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 白い壁に囲まれた部屋の中に銃声が鳴り響く。
 それを打ち出すのは艶やかな黒髪を持つ少女。 彼女を取り囲み、データをとる男達。 それがその部屋にある全てだった。
「まだ遅い。 あの男はもっと早い」
「はい」
「お前はあの男の複製体。 全てを写しとっているはずだ」
「はい」
「おまえはあの男を殺すためだけに産みだされた。 それが出来ないと判明すれば破棄される」
「……はい」
 男達の非情な言葉に少女はまるで感情がないかのように淡々と答える。
砂の薔薇デザートローズの調整はどうだ』
 部屋に設置されたスピーカーから声が降ってきた。
「はっ。 おおむね良好……。砂の薔薇、何をしている。 部屋にもどれ!」
 砂の薔薇と呼ばれた少女はうなずくと、壁を変異させ、そこをすり抜けた。 だが部屋には戻らない。 すり抜けた壁に背をつけ、じっと耳をすます。 防音効果が施されてはあるが、少女の常人を越えた聴力の前では意味をなさない。
『現時点での勝率は?』
『70、いや80は越えるとおもわれます』
『ふむ……』
『奴の能力をカバーするのはもちろん、使えない能力も使用することが……』
『それはその分、攻撃力がないという事ではないのかね』
『それは……』
『破棄したまえ』
『な……』
『水増しした勝率がその程度では話にならん』
『し、しかし、あれは唯一の成功体……』
『失敗しなかった、の間違いだろう。それとも、私の命に逆らうのかね』
『いえ、滅相もない。明日、砂の薔薇は破棄します』
「破棄……。私は破棄される、の?」
 少女の目に恐怖、そして悲しみの色が浮かぶ。
「い、や……。私、死にたく、ない」
 そう、呟くと、壁を変異させ、すり抜けた。外はどしゃ降りの雨が降っていた。昼間なのに夜のように暗い。冷たい雨が体を叩くのもかまわず、少女は走った。この建物から、死から逃れるために。
 その背に向かって銃弾が放たれる、が雨で照準は定まらず、当たらない。いや、それだけではない。雨はたちまち少女の姿をおおいい隠した。
 そう、雨は完全に少女に味方していたのだ。
「追いますか?」
「いや、いい。いずれ……UGNが始末するだろう……」



 雨の中を走る、走る。
 雨が、寒さが体力を奪うのもかまわず走る。
 もう、なにも追う者はいないのにも気付かず走る。
 走りに走って、とうとう少女はへたりこんだ。
 周りには家が一つ、二つ。家人を迎えるために暖かい灯りをともしている。しかし、少女を暖めてくれる灯りは一つもなかった、今も、昔も……
 先ほどまでは味方していた雨も、今は容赦なく少女を命を蝕んでゆく。
「なにしてるの?」
 愛らしい声で尋ねられ、気だるい体を向けると、そこには傘をさした小さな女の子がいた。
「かぜ、ひいちゃうよ?」
 ぱちゃぱちゃと雨を跳ねさせながら傍らまで来る。
「おねえちゃんのおうちはどこ?」
 少女は首を傾げた。自分がずっといたあの場所は家ではなかったから。
「かえるとこがわからないの? じゃあ、すずといっしょにかえろ! すずね、ひとりでさみしかったの。おねえちゃん、すずのおねえちゃんになって!」
 女の子が少女の手をとる。
 その手はひどく暖かくて、柔らかくて……手放したくない、そう少女に思わせた。
「すずのおねえちゃんになってくれる?」
 だから、少女は思わずこの言葉にうなずいた。
 ……自分の半分の身長も持たない子供だ、寝首をかかれる心配はない、そう自分に言い訳をしながら手をしっかり握ったまま立ち上がる。
「おねえちゃん、おなまえは?」
「名前……な、い」
「おなまえないの? じゃあ、なんてよばれるの?」
砂の薔薇デザートローズって呼ばれてた」
「で、でざーとろーず?」
「砂の薔薇って書くの」
「すなのばら? ふぅん、それってなまえじゃないよね?」
「う、ん……」
 暗くなる少女の手を引きながら、女の子は明るく、言う。
「だから、すずがおなまえかんがえてあげるね」
「名前をくれるの?」
「うんー。あのね、すずはね、みすずっていうの、うつくしいすず」
 にこにこ笑いながら言う。
「だからね、おねえちゃんはうつくしいすな、ね」
「美しい砂、私の名前……。ありがとう、美鈴」
「かえろ、おねえちゃん」
「うん!」
 少女は生まれてはじめてにっこりと微笑んだ。そう、少女はこの時はじめて、日常という時の中を歩き始めたのだ。
 ……だが彼女達の日常は数年後、破られることとなる……



