Shape of love

03


「……あれ?」
 夜中、不意にクリスは目を覚ました。
 部屋の中を見渡すが、何の異常も見当たらない。
 鍵もかかっているし、二人の寝息以外の音は聞こえない。
「…………二人!?」
 傍らを見ると同じ布団の中にトランが……そして彼を挟む形でノエルが眠っていた。
 ……よく見るとトランの片腕はノエルの頭の下に、もう片方の腕は自分の方に大きく広げられてある。
 ……どうやら自分もノエルと同じように彼の腕を枕にしていたようだ。
「(うわー……)」
 顔がカーッと赤くなる。
 彼だからというわけではない、腕枕をしてもらっていたという事実が恥ずかしくて仕方がない。
「っていうか、なんで一緒に寝てたんだ?」
 少しだけ気持ちを落ち着かせ、考えてみる。
 ……確か、ダンジョンで落とし穴に落ちて、それから……
「……!?」
 記憶をたどるにつれ、クリスの顔が、いや全身が赤く染まっていく。
「わ、私……私はなんてことを……!?」
 ……不幸な事に彼は今日一日の事全てを覚えていた。
「ト、トランに好きとか愛してるとか……!? しかも公衆の面前で男とイチャイチャして!?」
 いくら後悔してもし足りない。恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいどころではない、もうこの世から消え去ってしまいたい。
 せめて思いの限り叫んでしまいたかったが、今は夜中だ。そんな人の迷惑になるようなことはクリスにはできなかった。
「なに……してる?」
 傍らから声をかけられた。振り向くとトランがとろん……とした眠たげな目をこちらに向けて話し掛けてきた。
「いいんですよ、もっとくっついても……。もう、腹はくくったから……だから、ね……おいで?」
 そう言うと彼はクリスを抱き寄せようとした。
 ……がノエルに片腕を封じられた不自由な姿勢で、しかも寝ぼけた彼に今のクリスを引き寄せられるわけがない。
「……?」
「あ、いや……大丈夫だから。トランは寝てていいから」
「……ん」
 何が大丈夫かは知らないが、トランは納得したようだ。穏やかに目が閉じられる。
 その寝顔を見ていると、一つの感情が沸き上がった。
「……楽しかった」
 彼に恋していた間、なにもかもが素晴らしくて……、彼の言葉、存在そのものがクリスに至上の幸福を与えてくれていた。
「……これもいい経験、かな」
 相手が男だというのが、かなりアレだが。
 クリスはトランが寝入っているのを確かめるとそっと彼にささやいた。
「トラン、好きだよ」
 自分自身の意志でその言葉を紡ぐ。
 落ち着いて自身の心を覗き込むと、彼への感情はあるべき形をとり、内を暖かく照らしていた。
「仲間として……友として君が好きだ」
 そう、友愛という形で……。



 チチチチチチ……
「ん〜……」
 鳥が鳴く声が聞こえてくる。……もう、起きなければいけない。
「(もう少し、もう少しだけ……)」
 もう少しだけ眠っていたい、少しでも長くこのぬくもりにくるまっていたい。
 ああ、なんでこんなにも気持ちがいいんだろう、幸せな気持ちになるんだろう……。
「ん……」
 ノエルは幸せそうにぬくみの元に擦り寄った。
 ……それは確かな形を持っていた。ゆるやかに動いてもいた。
「……え?」
 目を開いてみると、真横に男の顔があった。
「トランさん……?」
 とてもとても幸せそうにトランが眠っていた。
 よく状況を観察してみれば、自分は彼の腕の中に潜り込んでいる。
「えっと……何があったっけ」
 昨日、落とし穴に落ちて……
 ああ、そうだ。それから自分は少しおかしくなったんだ。
 トランのことが好きで好きで……。
 もっとこっちを見てほしい、もっと声が聞きたい、もっとそばにいたい、もっと触れたい、もっと、もっと……丸ごとの彼が欲しい……。
 どんなに話をしても、ぴったり寄り添っていても足りなくて……。
 トランは困った顔をしていたのに自分を止められなかった。
 アレは、あのベタベタした甘い液体は、タチの悪い惚れ薬のような物だったのだろうと、ノエルは考えた。
 だから自分はあんなに我を忘れたんだ、と。
 ……いまや、あの熱病のような感情はない。
 そのかわりにノエルの内を満たすのは、元々持っていた彼への想い。
 優しく穏やかな……それだけで彼女を幸福にしてくれる暖かい気持ち。
「トランさん、……好き」
 自分自身の意志でその想いを言葉にする。
「本当に、トランさんのこと、好きですよ」
 その想いは本当に穏やかで……それが何の意味を持つのか、よくわからない。
 ……それでも、この胸に確かに宿るこの想いを彼に伝えたい。
「だったら起きてる時に言ってやれ」
「きゃああああぁぁ!」
 悲鳴とともにノエルがベッドから転がり落ちる。
「え、エイプリルさん!? いつからそこに!? っというか今、心の中をよみませんでしたか!?」
「さあな」
 ノエルの悲鳴か、それとも転がり落ちた音か、そのどちらに反応したかはわからないが、男二人が起き出してきた。
「何か、あったんですか?」
 髪についた寝癖をとかしながらクリスが尋ねるが、ノエルは風をおこす勢いで首を横に振る。
「いえ、何も! そうだ、朝ごはん! 着替えて朝ごはんを食べに行かないと!」
 そう言うとノエルは自分の荷物を抱えて隣の部屋(彼女とエイプリルの部屋)に走り去ってしまった。
「……だそうだ。お前達も早く来いよ」
 エイプリルも彼女のあとを追って部屋を出ていった。
 クリスは手早く身なりを整えると、未だとろん……とした目で座り込むトランに声をかけた。
「じゃあ、私も先に行くから。いつまでも寝ぼけてないで早く来いよ」
 彼等の去ったあと、トランは呟いた。
「……友として。本当に……か」
 なんでもないはずなのに自然に微笑みがこぼれてくる。
「この気持ちはいったい……。わたしは、うれしいのか?」
 この気持ちを何というのか、今のトランには言葉にすることが出来なかった。
 ……でも
「少しだけ、わかったような気がします。……ありがとう、エイプリル」
 この場にいない彼女に謝辞を述べると、彼は服に着替え始めた。
 …………愛する仲間と共に過ごすために。




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Scribble <2007,03,24>