Beloved Family

01


わたしは思う。
出会いとは必然である……。


 つまらない……。
 トランは最近特にそう思うようになった。
 仕事は充実しているのだ。敬愛し、信頼できる上司に、頼れる弟が仕事仲間で、仕事内容だってやり甲斐があって楽しい。
 なら何がつまらないかというと……家に帰るのがつまらないのだ。
 弟は仕事場近くに部屋を借りてるため、今家に住んでいるのはトラン一人である。
 暗くて寒い部屋に一人で帰って、自分のためだけにご飯をつくる。そのことが嫌でしかたがない。
 トランにだって趣味はある。……だがそれに没頭していても、時折自分は一人きりなのだと気付いてしまう。
 カチカチという秒針の進む音、ピタンピタンという水滴の音に気付いてしまうたびに、孤独感が胸を襲う。
「はあ……」
 トランは大きなため息をつき、テレビの電源をいれた。……特に見たいものがあるわけではない。ただこれ以上、静寂の中にいるのが嫌だった。
『にあ〜』
 猫の鳴き声で窓に目をむけると、そこには砂色をした毛足の長い猫がいた。
 トランはこの猫のことを四月に初めて出会ったことからエイプリルと呼んでいる。
「にゃー」
「はいはい」
 エイプリルがトランの足下で催促する。とりあえず竹輪でも与えればよいか……。
 もぐもぐと竹輪を食べるエイプリルをそっとなでる。この猫は警戒心が強いのか、それとも気位が高いのか、食べているときしか撫でさせてくれない。
 よほどキレイ好きなのだろう、エイプリルは上質のベルベットのような手触りがした。
「エイプリル……、うちの子になりませんか……?」
 ふいっとエイプリルがトランの手から逃れた。 単に竹輪を食べ終わったから逃げただけだろうが、なんだか拒絶されたようで寂しい。
 エイプリルはトランの手から逃れると、こたつの中に潜り込んだ。
「にゃー」
 ひょっこりと顔を出して鳴く。
 こたつの電源を入れろと催促しているらしい。
「はいはい……わかりましたよ」
 電源を入れ、こたつの中に足を突っ込む。するとエイプリルがぽすっと顔をのせてきた。
 ……自分から寄るのはいいらしい。
「何かペットでも飼いますかねえ」
 何度かペットショップにも寄ってみたのだが、なんとなく誰も自分を呼んでないのだ。
 連れて帰りたい! ……そう思える子に出会えていない。
「……はあ」
 トランは大きなため息をつくと、ごろりと横になった。



「にゃー」
「ひゃ」
 冷たい肉球がトランの額を強襲する。
 自分はいつの間にかこたつで眠っていたらしい。
「にゃー」
 エイプリルが何か催促するように鳴く。
「……窓は開いてるでしょう?」
 エイプリルが出られるように、トイレの小窓を開けてある。だから出られないというわけではないはずだ。
「にゃー」
 ぐりぐりと頭を擦り付けてくるエイプリルの毛皮はしっとりと濡れていた。よくよく見ると廊下には足跡が残っている。
 ……どうやら外は雨が降っており、彼女はその中を歩いてきたらしい。
「濡れて寒いんですか」
 タオルでエイプリルを拭こうとするが、彼女は逃げてしまう。とたとたと廊下を歩き、トランを引き離してから、また……。
「にゃー」
 追いつき、捕まえようとするたびに彼女は逃げて鳴く。
 追い掛け続けるうちに、トイレにたどり着き、エイプリルはそこの窓から表に出てしまった。
「エイプリル?」
「にゃー」
 しとしと雨の中でエイプリルが鳴く。
「にゃー。ににゃー!」
「……もしかして、ついてこい……って言ってますか」
「にゃー!」
 傘をさし、トイレがある裏手にまわると、そこにはやはりエイプリルが待っていた。
「にゃー」
 やっと来たかと言うように一声鳴くと、彼女はほてほてと歩き出した。
 そしてやはりある程度トランを引き離すと鳴き声をあげる。
「……いったい何があるんですか」
 歩くこと数分。小さな小屋の軒先に箱が置いてあるのを見つけた。エイプリルはその前に立ち止まり、トランを呼んでいる。
「その箱がどうかし……」
「……きゅうん」
 小さな子犬がその中にいた。
 トランがその箱をよく見れば、雨で多少にじんではいたが、〔だれかひろってください〕と子供のつたない字で書かれていたのに気付いただろう。
 ……だが彼はそれどころではなかった。
 トランは傘を投げ捨てると、子犬を抱き上げた。
「……きゃん!」
 子犬が苦しいと抗議の声をあげる。それで気付いたのだが、子犬の首には青いリボンが飾られていて、それには紐が繋がれている。その紐の先はというと、小屋の柱に結ばれていた。
 ……逃げないようにというわけではなく、車にひかれないようにという気遣いなのだろう。
 それはともかくとして、トランは一度、子犬を箱の中に返して紐をほどいた。
「わん! わんわん!」
 子犬がトランの手から逃れ、警戒の声をあげる。体を低くして、トランを睨む。……それなのに、威嚇するように鳴いてはいるのに、その子犬は尻尾をちぎれそうなほど振っていた。
「……おいで」
 トランが優しく差し出した手に、子犬が警戒をといた。てこてこと近づき、手をなめる。
 トランは近づいてきた子犬を抱き上げた。首に飾られたリボンを見ると、そこには白い糸で、『クリス』とぬわれていた。
「あなた……クリスというんですね」
 抱き上げた子犬は捨て置かれていたわりに、ふくふくと健康そうにふとっていた。
「きゅう……」
 子犬が自分を見上げ、不安そうな声をあげる。そんな彼を眼前まで持ち上げて笑いかけた。
「わたしの……家族になってください」




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Scribble <2008,01,26>