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 美砂が来てから数週間が過ぎたある日のこと。二、三日後に迫る試験のために上月家にて、勉強会が開かれていた。
「つかちゃん、最近顔色いいね」
 唐突にケイトがそんなことを言った。
 それに司が、無駄に笑顔で答える。
「そりゃあ、規則正しい生活してるからな!」
 何だか幸せそうだ。
「美砂さんとうまくやってるんだ」
「ああ」
「ええ」
 司に対して発した言葉なのに結希からも返事が返ってきた。
 司と結希が顔を見会わせた。司に促され、結希が口を開く。
「美砂さんって凄くよく働いてくれるんですよー。それも早いし、正確だし、なによりと〜っても優しいんです。ずっと支部にいてくれればいいのになぁ」
「優しいっていうか、世話やきなんだよな美砂さんって。兄貴と違って暴走したりしないし、けっこう話もあうし。俺、このままあの人の弟になっちゃってもいいかも……」
 感嘆の息を漏らす二人を見て、ケイトは何と無く疎外感におそわれた。
 UGNとも積極的な接触もせず、司の家にあまり来ることもないケイトは、美砂とあまり顔をあわせていない。
「あ、そういえば美砂さんはどうしたんですか?」
「兄貴をつれて買い物」
「永斗さん、帰ってきてるんだ。っていうか買い物?」
 やっぱりいつものトレンチコート姿で買い物しているのだろうか。
 何せ、彼がその他の格好をしているのを見たことがない。もしケイトが食堂の常連だったのなら割烹着姿の永斗も目にしたのだろうけど……。
「……仲良く、してるんですね」
 結希が安心したようにほっと息をはく。
 自分が葵と相容れなかったという過去から、彼らの関係も憂いたのだろう。
 単に永斗に司以外とのコミュニケーションがとれないのでは……と思っただけかもしれないが。
「ああ、仲いいよ。昨日なんか、酔い潰れたのかなんかしらないけど、リビングで折り重なって寝てたし」
「気付いたんなら起こしてあげようよ、つかちゃん……」
「やったよ、そしたら抱き込まれそうになったんで一撃食らわして放置した」
「あ、ああ、そう……。ってどっちに?」
 永斗なら弟を抱き込もうとした永斗の、美砂なら仮にも女性の美砂に一撃を食らわす司の神経を疑うところだ。
 ブロロロ……
 車が玄関先に停まる音が聞こえてきた。
 司はこれ幸いとばかりに話題をかえた。
「兄貴達、帰ってきたみたいだな」
 司が玄関の方に目をやる。だからといって、別に出迎えに行ったりはしない。そんな年でもないし。
 コンコン
 控え目にノックされ、扉が開かれた。
「やあ、三人とも。差入だ……」
 ビニール袋を差し出しながら、美砂が力なく言った。その顔はどこか不自然に白い。
「ど、どうしたんですか?すごく顔色悪いですよ」
「心配、ない……。車に酔っただけだから……」
 力なく笑むと、足取り重く自分にあてがわれた部屋に去っていく。その顔色、足取りはとても車に酔っただけとは思えない。
 思わず司が立ち上がり、追いかける。
 ドン!
