Shape of love
02
……で現在にいたる。
自分の気持ちを吐露してからは、二人共トランから離れなくなった。
歩きづらいから、とクリスには手を繋ぐだけにとどめてもらっているのだが、どうにも居心地が悪い。
彼の自分にむける満面の笑みなど、めったに見られないものだが、それを観察する余裕もない。
なにせ二人共、引っきりなしに話し掛けてくるのだ。
「トランさんトランさん、今夜の夕飯はどうしましょうか?」
「ここは魚料理が名物らしい。それにしないか?」
……気を引きたいというよりも、好きな人と話すのが楽しくて仕方がないといった感じだ。
そんなこの世の春を謳歌する二人とは対称的に、間に挟まれたトランはこの世の無情さを味わっていた。
なにせ、エイプリルは調査報告の提出をダシに逃げてしまったので。
ノエルとクリスが和気あいあいとしているのがまだしもの救いだろう。
これで火花を散らして自分の奪い合いをされた日には……
「(卑怯者でいい……わたしは逃げる)」
そうでなくとも好奇や羨望や嫉妬や蔑みや哀れみや……数々の視線がトランに突き刺さっているのだ。これ以上の苦行は、堪えられない。
「トラン、これからどうするんだ?」
クリスが笑顔で尋ねてきた。
トランは少しばかり悩みながらもこう答えた。
「そうですね……宿に戻りましょう」
それでこの視線の嵐からは逃れられるはずだ。
……二人き、いや三人きりになったとき、この二人がどういう行動をおこすか想像つかないのが不安ではあるが。
「じゃあ、早く戻りましょう!」
ノエルが組んだ腕をぐいぐいと引っ張る。
普通の男なら嬉しいと感じるはずの彼女の行動が、今のトランにはひどく恐ろしく感じられた……。
「助けてください、エイプリル」
彼のエイプリルを見た第一声がそれだった。
「二人はどうした?」
「用を足しにいくといって部屋に置いてきました。でなければ離れてくれなかったんです」
別れたのはついさっきのはずなのに、目の前に座りこんだトランの顔は見る影がないほどげっそりとやつれていた。
「助ける、とは?」
「……とりあえずは部屋割りをかえていただきたい」
暗く淀んだ瞳をエイプリルに向けて言った。
「今は……男女で分けていたな」
トランが立ち上がりバンッと机を叩いて語気荒く言った。
「そう、今のままだと夜クリスと二人きりなんですよ!? あの色ボケと二人きりだなんて……手ごめにされたらどうしてくれるんですか!?」
そう言うトランの顔は少々赤い。恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「あいつは仮にも神官だぞ? 無理強いなぞするもんか」
エイプリルが呆れた調子で言葉を返すが、彼は神妙な顔で言葉を続けた。
「……うっかり情に流されちゃったら?」
「自業自得。……幸せになれ」
「そんな人事みたいに!?」
「いや、実際人事だからな。というか無視すればいいだけの話だろう」
今にも泣きだしそうな情けない顔で彼は訴える。
「だって捨てられた子犬のような目で見つめてくるんですよ。それを無視するなんて……すごく悪い事をしている気になるじゃないですか」
……相変わらず悪を名乗るには惜しい善人ぶりだ。いや、この場合はトランがアレなだけか……。
「……悪の幹部が何を言っている。……なら、あれだ。二人まとめて喰っちまえ」
「そんな事出来るわけないじゃないですか!?」
「そうか? 俺ならありがたくいただくが……」
トランが顔を真っ赤にして叫ぶが、エイプリルはさらりと言ってのけた。
「貴女なら、そうでしょうけど……」
「経験がないわけではないだろう?」
……などという彼女のからかうような言葉に彼は真面目な瞳で返した。
「エイプリル、お忘れかもしれませんが、わたしは人造人間です」
「それが?」
「見た目はともかく実際年齢はまだ一桁……」
目をそらし、ほんのり頬を赤く染め言った。
……実際年齢はともかく、見た目は成人男性なのだからそういう態度は止めてほしい。
それはともかくエイプリルには彼が言わんとする事が理解できた。
「つまり…………ないんだな」
たっぷり間をとってから、彼が言葉を濁した事実を突き付けてやる。
「そこはわたしの自尊心のためにも、少ないと解釈していただけるとありがたいんですが」
……わざわざ言うところを見ると、本当にないらしい。
まあ、彼は年齢一桁の人造人間で、しかも生まれてすぐに組織の重役に就いた男だ。そういう暇がなかったのだろう。
「しかしノエルにクリス。美少女に……美少年だぞ。両手に花じゃないか。何をそんなに嫌がる?」
「そ、そういうのは一人だけでいいんです! っていうか片方は男だし!?」
トランの顔がまた赤くなる。
さっきから赤くなったり真面目になったり忙しい男である。
「悪を名乗るわりにはお堅いヤツだな」
「……というかね、正直言うと……経験がどうこうという以前に、そういう感情自体よく解らないんですよ」
淋しげな様子で続ける。
「だからね、エイプリル。今の二人は迷惑、とまではいいませんが困ってしまうんですよ。恋とかいう感情は、今まで体験したことがありませんから……」
暗く沈んだ空気など意に関せず、エイプリルはあっさりと言った。
「なら、体験しちまえ」
「は?」
キョトンとした目をするトランに尋ねる。
「二人からの好意そのものが嫌なわけじゃないだろう?」
「ま、まあそうかな?」
「だから逃げずに受け止めろ。……そうだな、とりあえず一緒に寝てみたらどうだ」
「え、え?」
戸惑うトランを引きずり、部屋に連行しながら彼女は続ける。
「ベッドは二つしかないがくっつければ三人くらい寝られるだろ」
「どういう理屈で一緒に寝ろと? ねぇ、エイプリル!?」
その言葉には答えず、極上の笑顔をうかべて彼女は言った。
「というかな……俺を巻き込むな」
そういうやいなや彼をポイッと部屋の中に放り込んだ。
扉の向こうから『薄情者ー! 』などという文句が聞こえてくるが気にしない。
……別に彼の身に危険はないので。
これがノエルかクリス、どちらかと二人きりだったとしたら、貞操の危機を心配してやらなければならなかったかもしれないが。
「やれやれ、いつまで続くのやら……」
そう呟いて自室に戻るエイプリルの表情は、言葉と裏腹に楽しげだった。
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Scribble <2007,03,17>