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衝撃の対面がすんで、彼らは支部長室でお茶を飲みながら、話をしていた。話題は自然と永斗の複製体だと名乗った彼女の事になる。
「永斗さんの、複製体、か……」
「何でまた、あんなのの……」
「司さん、それは失礼ですよ。……気持はわかりますけど」
「支部長殿、それも微妙に失礼だ。っというか君達はオリジナルが伝説と称されるほどの暗殺者だという事を忘れてないか?」
「「「すっかり忘れてた(ました)」」」
見事なまでに三人の声が唱和する。
「……ああ、そう。それはともかく君達の視線が私の胸に集まってるんだけど」
……確かにケイト、司、何故か結希の視線までも彼女の胸元に吸い込まれるようにおちている。しかも指摘されたというのに視線を外そうとしないし……。
それを見た美砂は苦笑して、胸元を覆う服をつまみ、三人に言う。
「……見たい?」
三人はいっせいに首を横に振った。想像してしまったのか、顔が少々赤く染まっている。
結希だけは自分の胸に手を当ててため息をついているが……。まあ、無理もない。
そんな三人を見て、笑いながら彼女は言った。
「それはよかった。見たいだなんて言ったら、頭を撃ち抜いてるところだ」
「撃ち抜くって……それだけで」
司が引きつった声を漏らす。ちょっとばかり本音を洩らしただけで撃ち殺されてはたまったもんじゃない。
「あの、陽元さんもモルフェウスなんですか?」
彼のそんな心中を察したのか結希が話題を変える。
「ん? ああ、そうだよ。モルフェウスでエンジェルハイロウ、私はオリジナルの能力もほぼ完璧にコピーされているからな。それから支部長殿、私のことは"美砂"でいい」
そう言ってにっこり微笑むと、結希は何故か顔を赤らめて、頷く。
「あ、はい。わ、わかりました。……あ、お茶、もう無くなっちゃいましたね。お代わり入れてきます」
「私も手伝おう」
そう言って美砂は結希のあとをおった。男二人が取り残された部屋の中、ケイトは司に小声で話しかけた。
「ねぇ、つかちゃん。永斗さんって……案外美形だったんだね」
「そっか? ってか、いきなりなんだよ」
「さっきの結希を見ただろ。顔赤らめてさ」
彼らの周りの温度が下がった……ように司には感じられた。
「あ、ああ。そ、そうだったか? ……で、何でそこで兄貴が出てくんだ」
「あの人、複製体だけあって永斗さんにそっくりだろ?」
「性別が違うだろ。支部長さん、兄貴にはあんな反応し……しなかっ、た……しな」
"あんな反応"と口に出した瞬間、またしても気温が下がった。
「そう、だけどさ……」
「けぃとぉ……男の嫉妬はきたないぞ」
ピシッ
今度は温度が下がるどころか、部屋が凍りついた。
司はこの空間から逃げ出したい気分で一杯になった。だがそれはできなかった。
足が、体が氷の戒めで捕われたように動かないのだ。
「(ケ、ケイトはサラマンダーじゃ、な、なかったよ、な、な?)」
彼はケイトから視線を外しながら自問自答した。間違ってもケイトの方は向けない。間違いなく、ケイトは殺人的な目で自分を睨んでる。今、振り向いたら、死ぬ。視線だけで殺される!
「お茶入れてきました〜。……司さん、どうかしたんですか?」
結希が戻ってきた瞬間、部屋は正常に戻った。また、司の見えない戒めも解かれる。ぐったりと机の上に突っ伏した司をみて、結希が声をかけた。が、反応がない。異様に疲れ果てているようだ。
「……だ、大丈夫ですか」
今度も声は返らなかった。だが、辛うじて、司の手がヒラヒラと振られた。結希はそれを肯定の返事ととった。
「……で、二人で何の話をしてたんですか?」
「ん? ああ、美砂さんって永斗さんにそっくりだけどなんか違うなぁって言ってたんだ」
「まあ、性別も生まれ育った環境も違うしな」
美砂がお茶を配りながら言う。
「……聞きたいのかな? 二人とも目がそう言っている」
ちなみに司はまだ倒れ付したままだ。思ったよりダメージは大きかったらしい。
「私はとある研究所で創られた。暗殺者ガンズ&ローゼスの能力を手にいれるため、そして彼自身を抹殺するために」
ケイト、結希、先ほどのダメージから回復したばかりの司に緊張がはしる。そんな三人に苦笑を返しながら彼女は話を続ける。
「そんなつもりなら、こんなとこでお茶を飲んでたりしないよ。……自我が生まれてからも、名前すらも与えられず、『お前はガンズ&ローゼスの複製体、奴を殺すためだけに生まれた』と言われながら訓練だけを続ける毎日だった」
「……ひどい」
「ああ、ひどいな。でもあの頃は何とも思わなかったんだ。……自我はあっても、感情は……なかったのかもしれない」
沈んだ美砂の言葉に三人は言葉をなくした。特に結希は自らも同じ複製体の身だ、人事とは思えないのだろ。自分も、同じように育つ可能性があったのだから。
