Life with child
01
「エイプリル、解除できそうか?」
「もう、少しだ。ノエル、明かりをもっとこっちに向けてくれ」
「はい!」
「かなりてこづってますね」
「あぁ。かなりやっかいだ」
ふとランプの明かりがかき消えた。
「油切れ!?」
「あ」
「あってなにっ!? なんなんですかエイプリルさん!?」
ちかりとエイプリルの前の壁が光る。
「エイプリル危ない!」
暗闇の中で響くクリスの叫び声と何かが倒れる音。
そして次の瞬間……
「わあああぁぁぁ!」
激しい閃光の中に悲鳴をあげるクリスの姿が浮かび上がり、かき消えた。
「クリス!?」
「クリスさん!」
「っ! 返事をしろクリス!」
三人が彼を呼ぶが周囲は静かな暗闇で満たされている。
「ノエル、ランプを貸してください!」
「はい! !」
暗闇の中で手間取りはしたものの、無事にランプを受け取り油を継ぎ足す。
少々こぼしてしまったが、今はそれどころではない。急いで火をつける。
ランプをかかげ、辺りを照らす。
ちかりと光を反射するものがあった。
「クリス!?」
白銀の装備の隙間から金の髪がこぼれている。
急いで駆け寄り抱き起こす。
「へ?」
間の抜けた声がトランの口からもれる。
「どうしたんですか!?」
「何があった?」
駆け寄る少女達の目の前にはクリスの白銀の装備。……しかしクリス自身の姿が見えない。
「……これ」
トランが力無く指をさす。
二人の思考が一瞬止まる。
「……これって、この子って、やっぱり?」
「……流行り、なのか? こういう魔法が」
「いや、わたしにきかれても」
トランの指差したその先で、クリスそっくりの子どもが装備に埋もれ、気を失っていた。
とりあえずこれ以上は探索できないということで、外に出た。
子クリスは気を失ったままだから、彼をトランが抱き抱え、ノエルとエイプリルがクリスの装備を手分けして運んだ。
「ク、クリスさんってこんな重い物を見につけてたんですね」
「そうだな。ここから町まで運ぶのは大変だな」
「馬でも借りてきますか?」
「そうだな。借りてこい」
「わたしがですか!?」
口ではそう言いながらもトランはのろのろと歩き出した。
ここから半刻ぐらいした所に農家があった。金を払えば馬を貸してくれるかもしれない。
……かなり億劫だが。
トランが馬を借りに行っている間に、ノエルはクリスを介抱することにした。
彼を押し潰す装備は外したのだが、なにやらうなされている。
とりあえず手持ちの水で手拭いを濡らし、ふきだしている汗をふく。
……すこし、顔が穏やかになったようだ。
なんの邪気もなく眠る子どもの顔は神の芸術のように愛らしい。
だが眠る子どもの顔立ちは、確かめるまでもなく、神に仕える少年に酷似している。
彼も、本来はこんなに美しいのだろうか。
神殿や、いろいろなしがらみ、悩み事が、彼の笑顔をくもらせるだけで……。
「まだ、目を覚まさないんですか」
馬を連れ、トランが帰ってきた。
「遅かったな。……帰りは馬に乗ってくればよかったのに」
「いやね、行きではわたしもそう思ってたんですが……、かなり見苦しいことになるなと思いなおしまして」
……そういえばトランの服はローブだ。そのまま馬に乗ったら、ローブがまくれあがる事は避けられない。
いい年した男がローブまくれあがらせて、生足(かどうかはしらないが)さらして疾走する姿はかなり見苦しい。
なりふりかまってられない状況だというならいざしらず、そんなことはできる限りしたくない。
「んん……う?」
どうやら目を覚ましたようだ。
青い瞳が不安げにさ迷う。
「ここは……どこ?」
「クリスさん、大丈夫ですか!?」
「え?」
青の瞳が戸惑いの色に染まる。
(ノエル? でもやけに大きいな)
「……だれ?」
「あたしのこと、わからないんですか?」
(いや、ちゃんとわかるけど。なんでこんなに大きく?)
「これは、厄介ですね。若返りではなく、時間の巻き戻しらしい」
トランが頭を悩ませている間、子クリスはきょときょとと辺りを見回したり、自分の体を眺めたりしていた。
不安、なのだろうか……。
(私、小さくなってる? 8つくらいかな)
「トラン、解呪できるか」
「文献と時間さえあればなんとかします」
(さすが魔術師。こういうときは役に立つ)
ノエルが子クリスの前に座り込み、彼と目線をあわせ、にっこりと笑ってきいた。
「お名前は?」
(わあ……完全に子供扱いだ。今更中身は大人のままだとは言いにくいなぁ)
「……クリス」
(て、訂正すべきだろうか。それともこのまま子供のふりを続けるべきか)
子クリス(書くのが面倒なので以後はクリスで)は今にも泣き出しそうな混乱した顔をしている。
ノエルはその頭を優しく撫でて言った。
「大丈夫、あたしたちが一緒にいますよ。……あ、そうそう! あたしの名前はノエル」
楽しげな満面の笑顔で続ける。
「……ノエルお姉ちゃんって呼んで♪」
……そう呼ばせたいらしい。
(そうか。今の私は彼女より年下だし、それが妥当だよな)
そんな彼女の心境を知らずにクリスが愛らしい声で彼女の名を呼ぶ。
「……ノエルお姉ちゃん」
……ノ、ノエルがとろけそうな表情をしてる!? ……なんだか嬉しそうだ!
「あっちはエイプリルお姉ちゃん」
「……エイプリルお姉ちゃん」
「ん?」
……エイプリルもまんざらじゃなさそうだ。
「こっちはトランお兄ちゃん」
「……」
なぜかクリスが口ごもった。
(こいつ実際年齢はまだ一桁って言ってたような。なら、この姿でもぎりぎり年下にはならないんじゃ)
「どうしたの?」
ノエルが不思議そうに尋ねる。
(でもまあ、いいか。外見年齢これだけ離れてしまったし)
「……トラン、お兄ちゃん?」
「……」
トランが淡く頬を染め、戸惑っている。
「どうしたんですか?」
「いえ、そんな風に呼ばれたことなかったものですから」
そう言われてそうだろうなと思う。彼はまだ実年齢一桁の人造人間、周りの者はほとんどが年上だ。
クリスがトランの足元に歩いてきた。
(赤くなってる。照れてるのかな?)
「トランお兄ちゃん」
クリスが彼を見上げ、名を呼んだ瞬間、ごまかしようがないほど、トランの顔が赤くなった。
(赤くなった、赤くなった! ちょっとおもしろいかも……)
その赤みが抜けきらぬ顔のまま、トランはクリスに視線をあわせてやさしく尋ねた。
「……なんですか?」
(あ、しまった。何を言おう……。……そうだ!)
「ぼく、お腹すいた」
トランはクリスの頭を撫でると、荷物の中からドライフルーツをとり出してきた。
それを手渡し、もう一度頭をなでる。
「これを食べて、もう少しだけ我慢して下さいね」
(……? もう昼時だから、ここで食事してもいいんじゃ? ……まあ、いいか。それほど腹はすいてないし)
クリスがコクンと頷く。
トランは満足げに頷くと、包み込むようなやわらかな微笑みを浮かべて言った。
「お昼ご飯は町でおいしいものを食べましょうね」
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Scribble <2007,08,11>