Meaning that color shows



 パラソルで作られた日陰の下にはこ洒落たチェア。そこにノエルはちょこんと座り、小瓶をいじくっていた。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。おいしそうですね」
 真っ白の氷を薄く削ったようなその菓子はノエルがはじめて見るものだった。一口含むと、優しい甘みを口内に残しつつサラリと溶ける。
「おいしいです!」
「気に入ってもらえて嬉しいですよ」
 トランが販売口の方に視線を戻し、こう続ける。
「それはここのアイスクリームの基本のものでして、あそこでいろんなソースをかけるのも人気なんですよ」
 言われて周りを見渡せば、周りの人のアイスクリームは色とりどりで目に鮮やかだ。赤に黄色にオレンジ、ピンク……。
 ……これだ!
「トランさんも一緒に食べましょう。あたし、トランさんの分を買ってきます!」
 トランの返事も聞かずに手元のアイスクリームを彼に押し付ける。そして店へと走って行くノエルの隠し持つ物を見つけて、トランは頬を緩ませた。
「しょーがないですねえ」
 緩んでしまった顔を必死で引き締める。
 だってノエルのように可愛らしい女の子が自分に惚れてほしくてあれこれ悩んでいるのだ、顔が緩むのもしかたがないだろう。
 ……様にはならないが。
「お、お待たせしました! はい、どうぞ!」
 震えながら渡されたアイスクリームには案の定ピンク色の液体がかけられていた。トランは知っているが、ここのソースはもう少し赤みが濃い。つまりこれはあの小瓶の中身が振りかけられているということだろう。
「いただきます」
 預かっていたアイスクリームをノエルに返して、差し出されたものを一匙口に含む。サラリととけるアイスクリームと桃味のソースが絡み合ってたいへん美味しい。
「ど、どうですか?」
「ん。美味しいですね」
 熱っぽく見つめてくる少女ににっこり微笑んで、桃色のソースがかかったそれをすくい、彼女に差し出す。
「ノエルもどうですか?」
「え?」
 もしかしたらバレたのだろうか。というか、自分は元々彼が好きなのに惚れ薬を飲んだらどうなるのだろうか。
 その事で頭がいっぱいで、差し出されたアイスクリームを食べたらトランと間接キスになるとは今のノエルは気付けない。
「おや、わたしの気持ちは受けとめてくれないんですか?」
「ふえ?」
「エイプリルにから聞いてるんですよ」
「な、なにをですかっ!?」
「惚れ薬を渡したって」
 そう言って愉快げに微笑みながらトランは自分の持つアイスクリームのカップを軽くたたいた。
「えっと、あのその……ごめんなさい! ……ってあれ? し、知ってて食べてくれたんですか?」
「まあ、ただのジョークアイテムですし」
「え!?」
「ダイナストカバルの商品ですよ? 我が組織はそんな危険な物は売りません」
「惚れ薬って嘘なんですか!?」
「飲んだから惚れるということはありませんね。これは液体の色によって自分の気持ちを伝えるというジュースの元です」
 桃色の液体がかかったアイスクリームを一匙口に入れる。
「これは桃味で、込められる意味は……惚れ薬と言って渡すくらいだからわかりますよね?」
 真っ赤になったノエルの頭を優しく撫で、少し淋しげに微笑みながら続ける。
「あなたの気持ちは受け取りました。でも、わたしはそれに応えられません……」
「……でも、さっきはスプーンを向けて『受けとめてくれないんですか』って」
「……さあ? 言いましたっけ、そんなこと」
 とぼけた声でそんなことを言い放ち、トランはざかざかと残りのアイスクリームをかきこみ、ノエルの手元を指差した。
「手元のアイスクリームがとけてきてますよ、ノエル」
「ああ!?」
 ノエルが溶けかけたアイスクリームを食べきるのを見届けて、懐から赤い液体で満たされた小瓶を取り出す。そして先ほどの微笑とは一変、今度は恥ずかしそうに微笑みながら、それをノエルの手のひらの上にのせた。
「わたしの気持ちはどうであれ、"今"はあなたの気持ちには応えられません。……組織からの任務中ですからね。でも、任務が――この旅が終わったあとなら話は別です。これはその証としてあなたが持っていてください」
「これは?」
「もちろん"惚れ薬"の姉妹品ですよ? 意味は……今は秘密です」
 液体で満たされた小瓶を光にかざすと、透き通るように美しい赤がノエルの頬に色をさした。
 桃色が"惚れ薬"として渡されたくらいだ。ならば赤色だって、それに類似する意味なのだろうと予想がつく。
「わたしの任務が終わるその時に、意味を教えてましょう。……もし、その時。あなたも同じ気持ちだったら、二人でそれをわけあいましょうね」
「は、はい!」
 小瓶をなくさぬようにしっかりと握りしめる。その際にちらりと視界の端にうつったコルクには思っていた通りのマークが焼き付けられている。
「アイスクリームのカップを渡してくれますか? 返してきますので」
「あ、はい。すいません、ありがとうございます!」
 店にカップを返しに行くトランの背中を見ながらノエルは決意する。
 この旅が終わったら、もう一度――今度こそちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
 もう"惚れ薬こんなもの"には頼らない。
 今度こそちゃんと自分の言葉で自分の想いを伝えるのだ。
 そうすれば、その時は、彼はきっと……。




[ ←BACK || ▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2010,12,05>