「……そんな暗い顔しなくていい。今、こうして話している私はとても幸せだから。支部長殿、君もそうだろう?」
突然問掛けられた結希は一瞬戸惑ったのち、ケイトを見上げ、笑顔で答えた。
「……はい!」
美砂は笑顔で頷くと話を再開した。
「こうして無味乾燥な訓練を続けてたわけだが、結局私はオリジナルに勝てそうにないという事で、破棄されることになった。……が、さすがに死ぬのは嫌だったからな、逃げ出した。そこで妹に拾われたんだ。……妹は私に名前と生きるべき場所、生きる理由を与えてくれた……」
美砂が満ちたりた微笑を浮かべる。見ている者にかける思い、そそぐ愛の深さを感じさせる完璧な微笑……。
その微笑に何故か懐かしさを感じながら司は尋ねた。
「まさか、その妹が俺のふ」
「複製体だっりはしないから安心するように。普通の可愛らしい中学生の女の子だ」
司の言葉を遮って美砂が言う。心なしか"可愛らしい"が強調されていたような……。
「妹さん、どんな子なんですか?」
「うむ、美鈴という名前で……、っと先に聞いておこう。君達は夜明かしする気はあるかな?」
「え?」
三人の顔に疑問の色が浮かぶ。
「私が妹のことを語りだしたら止まらないぞ? それでもいいならいくらでも話すが……どうする?」
「……シスコンかよ」
司がポソッと呟く。その呟きを聞き逃さなかった美砂は即座に反論を返した。
「シスコンのどこが悪い! 妹が可愛いのは当然だろう!?」
……いや、反論になっていない……。
「それさぁ、下からすれば、ありがた迷惑だったりするんだよなぁ」
見に覚えがあるのか、司が遠い目をして言う。
「何を言う、私の所は本当に仲がいいんだぞ。御近所でも評判のらぶらぶ姉妹だ!」
「ら、らぶらぶって……。妹さんのこと、すごく聞きたい気もするけど、僕はもう帰らないと。……母さんが変な誤解するし」
「変な誤解? ……いや、何でもない、俺は何も聞かなかった!」
また、不用意に突っ込んでしまった司に殺人的な視線がとぶ。が、ケイトの表情は穏やかなままだ。隣にいる結希に気付かれないように視線だけですごんでいる。
……司にはそれが果てしなく恐ろしく感じられた。
「はにゃ? ケイトさん?」
結希がケイトに声をかける。すると彼は嘘のように優しい目で彼女に笑いかけた。
「何でもないよ、結希。じゃあ、僕は帰るよ」
「はい、また明日!」
「あ、支部長殿。お取り込み中悪いんだが、この支部内に泊まり込んでも構わないかな?」
「え? 住む場所がないんですか?」
「ない! っというか元からここに泊まり込むつもりだった!」
「でも、ここの宿泊施設は長期の滞在には適応してないですし。あ、もしよろしければ私の部屋に……」
「却下」
「え、あの、ケイトさん?」
「……心配しなくても私に同性愛趣味はないぞ?」
「そ、そうじゃなくて! 結希の所って二人で住むには狭いだろ? いつか不都合がでてくると思うんだ」
とっさに言ったわりには筋が通っている。本音は美砂の言ったようなこと事なのだが。
「だからさ、つかちゃんの家に泊めてもらえばいいよ」
「ちょっと待て!」
いきなり話を振られて慌てる司にケイトは笑顔で圧迫をかける。
「つかちゃん家、広いだろ?」
「それ以前に問題があるだろうが!?」
「問題?」
不思議そうな顔をする結希を横目に美砂が言った。
「私は構わない。オリジナルの弟なら私にとっても弟も同然。襲ったりしないよ」
「あんたまで何言ってんだよ! っつか、俺が襲われるのか!?」
「ん? それとも君は女なら見境なしに襲う変態的欲求不満男だったり、実の兄に欲情するような逝くとこまで逝ってしまったブラコンなのか?」
「絶対違う!! そもそもブラコンですらない!」
「も、問題ってそ、そういうことですか……」
今更ながら結希が顔を赤くする。
「何で顔赤くするんだよ! んな事ないっていってるだろ!」
司の反論もヒートアップしてきた……。
「ならいいじゃないか」
それに反して圧迫をかけるケイトは穏やかなままだ。
「俺ん家、家計きついんだぞ? 明日食うものに困るどころか、今日をどう乗り越えようか悩むくらいに!」
……顔が必死だ……
「つかちゃん……。どうりで最近やつれてるはずだ」
「せっぱつまってますね、司さん……」
二人の目がいように優し気だ……。哀れみも混じってるのかもしれない。
「誰が養ってくれと言った。自分の生活費ぐらい自分で出す」
「で、でも、光熱費とか……」
難色を示す司に美砂は重ねていった。
「それも含めて、だ。何なら家賃がわりに司の生活費も出すぞ」
ガシッ
司が美砂の手をとり、なかば感動を含んだ声で言う。
「マ、マジ?」
「あ、あぁ。どうせ部屋を借りるとしたら、それくらいかかるだろうしな」
「も、もう、ロウソクの灯りだけで暮らさなくていい? パンの耳貰いに行かなくても?」
