Happy cat life
06
朝、目が覚めると白い何かがクリスの目の前にあった。
肌触りのいいそれは温かく、ゆるやかに動いていた。
しっかりと起きだして、それを確認すると……それはトランだった。
「(元に戻ったんだな……)」
裸の男と共に寝てるなんて普通は嫌なものだが、眠りから覚めたばかりの鈍い頭ではそこまででてこない。
ただ元に戻ってよかったという感想があるだけだ。
掛布がめくれて際どいことになっていたので、かけなおしてやってからベッドから抜け出す。
トランはよく眠っている。起こすのはかわいそうだと思い、一人で部屋を抜け出した。
顔を洗ってから起こせばいい、そんなことを考えながら廊下を歩いていると……
「きぃやああぁ!」
……などという悲鳴が部屋からきこえてきた。
「ノエル!?」
……そのわりには声が低かったような気もするが、とりあえず急いで引き返す。そして扉を開けると……
「よかったー! トランさん元に戻れたんですね!」
「ノエル、ノエル!? どいて離れて見ないでー!? は、裸わたしまだ裸!」
慌てるトランにノエルが抱き付くという図が展開していた。
むき出しの肩、必死に掛布を引き上げようとする様子から、彼がまだ裸なのは容易に想像できた。
……つまりさっきの悲鳴はトランのものだったのだろう。
トランが元に戻ったのを喜んだノエルが彼に抱き付いて、思わず悲鳴を……というところだろうか。
「って冷静に判断してる場合じゃないな」
クリスはつかつかと二人に歩み寄るとベリッとノエルをトランから引き剥がした。
「きゃ」
「ノエル、そいつはまだ裸なんですよ。裸の男に抱き付くなんて年頃の娘がするべきじゃない」
「あ。ああ〜! すいませんすいません!」
そう言ってトランに背を向けたノエルの顔はりんごのように赤い。……ふつ〜に、トランの格好を忘れていたようだ。
「え〜と、ノエル」
「はい〜」
「服とか下着を身につけたいので、エイプリルを起こして、今日は外で待っていてくれませんか」
普段ならば男性陣が着替える時、女性陣に背を向けてもらうだけだ(女性陣が着替える時は男性陣は部屋から放り出されるが)。
しかし今日は下着も身につけなくてはならない。
背を向けてもらうだけというのは少々抵抗がある。
「あ、はい。エイプリルさん行きましょう」
「ん、そうだな」
ノエルがエイプリルを起こして部屋を出る。
……いや、エイプリルの返事の淀みのなさからすると、元々起きていて彼等の喜劇を楽しんでいたのかも……
トランは自分の体を見下ろして安堵の息をついた。
「やれやれ、これでやっと元の生活に戻れる」
「ずいぶんにゃんこ生活を満喫してたように見えたがな」
クリスは服を着替えながら言った。
ちなみにトランに背を向けている。
男同士だし、そう問題はないのだが、別にトランの生着替えが見たいわけではないし、彼も素裸を見られるのは抵抗があるだろう。
トランは彼の意図をくみとり、ありがたく思いながら手早く衣類を身につけた。
「皆が自分の事を判ってくれているなら、にゃんこ生活も悪いものではありませんよ?」
振り返ったクリスに微笑みかけて続ける。
「……好きなだけ、好きな人のそばにいられる」
その言葉にクリスは少し意地の悪そうな笑みを浮かべ言った。
「……エイプリルに魚ほぐしてもらってたな」
「えぇ、おいしくいただきました」
「ノエルにブラッシングしてもらってた」
「きもちいいんですよ、あれ」
「……ふん」
……。
なんだか、クリス……機嫌悪い?
トランはむくれるクリスに笑いかけて続けた。
「そして、本を読むあなたの側にいた。……何も間違ったことは言ってないでしょう?」
「………………そうか。それもそうだな」クリスがかすかに笑う。
ああ、確かに彼は好きなものの側にいた。いつも、自分の……仲間の側に。
「それに必ず戻れるって信じてましたから」
「戻れる確証はなかったのに?」
クリスの言葉をうけ、トランは扉に手をかけた状態で振り向いた。
「あなたが戻してくれるって、言ってくれたでしょう?」
「え?」
きょとんとするクリスを残して部屋を出る。そしてノエル達に声をかけてから階下に向かう。
「おい、どういうことだよ」
後ろからクリスが問い掛けてくる。
「まったくときどき変に鋭いくせして……、こんなときに限って鈍くなる……。自分で考えなさい」
「なぁ、トラン!?」
「さあ、朝ごはん頼んでこないと」
再度問うてくるクリスを軽く無視して食堂へと急ぐ。しかし心の中でこっそりと彼の問いに答えた。さっきの言葉に込められた真の意味を。
……あなたを、信じてたってことですよ!
終
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Scribble <2007,07,15>