Crossroads
01
頭がぐらぐらする……。
体が、自分の意思で動いてくれない。
肉体と精神がうまく合わさっていないような不快感。
わたしは……どうしたんだった?
………………
…………ああ、そうだ。わたしは死んだのだ。
……ならわたしの意識はなぜここにある?
「……どうして?」
「目が、覚めたか」
「クリス、それにエイプリルも……。わたしは何故生きてるんですか、それにここは何処です?」
トランの問いに重苦しい声でクリスが答えた。
「薔薇の、巫女の神殿……」
答えながらトランの手を取り、立ち上がらせる。
「もう、動けるな。行くぞ」
エイプリルがもう片方の腕を取り歩き出す。
「行くってどこに? わたし、全然状況が把握出来ないんですけど」
クリスとエイプリル、二人に引きずられるように歩きながら問う。
だが……その返事は返らない。
何かに耐えるかのような彼等にそれ以上の問い掛けをしてはいけない気がする。
やがて外へと繋がる荘厳な扉が見えてきた。
そこに到ってやっとエイプリルが口を開いた。
「俺達はこのまま外に出て……世界を正す」
「何を言ってるんですか。あなたはシーフでしょう?」
「……それがノエルの望みだからだ」
「そうだ! ノエルは……彼女はどうしたんです?」
いくら辺りを見回してみてもノエルの気配すらない。
「トラン、彼女は……ノエルはこの神殿に残るんだ」
「クリス、あなたまで何を言ってるんですか!? 彼女を一人きりにするつもりなんですか!?」
「ああ。それが……お前を連れ外の世界へゆくことが、彼女との約束だからだ」
歯を食いしばり、鳴咽をこらえて答えた。
「どういう事です? いったいどうなってるんですか!?」
「…………わかった。全てを話す」
そして語られる神竜と薔薇の巫女の反乱の事実。
魔族と戦い、人の味方であると信じられてきた神竜は……世界救済のための粛正執行者でもあったのだ。
世界を浄化せんとする神竜を止めるため、薔薇の巫女は神竜を封じ、殺害を企てたのだ。
そう、全ては今ある世界を、保つために……。
「じゃあ……ノエルは?」
「そうだ。ノエルはこの世界を続けていくために薔薇の巫女となった」
そう語る二人の表情は本当に辛そうで……。
彼らがこの結果を望んでいなかったことが明白にわかる。
「何故……どうしてなんですか!? どうしてノエルが……」
そこまで言ってしまってから、唐突に思いつく。
自分が生きて、ここに立っていること。
それがそれに対する答なのではないか?
「わたしの……せいなんですね。わたしなんかを生き返らせたせいで……ノエルは…………」
呆然とその台詞を口に出す。
体中から力が抜け落ち、いまにも座り込んでしまいそうだ。
「トラン! そんな事……彼女を侮辱するような事を言うな! ノエルは自分自身の意志でお前の復活を望み、お前のために薔薇の巫女になったんだ!」
「でも……」
「……なにも一生神殿に閉じこもってなきゃならんわけじゃない。世界が正され、粛正の必要がなくなれば……ノエルも解放される」
一歩二歩と歩きだし、扉の向こう側から再び声をかける。
「だからいつまでも腑抜けてないで……俺達と来い、トラン」
エイプリルが手を差しのべるがトランは動かない。
「それが……ノエルのため?」
「ああ……。……きっと、な」
クリスがトランの手を取り、外へと連れ出そうとする。
だが、彼は……
「わたしは……行けない…………行かない」
クリスの手を振り払い、心の抜けたようにつぶやく。
「ノエルを一人残していくなんて……わたしはしたくない」
そしてそのままじりじりと後ずさる。
クリスは淋しげに微笑むと、彼を一人残して外に出た。
「ノエル、すまない。君との約束、破ることになる」
トランに聞こえぬように呟かれたその言葉は、それが意味する内容とは裏腹に、なぜか先程とは別種の微笑みが添えられていた。
クリスが振り返り、ピシリと神殿の奥を指差す。そしてトランへと叫んだ。
「行け、トラン! 世界は私達に任せて……お前はノエルを護れ!」
トランがなにやら呟く。
……その呟きは耳には届かなかったが、彼の心は確かに彼等に伝わった。
…………ありがとう。お願いします。
感謝と信頼を残して、トランは彼等に背を向ける。
そして彼は脇目をふらず、振り返ることもなく、神殿の奥へと走り去っていった。
クリス。
ん?
本当は自分が行きたかったんじゃないか?
バカ言うなよ。
彼女が誰を必要にしてるかなんてわかりきってる事だろ。
まあな……。アイツも振り向きもしなかったしな。
……短い、再会だったな。
そうだな……。
でもこれが今生の別れじゃないだろ?
ああ、そうだ。また……会える。
私達だけでどこまで出来るかわからないけど
……頑張ろう、エイプリル。
ああ!
閉じゆく扉を前にしても、別れた友への心配はなかった。
彼女には彼がついてる。
彼には彼女がいる。
……彼等には支え合える者がいる。
だから彼等は大丈夫。
ならば自分達は託された役目を果たすだけ。
……背負うは使命、誓うは再会。
決意を固め、空を仰ぐ。そこではどこまでも澄み渡る蒼き空が彼等を見守っていた。
彼等の旅を祝福するかのように……
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Scribble <2007,05,13>