History not chosen

Let's enjoy traveling together
〜Toran〜


 一年という時間は、何もせずに過ごすには長すぎ、何かを成し遂げるには短すぎる。
 ましてや、失ったものを取り戻すには一年ではまるで足りない。
「アースブレッド!」
 トランのかざすロッドから魔力が発せられる。それに応え、的の周辺の土が盛り上がり、石つぶてが吐き出された。
 しかしそれは的に当たりはしたものの、大した威力はないようだった。トストスと軽い音だけをたて、地面に落ちる。
「……はあ」
 ガックリと肩を落とし、トランは大きなため息をついた。
 ノエルたちと別れてから今まで、ずっと特訓はしているものの、なかなか上達しない。
「今日はもう止めよう」
 確か今日は、全組織員に大首領から集合がかかっていた。早く行かなければ遅れてしまう。
 胸に抱いた本を部屋に返すために、のろのろ歩いていると、前方からレントがやって来た。
 ……思わず、本の表紙を隠してしまう。弟には知られたくない。
「兄さん、もう謁見の間に行かれたかと思ってました。ちょうどいい。一緒に行きましょう」
「いや、この本を返しにいかないと」
「遅れてしまいますよ?」
 手首をしっかり捕まれて、謁見の間に連行される。
 謁見の間には、すでに自分たち以外の全員が集まっていた。遅れてしまった非を詫びて、列に連なる。
『諸君……今日、この日までよく働いてくれた。本日この時をもって我がダイナストカバルは解散する……』
 組織員の中に動揺が走る。
 戸惑うように周りを見渡し始める者、泣き出してしまう者、粛々と大首領のお言葉を受け止める者……。
 そしてトランたちはというと、そのどれでもなかった。
 大首領像の前に進み出て、トランが言う。
「大首領……わたしたちをお側にお置きください。わたしたちは組織がなくなっても、行くところがございません」
『そうか?』
 そんな大首領の疑問の声は次にわきあがった周囲の声にかきけされた。
「大首領! 我らも貴方についていきます!」
「貴方のおられる場所こそが、我らのあるべき場所です!」
「大首領! 我らを見捨てないでください!」
『……よいのか? この先はつらいことになるぞ』
「かまいません」
 トランの返事に組織員全員が大きくうなずいた。
『そうか。実は解散式の他にも大事な発表がある。……Dr.セプター!』
「はい」
 大首領像の隣に控えていたDr.セプターが、垂れ下がっていた紐を引っ張った。
 その紐に引っ張られ、大首領像の上にさげられていた垂れ幕が地に落ちる。
 そしてその下から現れたのは……。
「ネオ・ダイナストカバル結成式?」
『うむ。我らはこれからはネオ・ダイナストカバルとして活動する』
「おお〜!」
 周りから感嘆の声が聞こえてくる中、トランはこっそりとつぶやいた。
「解散式に何の意味が……?」
 トランの声を聞きとめたのだろうか、彼の疑問に対する答になる言葉を大首領が発した。
『組織を抜けたい者がいるならこれを機に、と思ってだったのだが……無駄な気遣いだったようだな』
 他の生き方を見つけた者、己の限界を感じて隠居したい者などがいれば、これを機に自由に生きてほしいと、解散を言い出したのだが……誰一人としてダイナストカバルを離れようとしない。
 組織の結束は大首領が思っていた以上に強かったということだ。
「大首領……。我らをお思いになるそのお心だけ、ありがたく受け取らせていただきます」
 トランが深々と礼を返すのと同時に沸き上がる大首領コール。
「大首領!」
「大首領ー!」
「ネオ・ダイナストカバルに栄光あれ!」
「栄光あれー!」
『諸君……』
 大首領の一声で、一気に部屋が静まり返る。
『諸君の熱き思い、忠誠は確かに受けとめた。我らは一丸となり、神殿と戦おう!』
「「おおー!」」
