Beloved Family
02
ぴたぴたと体に落ちかかってくる水滴が冷たい。
……お腹もすいてきた。
あの娘はどこにいってしまったんだろう?
あたたかい水を瞳からこぼしながら、自分をこの中に置いてから彼女の姿を見ていない。
「〜〜んね」
あれは何て言ってたんだろう? ……人間の言葉はまだよくわからない。
『……寒い。……さみしい』
声をあげたって誰も気付いてくれない。
母から引き離されて、箱につめられて。
女の子にご飯をもらって、また箱になおされて……。
このまま独りぼっちのまま自分は……。
『なんだ、捨て犬か?』
これは知ってる。確か……そう! 猫という生き物だ。
『君は?』
『俺は見ての通り、自由気ままなノラ猫さ。……エイプリルと呼ばれている』
『エイプリル……』
『お前の名は? ……いや、捨て犬に名前なんかないか』
『……クリス。クリスって呼ばれてた』
クリスがそう答えるとエイプリルは不思議そうに首をかしげた。
『お前、名前をつけてくれるような人間がいたのに捨てられたのか』
『捨てられた……。僕はいらない子なのかな』
あの小さな手はすごくあたたかくて優しかったのに、かけてくれた声は甘くて心地よかったのに……。
それなのにあの娘は自分がいらなくなったのか……。
『……ぐすっ』
涙を浮かべるクリスにエイプリルが問うた。
『飼い主がほしいか?』
『え?』
『家族がほしいかときいてるんだ』
『……ほしい』
ここで独りぼっちでいるのはつらすぎる。……もう一度、あたたかな手でなでてほしい。優しい声で呼んでほしい。
『人間を連れてきてやる。……そいつがお前を連れて帰るかわからんが……たぶん大丈夫だろう』
エイプリルはその人間のことを思い出す。いつもため息ばかりついて、自分を離したがらない、寂しがり屋の男を。
『あいつもお前と同じ、家族を欲しているからな』
そう言ってエイプリルは来た道を引き返す。……クリスと彼を引き合わせてやるために。
彼は自分をあたたかな場所に連れてきてくれた。ふかふかの寝床を用意してくれて、たくさんたくさん撫でてくれる。
「クリス」
優しい声。この声で名前を呼んでもらうのが大好きだ。
「クリス、おいで」
はじめはわからなかった彼の言葉も徐々にだが、わかるようになってきた。
『トラン、なに?』
そして彼の名前を知った。
この優しい人、自分の家族の名前は"トラン"……。
「出かけましょうか」
トランはクリスの首にリードをかけると立ち上がった。片方の手にはクリスのリードを、もう片方には透明な袋でラッピングされた何かを持っている。
『それは何?』
「行きますよ」
トランにひかれ、ほてほて歩く。そうしてたどり着いた場所は見覚えのある場所。
……トランと出会った、自分が捨てられていた場所だ。
『トラン……。トランも僕を捨てるの?』
足を止め、その場所に行くのを嫌がるクリスを抱き上げて、トランは笑った。
「大丈夫、捨てたりしませんよ」
体を擦り寄せるクリスを優しく撫でて、その場所に向かう。
そこには雨に濡れないようにナイロンで包まれた手紙が張り付けられていた。
〔クリスはどこにいるの? いま、しあわせ?〕
クリスを気遣うメッセージ。その下を見れば、水と餌がおいてある。
トランがクリスを連れ帰る前に、一度彼を拾い、彼に名前と優しさを教えた子供がいた。
だからこそクリスは健康なままトランに拾われた。だからこそクリスは人間を警戒はしても、信じていた。
「……ありがとう」
トランはここにはいないクリスの恩人に礼を言い、荷物を置いた。
トランの置いた荷物。キレイにラッピングされた袋の中には、トラン自作の犬のぬいぐるみが入っていた。この手紙を書いた子なら、それがクリスに似せられているのに気付くだろう。
「クリスはわたしが幸せにします。……一緒に幸せになります」
ぬいぐるみの首には、彼がつけられていたのとそっくりな青いリボン。それにはメッセージカードがつるされていた。
『あたらしい家族ができました クリス』
[ ←BACK || ▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2008,02,03>