Promise of reunion

01


「つ……」
 クリスは胸に痛みを感じて目をさました。辺りを見回すと、世界はまだ暗闇に包まれている。まだ夜中のようだ。
 怖い程の静寂の中、かすかに鳴咽が聞こえてきた。
 クリスは寝台を抜け出し、それを辿った。
 そこにはアガートラームを抱きしめたノエルが眠っていた。
「……ひっく、トランさん。トランさん……!」
 ……完全に眠りこんでいるのに、泣いている。
 涙が止まらないのだろう、ノエルの枕は湿っていた。
「……トラン。……」
 ふと、エイプリルが寝言を零した。
 普段は寝言どころか寝息すらほとんどたてない彼女が何やら会話をするような寝言を呟いている。
 クリスは彼女らの寝台を離れ、自分の寝床へ戻ろうとした。
 そして彼は見つけてしまった。
 自分の寝台の隣、いつもなら彼が眠っているはずの寝台に、彼の代わりに寝かせられた彼を形作った人形を……。
「こんなの、作ってたっけ……」


  『クリスさん、見て下さい! 』
  『それは……私とトランの人形?  どうしたんですか、それ? 』
  『トランさんと作ったんです。あたしとエイプリルさんのもあるんですよ』
  『へぇ〜。器用ですね』
  『しかも手の所に磁石が入っていて……。ほら、手を繋ぐんですよ! 』
  『……えい』
  『ああ! 何するんですか!? 』
  『たとえ人形であってもトランと手を繋ぐなんてイヤです』


「ふ……」
 不意に涙が、悲しみが込み上げてくる。
 それから逃げ出すようにクリスは自分の寝台に潜り込み、掛布を深く被った。
 しかしそんな事で悲しみから逃れられるはずもなく、涙が次から次に溢れ出してくる。
 そして共にわいてくるのは後悔と自虐の念。
 あの時少しでもマティアスを疑っていれば勲章など受け取らなかった。それなら騎士団も村に来る事もなく、何事もなく旅を続けていたはずだと……。
「わ、私のせいだ。私のせいでトランは……。私はまた守れなかった、私がまた仲間を殺したんだ……」
『何があなたのせいですって? 』
 掛布の外側から声が聞こえてきた。
 それはもう聞くことがないはずの声、失った仲間の声。
「トラン……?」
 掛布をめくり、起き出してみると、そこには彼が少し困ったような表情で立っていた。
「あれはわたしが戦術ミスをしたせいです。あなたが悔やむ必要はない」
「トラン!」
 寝台から跳ね起き、彼を捕まえる。
 そうして触れた彼は確かな暖かみを持って、そこに立っていた。
「生きて、生きてたんだな?」
「いいえ……」
 トランは悲しそうな顔で辺りを見回した。それにつられて周りを見ると世界は白一色に塗り潰されていた。
「ここは?」
「ここはあなたの夢の中」
「じゃあ、お前も私の夢、なのか……?」
 トランは穏やかに微笑み、首を横に振った。
「わたしはあなたの夢ではない、トラン=セプター本人ですよ」
 よくわからないというように首をかしげるクリスに彼は続けた。
「死者が夢枕に立つ……、というのを知りませんか? それをあなたに対してしているんです」
「じゃあ、トラン。やっぱりお前は……」
「えぇ……」
「ふ……」
 また堪えようのない悲しみが、涙があふれてきた。
 トランは自分にしがみつき、無言で涙を流すクリスをそっと抱きしめて言った。
「今なら、泣きたいだけ泣いていいですよ。まだ夜は長い、時間はいくらでもある、いくらでも付き合うから……」
「あ、アアァァァ……!」
 クリスの慟哭が白い世界の中に響いた。



 へたりこんでしまったクリスにトランが声をかけた。
「落ち着きましたか?」
「ん……」
 問い掛けに鼻をすすりながらこたえる。
「涙は出しきりましたか? ノエルの前で泣いては駄目ですよ」
「……うん」
「あなた達がしっかりしてくれないと困るんだから」
「わかった。ノエルは……、いや二人は必ず護る」
 そう言うクリスの瞳はまだ涙で濡れてはいたが、確固とした決意で満ちていた。
 トランはそれに満足そうに笑うと立ち上がった。
「さてと、行きますか」
「どこに?」
 クリスも立ち上がり、尋ねる。
「これからノエルの所に行って……、それからあちらに、ね」
「もう、会えない……?」
 トランは聞き分けない弟を見るような瞳で彼を見つめ、優しく言った。
「いや、会えますよ。あなたが今の生を終えてから、あちらでね」
「待っていて、くれるのか……?」
「えぇ、のんびりと待ってます。そしていつの日か……」
 今までノエルに対してしか向けなかった、とびきりの微笑を浮かべて続けた。
「四人一緒に、生まれ変わりましょう」
「……ああ!」
 それは遠い遠い先の約束。しかし違えられる事なき仲間-トモ-との約束。
 トランが手を差し出す。
 クリスは笑顔を浮かべ、それをしっかりとにぎりしめた。
「さよなら、また今度」
「ああ。また、な……」
 重ねられた手がほどけ、離れた……。




[▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2006,12,19>