『ダイナストカバル解散式、ならびにネオ・ダイナストカバル結成式はこれにて閉式とする。諸君らへの任務はおって、通達する。皆、解散せよ』
「「はっ!」」
 次々と謁見の間から退出する怪人たちにならって、トランたちも謁見の間を出ようとした、その時だった。
『トラン、そしてレントよ。お前たちは早速で悪いが任務についてもらう。この場に残れ』
 そのお言葉に従い、その場にとどまる。やがてほとんどの組織員たちは退出し、謁見の間に残るのはトランたち兄弟とDr.セプターのみになった。
「……して、大首領。我らの任務とは?」
『うむ。我が娘、ノエルの護衛だ』
「ノエルに、いえノエル様に何か危機が迫っているのですか!?」
『うむ。神殿の人間が近づいているとの報せがあった』
「それは……どのような者なのですか?」
『かつて……マティアスの三人の直弟子、その末弟であった男だ』
 トランが目を丸くして、隣で何も言わず控えていた弟の顔を見た。すると、彼は兄の考えを肯定するように軽くうなずいた。
「それはクリス……クリス=ファーディナントですか」
『確か、そのような名前であったか。しかし神殿の者にはかわるまい』
「その通りですが。しかし彼は……」
 トランがクリスを擁護しようとする前に、大首領は彼に命令をくだす。
『トラン、そしてレントよ。そなたらのどちらか一人がノエルの元に赴き、神殿の魔の手、そして全ての危険から娘を守るのだ』
「それならば、その役目はレントに。……今のわたしはあまりにも無力。彼女を守るだけの力はありません」
「兄さん?」
 眉をへの字に曲げ、悲しげな声で弟の疑問符に答える。
「だってそうでしょう? わたしは一年前、ほとんどの力を失った。そしてそれは取り戻せていないんです」
「しかしトラン兄さん、この任務はあなたが行くべきです。あなたは彼女らとの約束を守るために研鑽を積んできたのではないのですか。それとも、この一年のあなたの努力は全て無駄だったと?」
 言うと同時に、レントは兄の抱いていた本を取り上げた。
"初歩からはじめる地系魔術"と表題にあるその本は、手あかに汚れ、ボロボロになっていた。
「わたしはあなたの弟。あなたがしていることに気付いていなかったとでも?」
 努力しているところを見られるというのは、トランにとっては恥ずかしいことだった。ましてや、この有能な弟にはしられたくなかった。
 だからこそ、隠れて研鑽を重ねていたのだが、無駄だったようだ。
『Dr.セプター?』
「はい。トランの身体は完全に修理をおえています。魔力の流れも良く、実戦による経験をつめば、以前以上の力を身につけることも可能でしょう」
「……兄さん、なぜためらうのですか。こたえてください」
 トランは弟の言葉にこたえられずにいた。
 力ある彼に、まだ未熟な弟に、自分の気持ちがわかるはずが……。
「兄さんがこたえないのなら、わたしがかわりに言いましょう。あなたは力を失った自分が、彼らの役には立たないと思い込んでいる。……いや、彼らに役たたずと拒否されるのが怖いんだ」
 トランは何もこたえない。
 レントの言葉は確かに自分の心境を言い当てている。
 自分は、彼らの役に立てない自分が嫌で……、そんな自分を彼らが拒否するのでは、と恐れている。
「兄さん、なぜ言い返さないのですか? 本当にそんなことを思っているのなら……」
 時には優しげな眼差しを見せるようになった目元から、全ての感情を消し、レントが言い放つ。
「それはわたしたちの仲間への侮辱だ」
 そう……その通りだ。
 彼らは役に立つ立たないで仲間を選んだりしない。そんな彼らを疑ってしまうことは彼らへの、そしてその仲間である自分たち兄弟への侮辱だ。
 しかし……怖いのだ!
 ノエルもクリスもエイプリルもレントも! 自分の倍ほどの実力を持つ彼らが自分を不要と判断するかもしれないことが怖くてしかたがないのだ!
 だからこそ懸命に努力した。彼らの横に立てるだけの実力を身につけるために、ひたすら鍛練したのだ。
 でも……!