 追いかけかけたが、ドアからでた途端誰かとぶつかってしまった。
 ……まあ、誰かと言わずとも一人しかいないわけだが。
「ああ、司ちょうどいい、これを……」
「兄貴!どういう運転してんだよ!」
 出会い頭に司は喧嘩ごしにまくしたてた。
 が、永斗はどこ吹く風といったところだ。更に声をあげて、言う。
「美砂さんの顔、真っ白だったぞ!どうせ、またとんでもない運転してたんだろ!?」
「コピーの顔色が悪いのは車に乗る前からだぞ。それもあってな、兄ちゃん、今日は安全運転だった、珍しく」
「いつもそうしてくれ、頼むから。……じゃあ、美砂さんの顔色悪いのは何でだ」
「さあなあ……。ずっと一緒にいたわけでもないから分からん」
 いや、一緒にいたとしてもきっと彼は気付かないに違いない。彼はそういう男だ。
「美砂さん、大丈夫なの?」
「ケイト……。お前が他の奴のこと心配するなんて珍しいな」
「いや、珍しくないって。心配ぐらいするよ。それにさ、美砂さんのあの様子、なんか気になるんだ」
「まあ、顔色最悪だったしな」
「そうじゃなくてさ、何て言うか……何かが、心の奥で引っ掛かってるようで……不安が、かきたてられるんだ」
 そう言って落とされたケイトの視線は深刻な色をたたえている。
「あたしが様子を見てきましょうか?」
 戻ってこないケイト達を不審に思ってか結希も廊下に出てきた。
「結希が?」
「はい、女同士にしかわからないこともあるでしょうし。いってきますね」
 パタパタと走り去る結希の背中を見送りながらケイトがいぶかしげに呟いた。
「女同士にしかわからないこと? ……つわりとか?」
 勿論これは本気で言ったセリフではない。ただ何も思い付かなかくて、言ってみただけだ。
 ケイトもすぐに、そんなわけないだろう、といった返事が返ってくると思っていたのだ。
「……」
「……」
 返ってきたのは二人の沈黙だった。
 思わず半歩、あとずさる。
「なんで、そこで沈黙するんだ!?」
 ケイトの言葉を受けて司が大きくため息をつき、兄の肩を叩いて言った。
「兄貴……見に覚えは?」
「なぜ、いきなり俺に訊く!? 司こそ、どうなんだ! 俺より長い間、同棲していただろう!?」
「同棲って言うな! 物凄く不健全に聞こえるだろうが! ってか俺に覚えがないから兄貴に訊いてんだろ!?」
「俺にもない! ……たぶん」
「たぶんじゃねえ! あったらヤバいだろうが! 近親相姦どころじゃすまないだろ!?」
「二人とも、なんでそこまで盛り上がれるの……?」
「……ケイト、なんでそんな遠い?」
 気付けばケイトは兄弟から微妙に離れた位置にいた。実際はたいした距離ではないが何故かひどく遠く離れているような気がする。ケイトの彼らを見る目もどこか生暖かいし。
「……思うところがあってね。っというか、永斗さんにそっくりな美砂さんにたいしてよくそう言う台詞が出るね」
「表情とか違うし、化粧もしてるし、だんだん違うように見えてきてさ……」
「顔のことを除いて考えてみろ。ボン、キュッ、ボンを地でいってるんだぞ。ちょっとぐらいへんな気起こしてもおかしくないだろう」
「ああ、確かに美砂さんスタイルいいですよね」
 ケイトが納得したようにうんうんと力強く頷く。
 ゴンゴンガゴン
 そこを誰かに殴られた。痛む頭をさすりながら顔をあげると、同じように殴られたらしい司と、倒れ伏している永斗がまず目に入った。
「私を心配していると聞いて、来てみれば……ナニいかがわしい話をしているかな」
「……」
 もう、顔をあげずともわかった……。顔に怒りをにじませた美砂と、背後に炎を背負い、完全にはんにゃと化した結希がそこにいることを……。
 恐ろしさから顔をあげられずにいると頭上からこんな会話が聞こえてきた。
「美砂さん、やっぱり危険みたいですし、あたしの家に来ませんか?」
「う〜ん、そうだな……」
「え、ちょっと待って」
 美砂の言葉を遮る様にケイトが口を出す。そのケイトを結希はギッと睨みつけた。普段の可愛らしい彼女からは想像もできない様な、恐ろしいという言葉だけでは表現しきれない目付きだ。思わず睨まれていない者達もあとずさる。
「支部長殿、そんな怖い顔をしたら、せっかくの可愛い顔が台無しだ」
 そういって美砂は結希を抱き締めた。
「はにゃ!?」
 身長差もあって結希の顔は美砂の胸もとに完全に埋まってしまう。
「……!」
 ……ケイトが声無き抗議をあげる。
「私のことは心配する必要はないよ」
 そう言いながら、結希を解放した。……結希の顔が赤いのはたぶん、のぼせたせいだろう。いや、そうだと信じたい。
「ふみぃ……。でも美砂さん……」
「大丈夫、万が一の時は……蹴り潰すから」
