History not chosen
Let's enjoy traveling together
〜April〜
「あれから、もう一年か……。時間がたつのは早いな」
呟き、一人で酒をあおる。
戯れにつけた煙草は、本来の役目もはたさず灰になりつつある。
「あいつらは……どうしてるんだか」
思わず苦笑が浮かぶ。
自分はいつの間に、仲間を気遣うような、殊勝な女になったんだ。
「ノエルは元気なのは知ってるんだがな」
手元には封の開けられた白い封筒。まだ開いたばかりなのか、封蝋も残されている。
残された封蝋の色は鮮やかなグリーン、押された印章の形は薔薇の形をしている。
この薔薇の印章は、一年前に別れる際、五人で揃えたものだ。
ヴァンスターの名家の養女。
同じくヴァンスター神殿の神官。
悪の組織ダイナストカバル幹部二人。
そして刑期二千年の大犯罪者であった自分。
こんな自分たちが連絡を取り合うことを、こころよく思わない者もいるだろうということから、差出人の名は書かないようにしようと薔薇の印章と個別の封蝋を使うことにしたのだ。
仲間同士連絡を取り合うのに、いちゃもんをつけられては、たまったものではないし。
「まあ、俺は一応、無罪放免されてるんだがな」
あの事件のあと、エイプリルには恩赦が出され、全ての罪(といっても冤罪だったのだが)はゆるされていた。
無論、皇帝はたとえエイプリルが薔薇の武具を集めきっていたとしても、釈放するつもりはなかっただろう。
しかし、ディアスロンドをはじめとする各国から圧力がかかった。エリンディルを救った竜殺しの英雄に縄をかけるとは何事だ、と。
それだけならば無視することも可能だったのだが、そうするわけにはいかなくなった。
神竜を復活させた原因がヴァンスターにあると公表すると脅されたのだ。
あの時、フェブラリィがノイエに手をかけなければ、神竜は復活することもなく、ノエルによって滅びていただろう。
だが彼女によって封印はあばかれ、神竜は復活し……各地に多大な被害をもたらした。
そして、まずいことに、その場には絶対の目撃者が存在したのだ。
それは薔薇の巫女やその騎士、そしてもちろんフォア・ローゼスではない。彼らならばいくらでも言い返す事ができる。
魔将戦争の英雄、元・神の使いにして、粛清装置解除の先駆者……魔術師フェルシア。
彼女の証言があったからこそ無視することはできなかった。
あらゆる方面に手をまわし、金をばらまけば、その事実を揉み消すことも、可能だったのかもしれない。しかしそれよりも手駒の一つを野に捨てる方がはるかに損害が少ない。
……かくしてエイプリルは自由を手に入れたのである。もっとも……。
「本気で手放すつもりじゃないんだろうがな」
それを証拠に彼女の首には枷がはめられたままである。これさえあれば、命を盾に汚い仕事を彼女に押し付けることができる。
そんなことになっては、たまったものではないから、エイプリルは故郷に戻らず、ごく一部の人間以外には居場所を報せず、各地を転々と旅をしている。
カラン……と扉のベルをならして、店内に入ってきた者がいる。
自分の存在を強調するような足音のわりには、小さな歩幅。これには聞き覚えがある。
そう、これは……。
「ここはお前みたいなお子様が来る店じゃないんだがな、ジュライ」
「お前がいるところに来ただけだろぉ。さぁんざん捜したんだぜ?」
勝手に隣のスツールに座るジュライに水を頼んでやってから、彼女の顔も見ずに口を開く。
「いったい何のようだ? 俺はお前に用事なんてないぞ」
「ああん? それが恩人にたいする口の利き方か?」
「恩人?」
「これだよ、これ!」
ジュライがバンッ……と手を机に叩きつける。その小さな手の下から出てきたのは、リボンのついた見覚えのない鍵。
「……これは?」
「お前の首輪の鍵だよ。お前は俺が殺すんだ、皇帝の気紛れで殺されちゃあ、つまんねえからな」
「頼んでないがな」
「んなもん知るか!? ったくお姉様もなんだって……」
「は?」
「いや! 何でもないぞ、うん。こっちは皇帝に追われること覚悟で盗みだしてやったんだ、感謝しろよ?」
その言葉にエイプリルは何も答えなかった。酒の代金を置くと、すべるような手つきで鍵をつかむ。
「おい! どこにいくんだよっ!」
「行くところがある」
鍵に結びつけられたリボンを眺めながら、つぶやく。そしてそこに思っていた通りのものがあったのを発見し、その内容に口許をゆるめた。
リボンにあったのは旧情報部十三班で使われていた暗号だ。そこには、こう記されていた。
『二月の不始末と 私自身の借りは返した 八月』
リボンをほどいて懐にしまうと、外した首輪と共に鍵をジュライに放り投げた。
「投げんなよ! 爆発したらどうすんだ!?」
「その程度で破裂するなら、とっくの昔に爆発してる」
「ちっ! まあいいけどな。おい、勝手に死ぬんじゃねぇぞ。お前は俺が殺すんだからな」
「子供の遊びに付き合ってやるヒマはねえよ――だけど」
「だけど?」
ジュライの問いかけに、エイプリルは艶やかに微笑み、こう続けた。
「かかってくるというなら、返り討ちにしてやるさ――仲間たちと一緒にな」
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Scribble <2009,01,24>