You who not is any longer



 パタリと雫が床を打つ音で目を覚ます。
 気がついてみれば、そこは神殿の一室で、顔を上げてみれば、ノイエが微笑を浮かべて自分を見ていた。
「どうでしたか?」
「今のは……?」
「夢です。ただ過去を夢に見ただけですよ」
 ……本当にそうだったのだろうか。
 この瞳の奥にはノエルの輝く笑顔が焼き付いているのに。
 この身体にはクリスのあたたかな熱が記憶されているのに。
 この髪にはエイプリルの手のぬくもりが残っているのに。
 この耳にはトランの優しい声がまだ響いているのに。
 この全てが夢……幻にすぎないと?
「ただの夢……。何の意味もないもの……?」
「いいえ。意味がないということはありません。夢の中で刻まれた思い出は、あなたにとっての真実。……あなたは夢の中で彼を知り、色々なものを感じ取ったでしょう?」
 ああ、そうだ……。自分は夢の中でたくさんのものを感じ取った。
 ノエルから、クリスから、エイプリルから、トランから……受け止めきれないほどの愛情を注がれて、優しさというものを学んだ。
 アルテアからだけは学びきれなかったもの、生徒と教師という関係ではなく、自分と他者という関係でしか学べないものを夢の中で感じ取った。
 そしてそれはこれから先もノエル達から学んでいくのだろうと、今ならそう思える。
「ノイエ様……」
「はい」
 袖口で涙を拭い、顔をあげる。
「夢を、素晴らしい夢をありがとうございました」
 一礼して退室する。戻ってきていたガーベラに茶屋の位置をきいてから神殿を出ると、茶屋に行ったはずのノエルたちが外で待っていた。
「やっぱりレントさんと一緒に行きたくて……待ってました」
 恥ずかしそうに笑いながらノエルが駆け寄ってくる。
「レントさん、どんなお話をしたんですか?」
「……たいしたことではありません」
「……でも」
 ノエルが笑顔を消し、不安げに顔を覗きこんでくる。……いったい自分の顔に何があるというのだろう。
「レント、本当にどうしたんだ?」
「どうした、とは?」
「頬に濡れたあとがある」
 頬に手を当てると確かに湿っていた。それを乱雑に拭き取り首をふる。
「気にしなくていい」
「……そうか」
 口ではそう言うが納得しているようには見えない。「……いつまでグダグダやってる。俺は喉がかわいたんだ。もう、行くぞ」
「あ、待ってくださいよー」
 背を向けて歩き出したエイプリルをノエルが追いかける。その途中で彼女はクルリと振り返り、こう言った。
「一人で抱え込まないでくださいね」
「そうだぞ、レント。話ぐらいならいつでも聞いてやるからな」
 ポンポンと自分の背を叩きながら、クリスもそんな事を言う。
「……記憶しておこう」
 ノエルとクリスの気遣いが嬉しい。……ふと視線を前に向ければ、エイプリルが『良かったな』と言いたげに唇のはしをあげていた。それに軽くうなずいてこたえると、何故かノエルたちの目が丸くなった。
「レントさん、今……笑った」
「え?」
 頬に手を当てる。……表情を変えたつもりはなかったのだが。
「何か、嬉しかったのか?」
「……ああ」
 クリスに返答した口元がゆるむのを、今度ははっきりと自覚した。
「……そっか」
 クリスが笑顔で自分の背をもう一度叩いた。ノエルも駆け戻ってきて腕を自分に絡めてきた。
「さあ、行きましょう! ガーベラさんおすすめのお店で休憩して、ディアスロンドを発って……今日は緑の杯亭という所に泊まりましょうね」
「そこは料理がうまいんだ。特にスープ類が」
「近くに美味いパン屋もあるしな」
 エイプリルまで戻ってきて、そんなことをのたまった。
 ……。
 ……ノエルの台詞に聞き覚えのある単語があった気がするような。
「お店で何を頼もうかなー」
「今日は暑いから何か冷たいものがいいですね」
「俺は腹にたまるものもほしい」
「レントさんは何がいいですか?」
「そうですね。わたしは……」
 仲間たちの笑顔に包まれたレントの髪を、風が優しく撫でて吹き抜けていく。
 過去の夢の中、撫でてくれたトランの手と同じ優しさで……。







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Scribble <2009,11,08>