History not chosen

Let's enjoy traveling together
〜Chris〜


「あれから一年、か……」
 あの戦いからもう一年が過ぎていた。
 クリスの罪は全て冤罪であることが証明され、彼は神殿へ帰ってくることが出来た。
「やれやれ……」
 クリスの机の前には山のように積まれた書類がある。あれから一年、彼は事件の報告書の作成などの事務処理におわれていた。しかしそれも終わりだ。あとはこの書類を提出するだけ。
「そろそろ寝るか」
 今日も随分遅くまで仕事をした。……だがそのお陰で明日には間に合いそうだ。
 コンコン
「はい。どうぞ」
「精が出るな、クリス」
 いつにないラフな姿のゴウラが片手にワインをさげ、部屋にやって来た。
 そう、彼もヴァンスター神殿へと戻っていた。
 ゴウラへの処分は不当であると、クリスをはじめとする多くの神官が訴え、それが聞き入れられたのだ。
「先輩、それはイヤミですか? 私が事務仕事に向いていないのはご存知でしょう」
 口ではとやかく言いながらも、机を片付けてワイングラスを用意して、彼に席を用意する。
 ゴウラは自分の前にクリスが着席するのを待って、口を開いた。
「クリス」
「はい?」
「騎士叙勲を、辞退したと聞いた」
「……はい」
「昔、騎士になるのが夢だと、言っていなかったか」
「言っていました。神の名の元に戦う騎士に、ずっと憧れていました。……でも気づいたんです」
 まっすぐに兄弟子の瞳を見つめ返し、胸に手をあてる。
 彼は、彼ならば、この気持ちを理解してくれるはずだ。
「私が憧れていたは、騎士そのものではなく、その生き方だったのだと。ある女性に出会って、それに気づきました」
「そうか……」
 口の端をあげて、ゴウラがうなずく。
 彼の、いや彼らの脳内に同じ一人の騎士の姿が浮かぶ。
 主のため、主とその家族の幸せのために、創造主に背いてまで戦い抜いた女性の姿が。
「私は守るために力を使いたい。天におわす神のためだけではなく、この大地に共に生きる誰かのために」
 もう彼は、兄弟子のあとをついてまわる、夢見る少年ではない。
 自分がするべき事、守りたいものが何であるかを見つけた、一人前の騎士だ。
 弟弟子の成長を嬉しく思うのと同時に、少しさみしく思う。
 自分と彼の道は、これを境に別れてしまうのだろうから。
「ならば、ここはお前には狭すぎるだろう」
「はい……とは言いませんが。そうですね、私は旅に出るつもりです」
「いつ?」
「明日にでも」
「……グリーンフィールド家の息女がまた旅に出るそうだな」
 含み笑いを浮かべるゴウラにクリスは笑って答える。
「はい。彼女と共に行くつもりです。私はフォア・ローゼスのアコライトですから。ギルドマスターが旅に出るというなら、共に行かなければ」
 共に行かなければ……ではない。ただ自分が共に行きたいだけだ。
 彼女とその仲間たちと、また共に旅がしたいのだ。
「しかし私は神殿のアコライトでもあります。だから旅の最中も、私は私の正義を貫きます」
「そうか」
 ゴウラは立ち上がり、クリスの頭に手を置いた。そしてそのままグリグリと撫でる。
「ちょっ……先輩!? 私はもう子供じゃないんですよ!」
「これが最後だ。……撫でさせてくれ」
「最後って縁起でもない」
「そういう意味じゃない」
 兄弟子の手に力が込められる。
 ……自分は、昔からこの手が好きだった。
 小さな子供の頃には軽く肩に担ぎ上げてくれた。
 少年の頃には優しく撫でてくれた。
 そしてもっと大きくなってからは、背中を叩いて活を入れてくれた。
 そのたびに、たくましい腕に憧れ、大きな手に癒され、彼の優しさに励まされてきた。
 いつの日か彼のような、全てを守れるような騎士になりたいと、夢見ながら成長してきたのだ。
 それは自分の生き方を見つけた今も、変わっていない。
 でも……大好きだった彼の手は、こんなに小さかっただろうか。昔は自分を包み込むほど大きくたくましく感じていたのに。
「お前が大人になっただけだ」
 心をよんだようなゴウラの言葉。全てを見通しているような瞳に、胸があつくなる。
 ああ、そうか……。
 自分は、彼に追い付きつつあるのか。
 嬉しいという気持ちと、寂しいという気持ちが交錯する。
 ゴウラの顔を見ることが出来ない。きっと、涙をこぼしてしまう。
 そんな情けないところは、自分を認めてくれた兄弟子に見せたくない。
「さてと。俺はそろそろ部屋に戻るから、お前も早く寝ろ。明日にさしつかえるぞ」
 ポンポンと軽く自分の頭を叩いて、テーブルから離れる彼を呼び止める。
「あ、あの先輩! ワインは?」
 振り返り、笑いながら彼は言った。
「ああ。結局開けなかったな。まあ、いい。それは仲間たちと飲むといい」
 そんな言葉を残して、彼は出ていってしまった。
 取り残されてしまったクリスは複雑な気持ちのままワイングラスを片付け、ワインを荷物の中にしまうことにした。
「あれ?」
 そしてワインのラベルに、真新しいインクのあとがあることに気付く。
「先輩……」
 そこにはこう書かれてあった。

弟とその仲間たちに
神の祝福があらんことを





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Scribble <2008,01,17>