Change

07


 体を入れかえたまま夕飯を終え、部屋に戻って元に戻した。そのことをノエルは心の底から後悔していた。
「やれやれ。やっぱり自分の体が一番だな」
「それはそうなんですけど……」
「……どうした?」
「どうしたじゃないですよぅ」
 なにやらぐったりとした様子で腹をおさえるノエル。よく見ると胃の辺りがぽっこりと膨らんでいる。
「あたしはエイプリルさんみたいな消化器官持ってないんです! なのにいつもみたいに食べるから……」
 ……どうやら食べ過ぎで気分が悪いらしい。
「……吐き戻してくるか?」
「そんなもったいないことできません。……それよりも」
「……も?」
 ノエルがきれいな紙袋を指して言う。
「それ、着てみてください」
 ……着てみるかどうかはともかくとして、まだ中身をしらないエイプリルはそれを開けて中を確認してみた。そしてノエルに言う。
「これは人前でファッションショーするようなもんじゃないだろ。というか礼にこんなもの選ぶか」
 中にはノエルが店員と選んだ下着が入っていた。
「トランさんがせっかくエイプリルさんの体があるんだから、こういうときにしか買えないものを贈ろうって」
「……」
 確かにそれは理解できるが……。服とかでもよかったのではないだろうか。
 まあ、とりあえずノエルがご希望だし、試着してみる。
 コンコン
 唐突に扉がノックされた。
「は〜い。あ、トランさんにクリスさん、何の用ですか?」
 エイプリルが服を着込むのを待ってから扉を開くと、部屋着に着替えたトランとクリスが立っていた。
「いや、トランに付き合ってくれって頼まれて」
 クリスはなんで女性部屋に連れてこられたかわかっていないようだ。
 トランはにこりと微笑むと、首をかしげるノエルを手元に引き寄せ、かわりにクリスを部屋へ押し込んだ。そして中にいるエイプリルへ声をかける。
「交換してくださいね♪」
 楽しげに言うとバタンと扉を閉めてしまった。戸惑うようなノエルの声が離れていく。
 残されたクリスはというといまだ状況が理解しきれず茫然としている。
「……え?」
「……二人きりになりたかったんだろ?」
「二人きりに!?」
「なに慌ててんだ」
「なにって! 何か間違いがあったら」
 今にも彼らのところに乗り込みそうなクリスを捕まえて、エイプリルはあきれた声をあげる。
「相愛の男女がなるようになることのどこが間違いだ」
「でも! トランが無理強いでもしたら……!」
「すると思うか?」
 ……思わない。彼がノエルを傷つけるはずがない。
「う〜……」
「顔赤いぞ」
「うるさい!」
 にやにやと笑うエイプリルの視線から逃れようと、クリスは辺りを見回した。……見慣れない紙袋が目に留まる。
「あれは?」
「あ? ……ああ! ……見るか?」
 手渡された紙袋の中を覗き込むとレースがたっぷりついた布が見えた。クリスはそのうちの一枚を取り出して、……固まった。
「……こ、こ、これ!?」
 ぽいっと放り出す。エイプリルはそれを受け止めるとにやりと笑った。
「安心しろ、未使用だ」
「未使用とかそういう問題じゃなくて!」
「手に一枚残ってるぞ」
「わあ!」
 ぺしっと投げ捨てる。
「ノエルからの貰い物なんだがな」
「あ、悪い」
 クリスが謝るがそれらを見ないように視線をそらしているため全然謝っているように見えない。
「……クリス」
「……な、なに」
 正面を向いてみれば、エイプリルの白い肌がちらりと視界にうつった。慌てて目をそらして見ないようにする。
「目そらさなくてもいいだろ? 似合ってるかどうか感想を言ってくれよ」
 エイプリルがクリスの頬に手を添え、彼の顔を正面に向けさせる。
 ……その瞬間、口から悲鳴が発せられた。