 輝かんばかりの笑顔で彼らに向かって言った。その笑顔がステキすぎて"ナニを?"とはきけない。
 ……ドスを効かせて言われるよりも、その笑顔は恐ろしかった。
「勉強するんだろう?さ、戻りなさい」
 美砂に促され、部屋に戻る途中、ふとケイトは振り返った。
「ん?何かな?」
 一瞬、暗くなった顔に笑顔を取り戻させ、美砂がきいた。
「美砂さん、……」
 何かを言おうとして口を開くが、何も言葉が出てこない。言わなければならないことがあるのに、それを表現する言葉か見付からない。いや、そもそも何を言うべきか、その事自体がわかっていない。ただ言わなければ、という想いだけが心をかき立ててやまない。
「……。いえ、なんでもないです」
 結局、何もいえず、会釈をして美砂に背を向ける。ケイトの背を見送って、美砂がため息をつき、自室へと去っていく。その深く、重いため息を、いまだ倒れ伏したままの永斗だけが耳にした……



「ただいま……」
 帰宅した司はいぶかしげに眉をひそめた。いつもなら、まるで待ち構えていたかのように美砂が出迎えるのに、今日はそれがない。
「美砂さーん……兄貴ー?」
 明かりもついていないところを見ると誰もいないのだろう。まあ、永斗が家を留守にするのはいつものことだし、美砂だって出かける事もあるだろう。
「……」
 手早く私服に着替え、家の中をまわる。
 ……きちんと畳まれた洗濯物、きれいに掃除された部屋……、美砂が来て以来のいつもの我が家。何も、何も変わっていないはずなのに、どこか寒々しい。
「これって……」
 司はリビングで一枚の紙片を見つけた。それには司への伝言が残されていた。
 "……で待っている。支部長殿とケイトを誘って来てほしい。美砂"
 何故、美砂がこんな伝言を残すのか司には思い当たらなかった。携帯に電話をかけてみるが、電源が切られているのか、通じない。
 司の心に暗い影がさす。
「悩んでても、仕方ないか」
 そう呟きながら、家をでて、電話をかける。
「……あ、支部長さん? 今からちょっと出てこれっかな?」
 "運命の導き手" の名を冠する彼女なら、なにかしら答えをだしてくれるだろうと、この漠然とした不安を晴らしてくれるだろう、そう信じて司は暗くなりゆく道を進んでいった。


「来たか……」
 そう言って顔をあげた美砂を見て、三人は息をついた。
 美砂が無理矢理連れ拐われた可能性もあったからだ。
「突然呼びたしてすまない。今夜は……このまま私に付き合ってくれないか?」
 結希はケイトを見、続いて司を見た。二人が頷くのを見てから美砂に返事を返す。
「ええ、いいですよ。でも……」
「そう、よかった。なら、行こうか」
 結希の言葉を遮って言うと、美砂はくるりと背を向けて歩きだした。
「あ、待ってください」
 結希は小走りに追い掛け、美砂の腕をとろうと手を伸ばした。が、伸ばした手は、スッと避けられた。
「え……?」
「え? ああ、すまない。手を組むんだね」
 そう言って彼女は結希の手をとって再び歩きだした。その後ろで司はこっそりとケイトに話しかけた。
「いいのか?」
「うん。なんだか、捕まえとかなきゃいけない気がするんだ……」
 そう言われて司は改めて美砂を見た。……数歩歩けば手が届くのに、ひどく遠くにいる感じを覚える。それどころか、そのまま自分達を置いて、どこか遠くに行ってしまう、そんな気さえする……。
 そんな彼らの心境を知ってか知らないでか、美砂は足音高く……彼ら二人を引き離そうとするかのような勢いで歩いてゆく。
 男でも引き離されそうな速度を、彼らよりはるかにコンパスの劣る結希が普通に歩けるはずもない。彼女はすでに息を切らし、なかば走っているような状態だ。
「み、みさごさ、ん……」
 咳き込みそうになるのを我慢して呼んでみるが、速度を緩めないどころか反応もしてくれない。やはり、おかしい……。
 普段、彼女はもっとゆったりと歩く。結希と歩くときは彼女の歩調にあわせ、ことさらゆっくりと歩くのだ。どんなに急いでいても、こんな……何かに追い立てられるように歩くことは、ない……。
 美砂の足がピタリと止まる。
「ここ……?」
 結希が見上げながら尋ねる。
 そこはなんの変哲もない廃ビルー造形から察するにデパートか、何かーだった。
「……」
 美砂は結希の問いに何も答えず、ただ目で促した。ついてこい、と……。
 置き去りにされたマネキンの間を抜け、埃の積もった階段を登り、屋上にでる。もとはイベント開場にでも使われていたのだろうカラフルな椅子が古び、くちはてかけた様がやけに寂しい……。
 美砂がふっと上空を見上げ呟く。
「来たか」
 その眼前を横切り、彼らの前に舞い落ちたのは、赤い薔薇の花びら。
 次々と舞い落ちるそれは互いに寄り集まり、人の形を作り上げる!
