Copy



 タン、タン、タン……
 辺りを警戒しながらやってくる足音が聞こえる。
 一つ、二つ……何人かは分からないがとにかく複数だ。
 ……あの人は負けてしまったのだろうか。
 少女は瞳を濡らし、唇を噛む。
 タンタンタン……
 足音は迷うことなく、こちらにやってくる。少女はそれに警戒するように身を丸め、体を小さくした。
 カチャリ
 小さな音をたて、扉が開く。そこに立っていたのは四人の男女。その中で最も背の高い男は腕を真っ直ぐのばし、何かを少女に向けている。
 男の険しい視線と、少女の怯えたような視線が重なった。
 ズキューン
 その次の瞬間、少女は男、永斗に撃ちぬかれていた。 額を撃ちぬかれた少女の体が吹き飛ぶ。
「え?」
「な、なにを」
 二人の少年、ケイトと司の惑うような視線をうけて、永斗が少女から目をはずさぬままこたえる。
「死ぬ間際、あいつは言った。『妹を……殺して、仇をとって』と……」
「でも、なん」
「いい加減、正体を表したらどうですか」
 ケイトの言葉をさえぎって、結希がぴくりとも動かない少女に冷淡に言う。
「美砂さんの妹は……もう、この世にはいない。美鈴ちゃんは……、あなたが殺してしまったんでしょう……」
 結希の言葉がその場に静寂をもたらした……
「なぁんだ、ばれてたんだ」
 そういって少女は……いや、美砂の妹・美鈴の姿をしたものは立ち上がった。その口元には少女には不似合いな、いやらしい笑み。見た目の造型こそは美鈴と同じだが、その様子はかつて見た愛らしい少女とはかけらたりとも重ならない。
「そう、わたしは陽元美鈴なんかじゃない。わたしは……『許されぬ偽り』。こうやって……騙すのがわたしの役割。現に、美砂お姉ちゃんは……うまくだませたでしょう?」
「……」
 司はギリリと唇を噛み締めた。彼はここに至ってやっと、自分の感じていた違和感の正体に気付いたのだ。
 今思えば、何故気付かなかったのかと問いたくなるほどの明確な違い。
 そうだ、呼び方が違う。美鈴は姉のことを『美砂(みさご)お姉ちゃん』とではなく、『みさおねえちゃん』と呼んでいた!
「それにしても、お姉ちゃんってば、全然ダメなんだから。一人くらい殺してくれといてもいいのに」
 『許されぬ偽り』は蔑むような笑みを浮かべ続ける。
「ま、所詮はコピー。しかも見捨てられた不良品だもの、仕方ないかぁ」
 パーン
 『許されぬ偽り』に向かって結希が銃弾を撃ち放った。……が、それは軽く避けられる。
「そんなに気に障ったの? ……ああ、そうか。君も」
「黙りやがれ!」
 その言葉を断ち切るように司が氷柱をうちこむ。が、それは数本の髪を巻き込むに留まった。
「いい加減、元の姿に戻れ。……不愉快だ!」
「ふぅん。よっぽどあの女が気に入ってたのね。自分の複製体なのに」
 その言葉に兄弟が罵倒を浴びせるその前に、不意にケイトが口を開いた。
「永斗さんの複製体?そんな人はいなかった」
 結希、司、永斗と順に視線を送り、一つ頷くと『許されぬ偽り』に向かって言った。
「いたのは陽元美砂という名の女性……。永斗さんとつかちゃんの兄弟だけだ」
 ケイトの言葉を受けて、司が自分自身の気持ちを確認するように呟いた。
「ああ、そうだ、そうだったよな。美砂さんは、俺達の家族、俺の姉貴だった……」
 永斗も深く頷き、『許されぬ偽り』を睨みつけた。
「それを貴様は……」
 ギリリと噛み締めた唇から、血がこぼれる。
「……人の命を弄ぶような事は許せない」
「覚悟して下さい。絶対に、逃がさないから」
 怒りに染められたケイトの冷たい視線、涙を振り払った結希の硬い眼差しが『許されぬ偽り』に突き刺さる。
「美砂の仇、とらせてもらう!!」
「姉貴の仇、とらせてもらう!!」
 戦いが、始まる……!



 白く濁った空の下。
 冷たい冷たい雨が降る。
 それは全てを覆い隠すかのように、全てを消し去ろうとするかのように。
 ……戦いの痕もすでになく、ただ記憶の中に面影が残るのみ……
「オレが、悪いんだ……」
「つかちゃん……」
 柵に寄り掛かり、うなだれたまま司は続けた。
「オレが……オレがもっと早くやつが偽者だって気付いていれば、戦いは避けられた。……姉貴は、死なずにすんだんだ」
「いいえ、司さん。それは違います……」
 鳴咽を押し殺し、結希が静かに否定した。
「美砂さんも、気付いていたんです。本物の美鈴ちゃんじゃないこと、彼女がすでに殺されていたことに……」
「……なら何故、美砂はオレと戦った? 妹のため以外でアイツがそんな事をするはずがない」
 永斗の疑問に結希は涙ぐみながら、しかしきっぱりと答えた。
「贖罪のため」
 雨降る空を仰ぎ、震える声で続ける。
「妹を死なせてしまった罪……、それを自らの死をもって償うために、彼女は永斗さんと戦った……」
「永斗さんの手にかかって死ぬために、か……」
「……ちっ。こっちの気も知らないで」
 その手に残された遺品に向かって呟く。
 ……ふと、頭上がなお暗く陰った。
 見上げてみると黒い鳥が大きく旋回している。
「あれは……烏?」
「あ……。あの、あたしは支部に今回の事件を報告しに戻ります。……行きましょう、ケイトさん」
 不審な旋回を続ける烏を警戒していたケイトを促して結希はその場をあとにする。
「……なんだ、いきなり」
「……気をきかしてくれたんだろう。降りてこい、ネームレス!」
 烏はその言葉に答えるように、彼等の前に降り立った。
「調査資料、お持ちしました」
「ネームレスに調査頼んでたのか、でも……」
 烏が頭を下げ、申し訳なさそうに言う。
「間に合わなかったようですね……。申し訳ありません」
「いや、オレの依頼が遅かっただけだ。気にするな」
「……そう言ってもらえると、助かります。それで、この資料は……」
「せっかく調べてもらったけどさ。それ、もうい……」
 司の言葉を塞ぐように、永斗は無言で資料を奪い取った。そして一瞥すると、司に突き付ける。
「司、美砂の造られた場所はどこだ!?」
「どう、するつもりだ?」
 永斗は邪悪な笑みを浮かべ、答えた。
「決まっているだろう、こんな茶番をしくんだ阿保どもを潰しに行くのさ……」
「それなら俺も……」
 永斗は司の言葉を遮り、諭すような落ち着いた声で言った。
「司、荒事は伝説の暗殺者たるこのオレに任しておけ。……美砂も、お前が手を汚すことは望まないだろう」
「……わかった。全部任せるからな、兄貴」
 別れの言葉もかけず、永斗は弟に背を向け、歩き出した。
「……司!」
 が、いきなり振返り、司に何かを放り投げつけた。
「……っ!」
 受け取ったそれは、ほんのりと暖かった。
 手を開いて見てみると、それは唯一遺された彼女の遺品、薔薇がかたどられた美砂の髪飾り……
「連れて帰ってやれ……」
「ああ、わかった……」
 そして、兄弟は歩き出した。兄は妹の屈辱を晴らすために、弟は姉をいるべき場所にかえすために……
 二人違う道を、ただ一人家族 のために……。





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Scribble <2009,12,12>