「おや、なにやら悲鳴が」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ですよ。どうせエイプリルがクリスをからかってるんでしょう」
 トランはそう言って湯気のたつカップをノエルに手渡した。……薬くさい嫌なにおいがする。
「なんですか?」
「お腹の薬ですよ」
 一口飲んでみると、味はよろしくないものの、なんだかすっとした。
「全部飲んでくださいね」
 こっくりうなずいて再び口をつける。においと味に苦労したが全部飲み干すことができた。
「はい、あーん」
 口を開けると小さなキャンディを放り込まれた。
「ご褒美です」
「……もう。子供扱いしないでくださいよ!」
「まあまあ。さ、横になって。ああ、仰向けではなく体をこっち向きに」
 言われたとおりに体を横たえると少し体が楽になった。
「隣、失礼しますね」
 トランが背後にまわり後ろから抱きしめるように腕をまわしてきた。ただ本当に抱きしめるのではなく、手は腹の上に重ねられている。
「〜〜〜」
 トランが耳元で何かをささやいた。それはノエルには理解できない、しかし聞き慣れた彼の呪文だった。
 腹にかざされた手がじんわりとあたたかくなり、胃の痛みが遠退いていく。
 ……そう、これはヒールの呪文だ。
「トランさん?」
「食べ過ぎはなおらないけど、痛みはこれでひきますよ」
「えっと、もう痛くないです、大丈夫ですよ?」
 そう言って腕の中から逃れようとするノエルをしっかりと抱きしめる。
「ダメですよ。食べ過ぎはなおらないと言ったでしょう? やめたらまた痛くなっちゃいます」
「でも……」
 ベッドの上で抱きしめられていると、こう……なんだか胸のあたりがもやもやっと……。
「弱めのヒールなんでそんなに疲れません。だからわたしは大丈夫。このまま寝ちゃってください」
 ……そういう理由で逃げようとしたわけじゃないのだが。
 いちおー自分達は恋人どうしだし、こういう時はこう……いろいろとあるものじゃないのだろうか。
 ああ、でも……じんわりとやわらかな熱を伝えてくる彼の手が、背中から伝わる彼の体温が心地いい。もやもやした感情が消えて、ただ安らかな気持ちだけが残る。
 ノエルのまぶたがゆっくりとおりていく。
「……ねえ、トランさん」
「なに?」
「今日、トランさんはあたしのこと、わかってくれたでしょう?」
 今日、自分はエイプリルの姿をしていた。表情も口調も頑張って彼女のものに似せていた。それなのに彼はすぐに自分がノエルだと見抜いてくれた。そのことが、嬉しい。
「あたしが……まったく違う姿に、性格になってもあなたはあたしのことを見抜いてくれますか?」
 ……死に別れたとしても、あなたのもとに生まれ変わってくるから。……その時あなたはあたしを見抜いてくれますか、あたしを好きになってくれますか……? 
「……もちろんですよ。どんな姿になってもわたしはノエルがわかります。……あなたも、わたしを見抜いてくれますよね?」
 死に別れたとしても、わたしは必ずあなたのもとに戻るから、再びあなたを好きになるから……。
「……でもノエルは気付くのに時間かかりそうですよね」
 その返事は返らなかった。かわりに聞こえてくるのはノエルの健やかな寝息。
 ヒールをかけ続けていた手をどけても、彼女の寝顔が安らかなままなのを確認すると、トランはまわしていた腕をほどいた。
 しかし彼女を手放す気など毛頭ない。
 毛布をノエルにかけて、自分もまたその中に潜り込む。
 鼻先をくすぐる彼女の芳香を胸いっぱいに吸い込んで再び彼女をくるむように腕をまわす。
 愛しい少女がかたわらにいるという事実、その彼女が安心して体を預けてくれているということがたまらなく嬉しい。
 ……しかし薔薇の武具を求める旅はいつか必ず終わりを迎えるだろう。そしてその時が彼女との別離の時。
「だからその時まで、その時が来るまで……あなたの恋人でいさせてくださいね?」
そうささやくと、愛しい幸福の源を強く胸に抱いた。




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Scribble <2007,12,24>