 バサリッ
 薔薇の中から具現化した男はコートを大きくはらい、全身にまとう花びらをふり落とすと渋く呟いた。
「……待たせたな」
 …… 微妙な沈黙が、場を支配した。
「……って、なに人外な出現の仕方してんだ、この馬鹿兄貴!」
「ははは。能力の有効利用だ」
 楽し気に笑う永斗を生暖かい目で見ながら、ケイトが呟く。
「相変わらず、モルフェウス能力を満喫してるなぁ。でもあんな能力なんてあったかな?」
 結希が曖昧に笑いながら首を横にふり、言う。
「いいえ……。でも永斗さんですから……」
 なんの答えにもなっていないのだが、何故か説得力がある気がするのは何故だろう。
「もう、いいかな?」
 囁くような声に顔を向けて見れば、黒髪を風に流した美砂が寂し気な笑みを浮かべていた。真っ直ぐに伸ばした手の先に銃を握り締めて。
「なんの、冗談ですか……」
 結希はぽつりと呟いた。そう、悪い冗談だとしか思えなかった。彼女からは殺気どころか、敵意すら感じられない。
 銃口の方角こそこちらに向いているものの、それは明らかに誰も狙っていない……、自分達の数歩前の床に着弾する、そのことは銃を使う永斗や結希はもちろん、射撃に疎いケイトにもわかった。
「……悪いけど、冗談じゃないんだ」
 ズギューン
 美砂の拳銃から弾丸が放たれる。
 そしてそれは予測通り、彼らの数歩前に着弾した。だが、その後のことは予想外だった。
 ヒュッ
 風切り音をたてて気温が下がる。
「え?」
「まさか、これ!?」
 事前にそれが何かに気付いたのは同じ能力を持つ司のみ。
 だが彼自身もありえないはずの出来事に驚き、反応が遅れてしまった。
 ビキビキバキ、ピシッ
 冷たく凍る戒めの檻が彼らの周りに作り出された。
「なんで!? 美砂さんモルフェウス、エンジェルハィロウだって言ってたじゃないですか!? それなのに何故サラマンダーの能力が使えるんですか!?」
「僕達に嘘をついたんですか!」
「いいや。あの人は嘘なんてついてねぇよ。両方の能力を使うところを見た!」
 本来、サラマンダーでもない彼女に氷の戒めは使うことはできないはずなのだ。だからこそ司は直前になんであるかに気付いたのにも拘らず、反応できなかったのだ。
「俺と、同じシンドロームだと……? 貴様のその能力、サラマンダーのもののはずだ」
 彼らの頭上から渋い声が降りてきた。
 美砂はその声の主に目を向けることなく言う。
「あぁ、そうか。お前にだけは私のシンドロームを言ってなかったな。……だからこそ、避けることができた、ということか……オリジナル」
 そう、永斗だけは美砂の能力の全てを知らなかった。だからこそ、気温が下がった瞬間、サラマンダーの能力で攻撃されるとなんの疑いもなく判断し、避けたのだ。
「答えろ、コピー!」
「私は、間違いなく、お前と同じシンドロームだよ。そう、つくられたのだから……」
「あ……」
 その言葉に結希が小さく声をあげた。
「支部長殿は、思い当たったようだね。そう、私は複製体だ。複製体は、保持しないシンドロームの能力を発現させることがある……」
 引きつった笑みを浮かべ美砂は続けた。
「でも、何故サラマンダーなんだろう。いっそ全く関係無い能力なら……司と同じ能力をもったりしなければ、切り捨てる事もできたかもしれないのに」
 そっとふせられた瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。その涙を流れるにまかせ、永斗に言った。
「オリジナル、勝負をしよう。いつぞやの遊びとは違う、本当の殺しあいを!」
「コピー……」
