Crossroads
02
走る走る。
ひたすら走る。
今の自分には不思議と彼女のいる所がわかる、迷うことはない。
だからただひたすらに彼女の元に走りゆく。
会えない悲しい寂しい……一人は怖い!
彼女の心の内が手に取るようにわかる。
早く彼女の元に行かなくては。
早く早く……
……これ以上彼女を一人にしておけない!
神秘的な光のあふれる扉を押し開ける。
するとそこには間違うことなくノエルがいた。
振り返った彼女を見た瞬間に息苦しさも体の疲労感も嘘のように消え失せる。
ああ……。
巫女の衣装を身にまとう彼女は、神々しいまでに美しい……。
ほんの少し、目をはなしたうちに……、愛らしかった少女は、美しい女性へと成長していて……
思わず、魅せられてしまう……。
自分が、大首領以外の誰かに、心奪われるなど、考えたこともなかったのに。
…………いや。
気付いていなかっただけで、本当は、とうの昔に……
「トランさん、どうしてここに? クリスさん、約束してくれたのに。絶対にあなたを連れ出すって、あたしと約束したのに……」
今にも泣きだしてしまいそうなノエルの元に歩み寄りながら、ふと思う。
ああ、彼が呟いていたのは、彼女への謝罪だったのかと。
「ねぇ、どうして!? どうして戻ってきたんですかっ!?」
泣いて叫ぶ彼女に手の届く、その一歩前で足を止める。
そして溢れ出そうな気持ちを押さえ込んで、できうる限りの平常を装って、そっと話し掛けた。
「世界の真実、薔薇の巫女の役割をききました」
ノエルの肩がぴくりと震える。
「あなたはここで世界を守るのでしょう? ならわたしもそばでお手伝いしようと思いまして。だって世界が滅びては 我がダイナストカバルが世界を征服することもできませんからね」
「お、お手伝いなんて……いりません。してもらえることなんて何もないです」
そういう彼女は、声も体もひどく震えていて……
無理をしているのだな、と思う。
「あなたを支えることは?」
ノエルの体が射ぬかれたように大きく震えた。
「あなたが役目を終えるその日まで、わたしがあなたを支えます。……それにお忘れですか? わたしの任務は薔薇の武具を集めること、そして……あなたを連れ帰ることですよ?」
「あ、あきらめ……あきらめてください! あたしは……ここに、いなきゃいけないんですっ!」
……とうとう泣き出してしまった。
泣かしたいわけじゃないのに。
今すぐなぐさめてあげたいのに……なぜか近付くことができない。
彼女の元まであと数歩、その距離がひどく遠い。
「今なら、まだ間に合います。早く、ここから出ていって……! クリスさん達を追い掛けて!」
そんなことをするくらいなら元からここにいない。
何か、何か彼女を説得できる理由はないか……。何か彼女のそばにいられる理由はないか……。
必死に頭を働かせて、どうにか一つの言葉にたどり着く。
その言葉を伝えるべく、姿勢を正して再びノエルに話し掛けた。
「ノエル……、わたしはダイナストカバルの手により命を与えられ、組織のために生きぬき、死にました」
彼女のゆれる瞳を見つめ、続ける。
「そして今、わたしはあなたによって命を与えられた」
優雅に頭をたれ、彼女に最大限の礼を捧げる。
「……だから今のわたしの主人はノエル、貴女です。主人を置いてゆくなんてわたしにはできません。どうぞ、わたしをおそばに置いて下さい」
ノエルが動揺しているのがわかる。
彼女はどんな返事を返してくれるのだろう……。
……受け入れて、くれるのだろうか。
「あたしが、主人だというのなら……トランさん」
「はい」
頭をたれたまま彼女の言葉を待つ。
「あたしの言う事をきいて…………ここから出ていってください!」
ああ、これでも駄目なのか。 そこまで彼女の悲壮な決意は固いのか。
いろいろと彼女のそばにいるための理由を考えたのに、そのどれも彼女の心をかえることはできないのか……
…………きれいに飾り付けた説得の言葉は、もう残っていない。
あとは、自分の弱い心が残るだけ。
それでも、一縷の望みにすがろう。この心のうちをすべて語ってしまおう。
トランは身体をおこし、少しおどけたように話し始めた。
「……などと色々ヘリクツをならべてみましたが、全て建前でして。……本当はわたしがあなたの側にいたかっただけです」
口調は徐々に真剣に、それとは逆に瞳は弱気な色で染まっていく。
「わたしは……あなたと寄り添い、生きていきたい。それがわたしの望みです」
自分がここにこうしてノエルのそばにいること。
それが自分自身の気持ちの答え。
自分は大首領のもとで一魔術師として働くのではなく、ノエルのそばで一人の男として彼女を護ることを選んだのだ。
そう、それはきっと……彼女と死に別れる、その前から…………
「ノエル……どうかお願いです。出ていけなんて言わないで……わたしに、あなたの隣に立つことを、許してください」
瞳に涙が滲む。声も、少し震えていたかもしれない。
これで……受け入れてもらえないのなら、自分はなんのために生き返ってきたのだろう。
つらくて悲しくて寂しくて……生きて、いけない。
「……トランさん」
「はい」
「いいんですか……もう二度と、大首領さんに会えないかもしれませんよ?」
震える声。ノエルが泣いているということがわかる。
「……いいです。大首領には謝っておきます。わたしは、トランはあなたより大事な人が出来てしまったって。ノエルと共にあることを選びますって……」
顔を上にあげることができない。
……きっと、ひどく情けない顔をしてる。
「本当にいいんですか? あたしと、一緒にいて、くれるんですか?」
もう言葉は出尽くして、彼女に語る言葉はもうない。だからただ大きく頷いた。
「……トランさんっ!」
分け隔てられた数歩の距離を飛び越えて、ノエルが抱き付いてきた。
「トランさんトランさん! あたし、あたし……本当は、すごく……!」
「大丈夫。わたしがあなたのそばにいます。あなたが役目を終えるその日まで。……いいえ、そのあとも、あなたが望むかぎり、わたしはノエルのそばに」
あふれる自分の涙を袖で拭い取り、ノエルの涙を拭うようにそっと唇を落とす。
そして彼女を……涙をながしたまま、しかし照れたように微笑んで身体を預けてくれるノエルをかたく抱きしめる。
もう決して手放したりしない、決して離れたりしないと心に誓って……
クリスさんたちに、悪いことしちゃいました。
なにを?
外の事を、お願いしたのに、
トランさんをとっちゃった……
ああ、そんなことですか。
あの二人なら気にしませんって。
でも……
大丈夫、世界なんてあの二人に任せとけばいいんです。
わたし達の仲間なら、何があっても平気ですよ。
そう……そうですよね!
……それよりも
……も?
約束、守れなくなっちゃいましたね。
約束?
えぇ、来年も焼きそばの屋台やって……、
一緒に出店を回ろうって言ってたでしょう?
ああ!
……でも、それももういいんです。
あなたが……そばにいてくれるから。
二人に外の世界への未練や、長く続くであろう重責への不安は微塵もなかった。
外には信頼する仲間がいる、ここには大切な人がいる。
だから不安なんてカケラも感じない。
心の内はその他のもので、……信頼と幸福で満ち足りている。
……そんな彼等の心を象徴するかのように。
絡んだ腕の先でゆれる鈴が、嬉しげに澄んだ音を奏でた……
終
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Scribble <2007,05,19>