませた艶っぽいトランに目を奪われる。
「クリス……」
 そうっと頬を撫でられた。たったそれだけなのに、たまらなく興奮する。
「トラン。……はっ」
「は?」
「くしょん!」
「はい?」
「はっくしょんくしゃん……ぶぇっくしょん!」
「汚な! 人の顔に向かってくしゃみをしない! せめて横を向け、横を!」
「わ、悪い……」
 ああ……せっかくいい雰囲気だったのに。
「ったく! 風呂上がりに裸でいるから体が冷えたんですよ」
「うう……」
 言われたらなんだかすごく寒くなってきた。ブルリと体を震わせる。
「あたためてあげましょうか?」
「……どんな方法で」
 トランが指を一本立てる。
「一、風呂にもう一回入って芯からあたたまる」
 指をもう一本立てて甘い微笑を浮かべて続ける。
「二、恋人同士のお約束的な方法であたたまる」
 その選択肢なら答は決まっている。
「……もちろん二番で」




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Scribble <2009,05,16>