「司さん、本当に崖っぷちだったんですね……」
「つかちゃん、言ってくれれば少しくらい融通したのに……」
そう言って目をそらす二人の目にはなにやら光るものが……。
「い、今までそんな生活をしていたのか!? かわいそうに……。これからはお姉ちゃんに任せなさい」
そう言って美砂は司を抱き締め、よしよしとばかりに頭を撫でた。
「……ってなにすんだよ!」
……やっと正気に戻ったようだ。
「ははは。そんな照れなくてもいいじゃないか」
「照れてねえ!」
「……つかちゃん、顔赤いよ」
「赤くなんかなってない!」
いや、しっかり赤くなってる。声もなかば裏返ってるし。
「……とまあ、お遊びはここらにして、だ。これからよろしくたのむ」
美砂はそう言って三人の手をとり微笑んだ。
ほう……
箸をくわえたまま司は息をはいた。
今、彼の目の前には、望んでも得難たかったものが並んでいる。いや、単なる朝食なのだが。
「ん? なんだ司、不味いのか?」
箸をくわえたまま止まった司に美砂が声をかける。
「いや、そんな事ない、うまいよ。ただちょっと感動してさ……。こんなまともな朝飯を食える日が来るなんて思ってもみなかったから」
「そ、そうか。なら、もっと食べなさい。足りないなら私の分もやるぞ」
「ありがと。でも十分足りてるから」
そう言って食事を再開しながら、司はここ数日の生活を思い起こした。
遅くに帰宅しても明るい我が家、何もしなくてもきれいになっていく部屋、それに何よりも! 一日三度の食事!!
「(ああ……幸せだ、俺)」
……十代の少年の幸せにしてはかなり安いような気がする。
「(そういや、兄貴も昔は世話やいてくれたっけ)」
司は卵焼きをかじりながら昔のことを思い出した。
そう、永斗も昔はどんなに忙しくても夜は必ず家にいた。彼以上に忙しかった父や幼い司に代わり、永斗が家事を不完全ながらもこなしていたのだ。
「(似てんだよなぁ、美砂さんと兄貴の料理の味)」
一度もあったこともないのに、美砂の料理は永斗のものを思い出させるほどによく似ている。これが遺伝子のなせる技だという事だろう。
司は目の前で食事を続ける美砂を見つめた。そして思う。
「(見た目はそっくりなのに……性格は本当に違うよな)」
美砂の性格を端的に言うと世話好きのお姉さまー度が逝きすぎてシスコンが入っているがーといったところだ。かたやあの兄は……。
「環境ってスバラしいよな……」
司の明後日の方向を向く目と妙にこわばった調子のこのセリフで察していただきたい……。
「司、もう食器下げてもいいかな?」
「あ? あぁ、もういいよ」
司の了承を得て、食事の方付けを始める美砂に彼は声をかけた。
「なあ、美砂さん。本当にいいのか? こんなに世話して貰って、なおかつ生活費まで出してもらってて」
美砂がため息をつき、答える。
「出すと言ったのは私だろう。家事についても、自分の住む場所をきれいにするのは当たり前だし、料理も洗濯も自分の物のついで。だから司、子供は何も心配しなくていい。安心して勉学に励みなさい」
あの兄からは聞きけそうにないセリフだ。物凄く昔にたった一度だけ、聞いた気もしなくもないかもしれないけど。
ピピピ……!
司の携帯がメールの着信をしらせる。
内容はたった一言だけ……帰る、とある。
送り主は確かめなくてもわかった。こんな肝心なところが抜け落ちた短絡的な メールを送ってくるのは一人しかいない。
「兄貴が、帰ってくる。はあ、出席日数ヤバいのに迎えに行かなきゃなんないのか……」
「何でわざわざ迎えに行くんだ? オリジナルみたいないい年した大人が、まさか家の場所がわからないなんて事はない事はないだろう?」
「それはない……と思うけど。いや、あの兄貴ならありうるかも……。ってそうじゃなくてあいつはこっちに帰ってきた時に捕まえないとそのままどっかに行っちまうんだよ」
「やっぱり、会いたいのか」
「まあ、な。いろいろ言いたい事もあるし」
「なら、私が迎えに行こう。私もオリジナルに会ってみたいし」
「場所、わかんのか。帰ってくる場所も方法も毎回違うんだぞ」
「……なんとなくフィーリングで」
答える美砂の目はどこか遠いところを見つめている。
「……そっか、わかんならいいや。じゃあ、俺は学校に行ってくるよ」
「ああ、行ってきなさい、急いでね。急がないと遅刻するぞ」
司の顔に縦線がはしる。
「も、もうそんな時間!? い、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
あわてふためいて家を飛び出す司を美砂は笑顔で送り出した。その光景はまるで、彼らが本当の家族であるように見せたのだった。
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