Meaning that color shows



「……ん」
 額に当てられた冷たい手の感触で目を覚ます。どうやら自分はうたた寝をしていたようだ。
 額に当てられているのは男性の手。しかもこれは彼の手に違いない。クリスならもっと固いし、トランならばもっとあたたかい。
 ――いや、彼はもう……。
「ノエル、気分でも悪いのですか」
 淡々とした、しかし心配げな声で目を開けると、そこには思っていた通りレントの姿があった。彼の手は氷魔法を使うせいか、やや冷たいのだ。
「何か飲み物でもお持ちしましょうか」
「いえ! だいじょうぶ、大丈夫ですよ、レントさん! だから心配しないで――あ、でも喉は渇いたかも」
「では、水を……。組織より試作品をいただいていますので」
「試作品?」
「はい。本来は二月や三月のイベント時に売り出すものなのですが、ぜひ味見をして欲しいと」
 そう言って取り出されたのは可愛らしい形をした小瓶だった。
 一つ、二つ、三つ、四つ……。テーブルの上に出された数個の小瓶にはそれぞれ色鮮やかな液体で満たされている。
「黄緑色がミント味、青色がブルーベリー、薄い黄色がパイナップル、橙がオレンジ……」
「あの、レントさん」
「何ですか、ノエル?」
「これって、色で自分の気持ちを伝えるってアイテムですよね?」
「それが何か?」
「あの、桃色とか、赤色ってどういう意味、ですか……?」
「……確か桃色が"好き"で、赤色があ」
「懐かしいな。ダイナストカバル製のジュースの元じゃねえか」
「……エイプリル。いきなり背後に立たないでくれ」
「気付かないほうが悪い」
「メイジにシーフの気配を感じ取れというのは無理だ」
 軽くため息をつき、レントは二人に小瓶がよく見えるように場所を空けた。
「どれがいい?」
「桃味はねえのか」
「ないな」
「あの、赤色は……?」
「……ありません」
「しかたねえな。俺はこの青色でいい。……ああ、ノエル。この濃い黄色は止めといておいた方がいいぜ。……クリスが盛大に吹いてた」
「え?」
「カレー味だそうだ」
「……まずいわけじゃないだが、ジュースだと思って飲むと痛い目にあうんだ」
 エイプリルの言葉を継ぐように発せられたのはクリスの声。困ったように笑いながら問題の小瓶をよけ、青緑色の瓶を手に取った。
「私はこれがいい。確か緑はミント味だったよな」
「黄緑はな。それはわさび味だぞ、クリス」
「わさ……。何でそう微妙なもん作るんだ!?」
「世の中にはカレーラムネやわさびラムネもある」
「あるんだ、そんなもの!?」
「あの、おいしいんですか?」
「……ノエルは飲まない方がよろしいかと。好みが分かれる味をしているので」
「飲むにしても水がねえな」
「あたしが取ってきます!」
「いえ、それはわたしが。ノエルはここで何味にするか選んでいてください」
「いいんです。あたしが行ってきます。レントさんこそ選んでおいてくださいね」
 そう言うやいなや、ノエルは部屋を飛び出して行ってしまった。おいかけようとしたレントの目の前で扉がバタンと勢いよく閉まる。
「ノエル……」
 少しさびしげに彼女の名をつぶやき、視線を落とす。その落とした視線の先、開いた手のひらの上には可愛らしい小瓶……桃と赤の液体で満たされたそれがちんまりと乗っている。
「何故わたしはこれを……」
 この二つは桃味に苺味で、含められる意味も決して悪いものではない。だから彼女から隠す必要などないのだが……。なのに何故、自分はこの二つがないなどと嘘をついてしまったのだろう。
「……不可解だ」
 握り締められたレントの手の中で、二つの小瓶がかちりと音を立てた――。



 厨房で水をもらったノエルはというと、仲間達のいる部屋の部屋にいまだ戻れずにいた。
「トランさん……」
 そっと開かれたノエルの手のひらには赤の液体で満たされた小瓶――かつてトランから預かった小瓶がのっている。
「これの意味、あたしが思っている通りのものですよね……?」
 レントが言おうとしていたセリフと桃色の小瓶と同じハートマークが焼き付けられたコルク栓。そのことからノエルが連想した意味は一つだった。
「武具をめぐる旅は終わりました。あたしは、あなたと同じ気持ちで……、この気持ちは変わりそうにないです」
 グラスに注がれた水の中に小瓶の中身をあける。それは少々古くなっていたせいか、きれいに混ざることなく水を薄赤色に染めながらグラスの底へと沈んでいく。
「なのに……」
 ノエルが涙を浮かべながらグラスの中身を一息で飲み干す。それは甘くはあったが決しておいしいものではなかった。
「なのになんで、あなたはここにいないんですか……」
 ――グラスの底にはトランと分け合うはずだった愛の赤がこびりついていた。




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Scribble <2010,12,12>