「わたしは……今のわたしは、見習い魔術師程度の攻撃力しかない。こんなわたしが彼らのところに行っても……足手まといにしか」
「本当にそう思うのですか。ならば思い出してください。一年前の決戦の前、彼は何と言っていましたか」
 一年前、彼……そうクリスはこんなことを言っていたような。
――戦えなくていい、そばにいてくれるだけでもいい――
「思い出しましたか? そう、彼は無力でもそばにいてほしいと願ったんです。そしてそれはフォア・ローゼス全ての総意だったはずだ」
 瞳に涙をにじませるトランの肩をレントがつかみ、声をあらげる。
「そんな彼らが! あなたを拒むわけがない!」
 トランの瞳から、とうとう涙がこぼれた。
 諭されることなくわかっていた事実でも、こうして形ある言葉として突きつけられると、重さが違う。
 彼らは自分を拒んだりしない、それでも彼らのもとに素直に行けないのは自分の心のせいだ。
 本当は、理解していた。足りなかったのは、実力以前に、前へ踏み出す勇気だったのだと。
 涙を拭いて、顔を上げ、未だにふるえる心を奮い立たせる。
「大首領――力ないわたしですが、ノエル様の護衛をわたしが請け負ってもよろしいでしょうか」
『うむ』
「しかし大首領、わたしから一つ提案がございます。――レントも、共に連れて行ってもよろしいでしょうか」
「兄さん、わたしは……」
 レントがトランに話しかけるのにかぶさって、大首領の言葉が部屋をふるわせる。
『悪いが、別の任務がある』
「別の任務?」
『レントにはトランの負傷以来、空座であった極東支部長の座に就いてもらう。――しかしレントよ、お前がノエルとの旅を望むのであれば、考慮しよう』
 いつもの冷静さを取り戻した弟はしばらく考え込んでいた。そして迷いない瞳を大首領に注ぎ、恭しく礼を捧ぐ。
「まだまだ未熟なわたしですが、極東支部を預からせていただきたいと思います」
「レント!?」
 トランの戸惑いに、レントは微かに唇のはしをあげ、穏やかに笑んだ。
「共に行けば、兄さんはわたしにコンプレックスを抱くでしょう? そしてわたしも、あなたたちの仲を嫉妬せずにいられるほど成熟していない。だから今は離れましょう。きっとその方がお互いのためになる」
「レント……」
 いつも隣を歩いてきた弟が、自ら自分の元から巣立とうとしている。そのことを、少し嬉しく思うのと同時に、不安になる。
 彼は、一人で大丈夫だろうか。
『案じるな、トラン。レントにはフーガをつける』
 トランの不安を読み取った大首領が優しく声をかける。そして、こう続けた。
『それに、な。実は新組織発足に際して、新幹部を招聘してある。――彼女もレントのそばにつける予定だ』
「彼女? どういう方なのでしょう」
『実に優秀な魔術師でな――教育係にぴったりだぞ』
「へ? も、もしやアル」
「トラン、レント!」
 トランの声をかき消して、元気な少女の声が響く。
 それと同時に今まで物陰に隠れていたらしい少女がトランたちに抱きついた。
「ア、アルテア!?」
「アルテア、あなたがわたしのそばについてくださるのですか」
 戸惑うトランを尻目に、レントは穏やかに微笑むと、自分の帽子をアルテアの頭に乗せた。そして彼女を抱き上げると、トランに声をかける。
「兄さん、わたしにはアルテアとフーガがついています。だからなんの心配もいらない。あなたは彼らのもとに」
「そーだぞトラン! あたしたちがレントについてる! だからトランはノエルたちのところにいったらいいぞ。だってやくそくしてたんだろ?」
 そうだ。自分は、約束していた。
 体を治して、必ず戻ると約束していた。
 彼女との約束を守らなければ。
「トラン! これノエルからだ!」
 彼女が預かっていたらしい手紙を受けとる。大首領に一言断ってから、それを開く。
 そこにはまた旅立つこと、まずはディアスロンドを目的地にしていることが書かれていた。
 しかし一緒に来てほしいとも、共に旅がしたいとも書かれていない。
 これはつまり――。
 ……いや、わざわざ手紙をくれたのだ。信じよう。彼女も自分と同じ思い――共に旅がしたい――を抱いていると信じよう。
 大首領やレントたちの心遣いを無駄にはしない。
 不安にふるえる弱い心は奥底にしまい込み、かわりに仲間たちとの明るい未来を心に描く。
「大首領――ノエル様はこのトランの全てをかけて守り、そして導きましょう」
 心からの敬愛と感謝を胸に、深々と頭を垂れる。
「――いってまいります」




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Scribble <2009,01,31>