History not chosen

Let's enjoy traveling together
〜Rento〜


「あれから一年、か……」
 今月の収支決算を行いながら、ポツリとレントは呟いた。
 兄を送り出してから一年、最後の戦いから二年が過ぎていた。
 レントはアルテアたちの助けを借りながら、極東支部を切り盛りする毎日を過ごしていた。
「さてと」
 記入が終わった書類を片付けて、かわりに机の上に重ねていた手紙の束を手にとる。
 この手紙は仲間たちからの手紙だ。自分たちの近況を事細かに知らせる手紙を、彼らは交代で送ってきてくれている。
 一日の終わりに、仲間たちの手紙を読むことが、今のレントの楽しみになっていた。
「今日は兄さんか」
 紫の封蝋を開け、中を確かめる。

 レント、元気にしていますか?
 わたしたちは皆元気に過ごしています。


 いつも通り近況を伝える言葉が並び、次いで彼自身のことが書いてある。

 わたしはだいぶ力を取り戻しましたよ。
 わたしは普通の鍛練より、実戦の方が向いているようです。
 もう、これであなたにヒケをとらないはず。


 良かった。
 やはりあの時、自分たちが離れたのは良かったのだ。兄は自分にコンプレックスを抱くことなく、のびのびと成長し、自分もまた兄に嫉妬することなく、精神を成熟させることができた。

 だから一緒に行きませんか?
 極東支部はアルテアとフーガに任せて、わたしたちと旅をしましょう。


 とても、とても魅力的な誘いだ。
 自分もまた彼らに会いたいと思っている。何の因果もない気楽な旅をして、彼らと楽しい時間を過ごしてみたい。

 良い返事を期待しています。
 そうそう!
 わたしたちは五人になるんだから、"フォア・ローゼス"ではおかしいですよね。何か良いギルド名をあなたも考えてください。


 ……まだ返事もしていないというのに、もう自分も行くことが確定しているらしい。
 もちろん嫌なわけではないのだが……。

 P.S.
 この手紙が届くころにはもう過ぎてしまっていると思いますが……。
 誕生日おめでとう、レント。
 皆でプレゼントを贈りますね。


 ……そういえば、自分宛の小包が届いていた。まず、手紙を読んでからと思って開封していないが、もしかしてあれがそうなのだろうか。
 部屋の片隅に置いてあった一抱えほどの小包を机の上に運ぶ。持った感じからすると複数入っているようだ。
 その箱を開くと、予想通り、四つの包みが入っていた。それらはそれぞれ違うリボンがかけられ、送り主を示していた。
 まずは一番小さな、赤いリボンがかけられた包みを開く。
「さすがエイプリル。趣味がいい」
 包みの中からコロコロと出てきたのは、細やかな細工がされたカフスボタンだった。
 あまり目立たないが、薔薇の模様が細工されている。
 過剰に華美でなく、品がいい、かなり良いもののように思える。
 ……これはよそ行き用のローブにつけておこう。
「紫のリボンということは兄さんか」
 出てきたのは数々の手芸品だった。
 手触りのいい布で縫われたブックカバー、色鮮やかな糸で編み上げた栞、ちょっとした小物をいれるのによさそうな巾着……。
 旅先でよさそうな布や糸を見かける旅に作ってくれていたのだろう。それらの品々は各地方の特産品とよばれるような品で作られていた。
「しかし……」
 ちょっと思ってしまう。
 Dr.セプターは彼の性別を間違って造ったのではないか?
「これはクリスからか」
 青いリボンをほどくと、中から数冊の絵本が出てきた。
「……」
 絵本は、起動直後の情操教育のために読んでいたのであって、集める趣味はないのだが……。
 パラパラと流し読みしてみる。
 柔らかな色彩で描かれた世界が、レントの心を包み込んだ。
「……夜、読む用の本棚にしまっておこう」
 最後はノエルだ。
 緑のリボンをほどくとブックカバーに包まれた本のようなものが出てきた。
 ブックカバーには拙いながらも、花の刺繍が施されている。
 きっとこの刺繍はノエルがしたのだろう。
 本を開く。
「……これは」
 それは本ではなかった。
 何百枚もの紙を束ねたそれは、ノエルの日記だった。
 その日、何があったのか、誰と何を話して、何をしたのか……手紙だけでは伝わってこなかった彼女たちの気持ちが伝わってくる。
 時には絵が書かれ、時には押し花が挟まれ、そして時には仲間たちの注釈が添えられたそれは、いつしか自分に当てたものになっていた。
 ――レントさん、今日はトランさんに勉強を教えてもらったんですよ。
 クリスさんと一緒に剣の修行をしてから、借りてるお部屋のお掃除をしました!
 今日はエイプリルさんと食べ歩きをしたんです。エイプリルさん、すごいんですよ! 美味しいお店を見つける名人なんです!