「……人員の補充は見あわせ、ですか」
『はい。長瀬の反乱もあり人員の余裕がありません』
「は、はい」
『あなたを責めるわけではありませんが、支部壊滅の過去もあり、局員がそちらに派遣されることも避けているのも事実です』
「……わ、わかりました。お手数をおかけし……」
『なので、そちらに常在しても良い、と言っているイリーガルエージェントを派遣しましょう』
「本当ですか!? ありがとうございます!」
『いいえ。彼女は今日の夕方にはそちらにつくでしょう、薬王寺くん……』
「はい!」
『彼女と、仲良くしてあげてくださいね』
「……? はい」
 意味深な言葉を残し、電話は切れた。
 だが、今の彼女にはそんなこと関係ない。部下ではないが、協力者が増える、それは少女ー薬王寺結希ーが望んでいたものだから。
 ピンポーン
「はーい」
 支部長室に来客を告げるチャイムが鳴る。夕方にはまだ早い、誰だろう……
「よう!」
「司さん!」
「それと……」
「ケイトさんも! ……めずらしいですね」
「ああ、渋るのを無理矢理つれてきた」
 見れば司はケイトと無理矢理腕を組んでいる。……男子学生が二人腕を組んでいる図というのは、かなりアレな気もするが、ケイトは全く違うことを考えているようだ。
「……UGNには来たくなかったのに」
「お前、支部長さんに会いたくなかったのかよ」
「……」
 結希の顔が笑顔のまま般若に変わる。
「え? ち、違う違う! 結希に会いたくないんじゃなくて、UGNにかかわりたくないっていうか、あ、だからってね、UGNを嫌ってるわけじゃないんだよ? おかげで結希に出会えたわけだし。え〜だから、その……つまりそういうことなんだ」
「なにいってるんだよ、おまえわ!」
 あわてて訳のわからない言い訳をするケイトに、司は突っ込みをいれた。
 慌てるケイトが面白いのか、結希はくすくすと笑いながら聞いた。
「……で、何しにこられたんですか」
 ケイトが司を見る。どうやら彼も理由は知らないようだ。
「ん〜、なんかさ、霧谷さんから電話があって……。今日来る予定のエージェントとあってほしいってさ。ケイトは目についたからついでにつれてきた」
「ついで!?」
 声をあげるケイトに司はこっそりと耳打ちする。
「お前、自分の彼女が他の男と二人きりになってもいいのかよ」
「ん? つかちゃんと結希に間違いなんておきるはずないしさ」
「そうだけどさ、感情的に……いや、もういいや」
 何にも考えてないケイトを見て、それだけ深く結希を思ってるのだろう、司はそう結論付けた。
 そして心の中で付け加える、このバカップルめ、と。
「……何の話ですか?」
「……何でもない」
 一人で気を回してばかみたいだ……と司は心の中で呟き、ため息をついた。
 彼は兄がいようといまいと、無駄に苦労する運命にあるようだ……。
 ピンポーン
 夕方を少し過ぎた頃、チャイムが再び来客を告げた。
「はーい」
 結希が来客を迎えるために、玄関に向かう。そして、ドアを開けた瞬間、彼女は驚愕した。
「こんにちは。君、いや、あなたが支部長殿かな?」
 そこにいたのは黒のスーツを見にまとった、背の高い人物だった。
「は、はい。あ、あの……」
 余程好きなのだろう、手に持つ花束も、艶やかな黒髪を束ねる髪留めも、みんな薔薇の花だ。
「結希、どうしたの? ……って、ええ! な、な、な……」
 様子を見に来たケイトの思考も瞬間凍結した。それもその筈、目の前にいる人物はこの場にいない、彼らのもう一人の仲間に酷似している。
 だがしかし明らかに彼ではないと言いきる事ができる。
「はじめまして、支部長殿……」
 そう言って差し出された薔薇の色は白く、それを差し出す手は細く、しなやかだ……。
「私は今日付けでこちらに所属する事になったエージェント……」
 その声は耳に優しいアルト……。
「コードネーム、砂の薔薇デザートローズ……」
 甘やかに微笑む口元には赤いルージュ……。
「名は陽元美砂ひもとみさご
 大きく、開いた襟元は見事な張りをした胸を、ぎゅっとしぼられた服は折れそうに細い腰をそれぞれ強調している。
「二人とも何やってんだ? ……って、あ、あ、兄貴ぃ!?」
 司が来客を見て声をあげる。そんな司に目をやりながら……。
「そう、私は君の兄、上月永斗の複製体だ」
 永斗の容姿を持つ美女はそう言って微笑んだ。




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Scribble <2009,11,14>