Shape of love

01


 ある街中を3人の冒険者が歩いていた。
 栗色の髪の少女は隣を歩く青年に腕を絡めて幸せそうに。
 金色の髪の少年は隣を歩く青年と手を繋いで楽しそうに。
 そして二人に挟まれた青年は……目の焦点のあわぬ程やつれ果てていた。



 ……話は数時間前に遡る。
「この部屋で最後だな。エイプリル、罠は?」
「いや、何もないな」
「じゃあ、これで調査のお仕事は終わりですね!」
「……地図を見ると、あそこの扉をぬけると入口に戻るみたいですね……」
 トランが手製の地図を睨みながら言った。
 その地図には罠の有無やそこにいたエネミーの種類が事細やかに書かれている。
「トランさん、早く帰りましょう!」
「あ、待って下さい。もし扉に罠があったら……」
「いや、扉にはなかったぞ」
「じゃあ、先に行ってますね」
「待ってください、私もお供します」
 クリスがノエルを追いかけ、通路の奥に消えていく。
「……追いかけるか」
「そうですね」
 そう言ってエイプリル達が動こうとしたその時だった。
「キャー!」
「ノエル! ……うわあ!!」
 ガタンという何かが外れる音と二人の悲鳴が聞こえてきた。
「ノエル! ……ついでにクリス!!」
 トランの叫び声に重なって、
 
 バシャーン

 ……という重いものが水に落ちたような音も聞こえた。
 急いでその場に駆け付けると、そこには大きな穴が開いていた。
 ……どうやら落とし穴らしい。
「……なんだ、コレ。……甘っ!?」
「それにベタベタしますー」
 穴の底から二人の声が聞こえてきた。
「……どうやら無事のようだな」
「……ですね。二人ともー、怪我はありませんかー」
 トランは穴を覗き込んで声をかけた。
 落ちた二人はその声につられて上を見上げた。
 ノエルとクリスの目がぴたりとトランの目にあう。
「……? どうしたんですか、何かついてます?」
 二人とも問い掛けに何の反応も示さず、ぽかん……とした顔でトランを見つめている。
「……ロープ、下ろしますね」
 トランがロープを下ろしている間もノエル達は彼を見つめ続けていた……。



「甘い臭いがして、ぺたぺたベタベタして……気持ち悪いです……」
「向こうに湖があったな。洗っておくか?」
「はい……」
 ……というわけで4人で湖に来た。ちょうどよく岩陰や木の陰があって二手に別れて入れそうだ。
「俺はノエルについておく。お前はクリスといろ」
「……仕方ないですね。そうだ、コレ使って下さい」
 トランは重ね着していた上着を手渡して続けた。
「服を洗ったあと着る物がないと困るでしょう? 大丈夫。昨日、洗濯したばかりだからきれいですよ」
「えっと……、いいんですか?」
「素直に借りておけ。じゃあ俺達は向こう側に行くから……覗くなよ?」
 言わなくてもそんな事(恐ろしくて)したりしない。
 ……彼女らの姿が見えなくなったころ、マントを軽くひかれた。
 トランが振り向くとクリスがすこしむくれたような様子でぽつりと呟いた。
「トラン、私には……?」
「へ……?」
「私には、何も貸してくれないのか?」
 寂しそうな目を向けて彼は続けた。
 その様子にトランは疑問を抱く。
 こいつはこんな表情をする男だったか、と……。
 これではヤキモチをやく小娘ではないか。
「クリス……。いったいどうしたんですか?」
「べつにどうもしない。……そうか、わかった。私には何も貸したくないんだな!?」
 ……言っていることに脈絡がない。
 彼はどうしたのだろうか……。
 普段のクリスなら自分の服を借りたいなどと言うはずがない。
 だが、その疑問を解決する術はわからないのだし、当初の問題を解決しなくては。
「早く水浴びしてきなさい。……マントぐらい貸すから」
「……わかった」
 そう言って岩陰へと向かったクリスの顔は明らかに嬉しそうだった。
 ……本当に彼はどうしてしまったのだろう。




 彼に借りた衣服から彼の香りがする。
 ……すごく、いい匂い。
 なんだか、胸がドキドキして、
 すごく幸せで……
 形のない熱いもので心が、体が満ちて、
全てを支配されていく……。
 ああ、きっとこれは……
 この感情はきっと……




 体も服もきれいに洗って一段落。ちょっと腹ごしらえをしてから街に帰ろうかと食事をしていた時、はっきりと異変があらわれた。
「お前達、いったいどうしたんだ? ……特にクリス」
 そう言うエイプリルの視線の先には……隣に座るトランに触れ合うほど近くに腰をおろしたクリスの姿とトランにぴったりと寄り添うように座るノエルの姿があった。
「別に、何も……。ねぇ、ノエルさん?」
「えぇ。何もないですよ」
「……」
 ノエルはまだいいのだ。彼女は元々トランを慕っていた。……たまたまそういう気分にでもなったのだろう。
 だがクリスは明らかにおかしい。
 今でこそ和やかに食事をするようになったが、昔は食事中、トランとは目もあわさなかった。
 だが今の状況はなんだ? 
 彼のそばにいたくて仕方がないと言わんばかりのこの状況は……。
「……ごちそうさま」
 ……二人に挟まれながらもトランは食事を続けていたらしい。もっともこの状況だ、味など感じる余裕はなかっただろうが。
「トランさん」
 同じく食事を終えたらしいノエルが彼にはにかんだ笑顔で話し掛けた。
「……なんですか、ノエル?」
「トランさん、……好きです」
 仲間として……。
 ノエルの言葉をそういう意味にとったトランはいつものように優しい微笑みを浮かべて応えた。
「……わたしも好きですよ」
 その台詞をきいたノエルは、これ以上の幸せはないといった感じの笑顔を浮かべ、そして……
「トランさん、嬉しい!」
 ものすごい勢いで抱き付いた。
 無論、魔術師であるトランに彼女の突進を受け止められるはずがない、そのまま押し倒される形で倒れ込んでしまった。
「ちょ……ちょっと待ってノエル!? 好きって、恋愛感情の方ですか!? ……そんないきなり……こんな人前で!?」
「……案外積極的だな、お嬢ちゃん」
「エイプリル、そんな人事みたいに!?」
 どうにか身を起こしたトランは彼女に非難の声をあげた。
 そんな時、低い、感情を押さえ込んだような声が聞こえてきた。
「……ずるい」
「いや、ずるいって言われても。これはノエルが……」
「……ノエルさん、ずるい」
「待て。何故そこでノエルの名が出てくるんですか? この場合、わたしに対してなのでは……。な、なんだか嫌な予感が……」
「私だって……、私だってトランが好きなのに!」
「…………え?」
 たっぷり間を持ってから、気のぬけた声がトランの口からもれた。
 事の成り行きに対応できず、魂のぬけかけている彼の目を真摯に見つめ、クリスは再び言葉を重ねた。
 トランにとっては苦悩の始まりであるその言葉を……。
「トラン……。私は、お前を愛している」




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Scribble <2007,03,11>