Happy cat life
05
夜、トランはふと目が覚めた。
視界の端にゆらゆらと揺れる光が見える。
共に眠るノエルの腕を抜け出して、そちらの方を見てみるとクリスが本を読んでいた。
「にゃー」
「ん? ああ、悪い。起こしてしまったか」
そうじゃないと首をふると、彼は少し笑って言った。
「夜はちゃんと寝ようと思ってたんだが、気になってしまってな。あと、これ一冊だから」
そう言われてみれば、今のクリスは寝巻を着て、少し寒いのかタオルケットをかぶっている。
……確かに眠ろうとしたのだろう。
「にゃー」
「何だ?」
トランはころんと横になって目を閉じた。
……どうやら、寝ろと言っているらしい。
「大丈夫だって。少しくらい夜更かししても私は丈夫だから」
そう言ってトランの頭を撫でる手はひどく冷たい。
彼は大丈夫と言うがこのままでは体調を崩すかもしれない。
……少なくとも体を暖かくしておかなければ。
しかし今のトランは猫の身だ。
彼にマントを着せかけてやることも、温かい飲物を用意してやることもできない。
…………いや、一つあった。
猫だからこそできることが。
トランはクリスのそばに歩み寄ると、勢いをつけて彼の足の上に飛び乗った。
しばらく居心地悪そうにもぞもぞしていたが、やがて安定したのか、しっかりと座り込んでしまった。
「トラン?」
「にゃー」
甘く鳴いて体を擦り寄せる彼は温かい。
自分が温かいと感じているのだ。彼はさぞや冷たい、寒い思いをしているだろう。
「私の体、冷たいだろ? 早くおりた方がいい」
「にゃー」
彼は首を振って、ますます体を寄せてくる。
「……そうか。……ありがとう」
それでクリスは理解した。彼は、トランは自分を暖めようとしてくれているのだと。
尻尾が寒そうにぴくぴくと震えている。
それでも彼は体を離そうとしない。
そんなトランを少しでも暖めるためにタオルケットを彼にも巻きつける。「にゃー」
「あと、もう少しだから。読み終えるまで、もう少しだけ、このままで……」
静かな部屋に、クリスが本をめくる音とトランが喉を鳴らす音だけが響く。
「あ!?」
「にゃ?」
真剣に文字をおいだしたクリスの横から本を覗き込む。……よく見えない。
「術師が死亡している場合の解呪方法……。トラン、これで戻れるぞ!」
「にゃー」
共にその記述を読むためにトランを机の上にのせる。
本を大きく開いて彼にも見やすいようにしてからそれを読み始めた。
「え〜と、何々? …………術師が死亡した場合、時間の経過により魔法は解ける?」
…………二人の間に微妙な空気が流れた。
「…………これって私の苦労は?」
「むにゃ?」
「……今のは何言ってるかわかったぞ! なにが無駄だ! お前のために散々調べ物したのに!?」
「ふにゃ〜」
……通訳すると、「そんなこと言われても」というところだろうか。
「もういい! 私は寝る!」
本を放り放しにして、なかば八つ当たりぎみにベッドに飛び込むクリスをトランが追う。
そして彼の枕の横に座り、にゃーんと鳴いた。
……どうやらクリスのベッドで寝たいらしい。
まあ、確かに……時間の経過により魔法が解けるということは、いつ戻るかわからないということでもあるわけだし、再びノエルと寝るわけにはいかない。
……不可抗力とはいえ、素っ裸のまま彼女と寝るような事態は避けなければ。
クリスはちらりとトランを見ると、無言で布団に隙間をつくった。
彼の布団にありがたく潜り込ませてもらって、自分の居場所を確保する。
トランがそこに落ち着いたときには、彼はもう寝息をたてていた。
……相変わらず寝付きのいい男だ。
いや、違うか。
彼は自分を戻すために昼夜問わず、慣れぬ調べ物をして心身共に疲れていたのだ。
「にゃー」
……ありがとう。
伝わらないと知ってはいても、トランはそう言わずにはいられなかった。
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Scribble <2007,07,07>