 まるでノエルが目の前にいて、楽しげに話しているかのようだ。
 彼女からの日記が楽しくて、思わず読みふける。一度で読んでしまってはもったいないと思うのだけど、楽しくて楽しくて、ページをめくる指を止められない。
「……あ」
 最後まで読んでしまった。
 レントは日記を丁寧に閉じると、机の端によせた。かわりに一番上等な紙とインクを手元に引き寄せペンを走らせる。
 この温かな熱が冷めてしまう前に、自分の思い全てを手紙に刻みつけるために――


「おはよう、ございます……」
「おはようございます、レント支部長、今日は遅かったですね」
「眠ったのが遅かったので」
 フーガが差し出してくれたコーヒーを一口すする。本当に彼はよくしてくれる。この支部は彼がいるからもっているものだとレントは思う。
「それは手紙ですか? なんなら私が出してきましょうか」
「いや、わたしが出してきます。自分で行きたいんです」
「そうですか。――なら昼過ぎに行くといいですよ」
 コーヒーを飲んだらすぐに行くつもりだったのだが。なぜ彼は昼過ぎなどと言うのだろうか。
 そんな疑問を口に出そうとしたその時、一人の闖入者が現れた。彼女はレントに抱きつくと元気に笑って、こう言った。
「レント! きょうはたのしみだな!」
「何がですか」
「え?」
 二人でフーガを見ると、彼はにこやかに微笑みながら首をかしげ、人差し指を唇の前に立てた。
 レントには何のことだかわからなかったが、アルテアにはわかったようだ。ニコーっといたずらっ子のような笑顔を浮かべて言った。
「ねぼうしてくるような、しぶちょーにはひみつだ!」
 何が秘密なのだろうか。自分の誕生日は先日祝ってもらったからサプライズパーティーということはないだろう。
 もう一度フーガを見るが彼は笑って首を振る。
「秘密です。――ああ、でもご安心ください。悪いことではないので」
 それならば気にすることでもないか。
「レント、レント! あたし、きょうのおひるはホットケーキがいいぞ!」
「ホットケーキですか」
 材料はあったはず……。
 それにしてもなぜ彼女はいきなり昼にホットケーキを食べたいなどと言い出したのだろう。
 いつもなら昼食に甘いものを出すことはないし、アルテアも欲しがることはない。
 それなのになぜ……。


 疑問ははれることなく時間は過ぎ、もうお昼である。
 アルテアの希望通りホットケーキを昼食にとっていた時、ふと思い出した。
 これは、自分が初めて口にした食物だ。
 この二年の間で色々な物を食べ、作ってきたが、これ以上に思い出深い食べ物はない。
 体がつらいはずなのに、トランが笑顔で用意してくれたホットケーキ。その時は何も感じることが出来なかったが、今ならわかる。彼はあの時、自分たちへの精一杯の愛を込めて作ってくれていた。
 同じ材料を使って同じように作ったはずなのに、味が違うのは、きっとそのためだ。
「どーしたレント?」
「いえ、何でもありません。……美味しいでしょうか、アルテア」
「おいしい! ……やっぱりきょうだいだな。トランとおんなじあじだ!」
 ……そうだろうか?
 トランが作ったものの方が美味しかった気がするのだが。
「レント支部長、後片付けは私がしておきますので、出掛けてはいかがですか」
 外を見てみると太陽は空高くで燦然と輝いている。
 そろそろ出掛けるか……。
「ではフーガ、後はよろしくお願いします」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
 やけに笑顔の二人に見送られ、レントは支部を後にした。


「今日はいい天気だ」
 空は青く、太陽は輝き、かといって日差しがキツすぎるということもない、絶好の散歩日和だ。
 手紙を懐から出す。これを預けたら少し散歩してから帰ろう。
「レントさん!」
 思考が止まった。
 ……自分は、幻でも見ているのだろうか。いや、そうに決まっている。
 金糸のようなブロンドに赤のベレー帽。
 柔らかな金髪に神の使徒たる証の十字架。
 自分と同じ夕闇色の瞳と紅色のマント。
 キラキラした若葉色の瞳と風になびく若草色のマント。
 見たいと望んでいたものが、仲間たちの笑顔が目の前にある。
「エイプリル、クリス、兄さん、ノエル様……。どうしてここに?」
 そんな弟の問いに兄が笑顔で答え、少女がそのあとを継いだ。
「あなたを迎えにきたんですよ、レント」
「お父さんの許可は取りました! さあ、一緒に行きましょう!」
 笑顔の仲間たちと引き換えに、役割をなくした手紙が蒼穹に散った。








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Scribble <2009,02,21>