 永斗が眉をひそめた。
「何故、戦わなければならない?」
 流した涙、引きつり壊れかけた笑み……美砂の言動の全てが、戦いを望んでいないことを如実に語っている。
「お前は、殺せない」
 依頼があれば、それが必要であれば……多少悩みこそはしても手にかけることもいとわなかっただろう。だが彼女には何もない。殺す理由はおろか、戦う必要さえも……。
「私は……お前を殺すよ? そして司達も……殺さなければならない」
「どうして、何故なんですか!? 美砂さん答えて!」
 その結希の問いに答えたのは無機質なスピーカーの音だった。
『どうしてもなにも、砂の薔薇デザートローズは元々我等のもの。あるべき場所でやるべき事をしてるだけだ』
「……私のあるべき場所は美鈴の隣だけだ」
 美砂がきつい眼差しでスピーカーを睨み、低く呟いた。
『この少女がそんなに大事かね?』
 男のいやらしい言葉に続いて、降ってきたのは愛らしい少女の声。
『お姉ちゃん!? 美砂みさごお姉ちゃん助けて!』
 その声に司には聞き覚えがあった。 それは美砂の妹、美鈴の声に間違いない。
 だが、何処か違和感を感じる気がする。 それは小石を踏んだような微かな、本当に微かな違和感。 しかしそれは確かにあった。
 そんな司の思考を遮るように、スピーカーが美砂に指令を下す。
『砂の薔薇、この娘が大切ならば……わかっているな』
 それっきりなんの音も発さなくなったスピーカーを一別すると、美砂は永斗達に向き直った。
「すずは……、美鈴は、私の全てだった……」
 とうとうと、誰に言うでもなく彼女は言葉を紡ぐ。
「彼女がいたからこそ、私は生きてこられた……」
 切なく、あえぐ様に、苦し気に……
「だから……だから私は戦わなければならない」
 涙を振り払い、決意に満ちた目を永斗に向ける。 その美砂の瞳、その裏に隠されたものを感じとったのか、結希は呟いた。
「……過去、系?」
 確かに彼女は過去系で話していた。
「……! うそ、まさかそんな!? ……美砂、さん?……」
 結希がいやいやをするように首を振る。 その瞳には涙が溢れ始めている。 彼女は、気付いてしまったのだ。 残酷な真実に、美砂の真意に……。
 ヒュッ
 微かな風切り音をたて、美砂が動いた。 と、同時に永斗の数歩前の空間に火花が散った。
 ズキューン
 そしてわずかに遅れて聞こえてきた銃声。
「今のを迎撃するか」
「仮にも、伝説の暗殺者だからな」
 そう、ニヒルに笑う永斗の手には一丁の拳銃。
 その銃口が煙をたなびかせて踊る。
 ギィン!
 今度は美砂のすぐ前で火花がちった。
「ほう……」
 永斗の感嘆の声に美砂は自嘲的に答える。
「仮にも、伝説の暗殺者の複製体だからな……」
 再び舞う、銃口、それを彩るように鳴り響く銃声。
 瞬きすることさえ許さぬように激しく行き交う攻防……。
 それはもはや戦う二人にしか分からぬレベルにまで達し、……飛び散る火花と血痕だけが二人の銃撃戦の激しさを物語っている。
「……!」
 一発の弾丸が永斗の肩を撃ち抜いた。
「兄貴!」
「心配するな。 たいしたことはない」
 そう言って永斗は眼前の美砂を見据えた。
 彼女は脇腹から血を流し、しかし震えることなく言葉を紡ぐ。
「次で、終りにしよう。 もう、疲れた……」
「……あぁ」
 それに応え、銃口を美砂にあわす永斗の背後で、結希が悲痛な声を漏らした。
「だめ、だめです……」
 彼女には分かっていたのだ。 美砂がこの戦いに望んだもの、この戦いの結末が。
「美砂さん死んじゃだめぇーー!!」
 結希の悲鳴に紛れ、銃声が一度、響き渡った。




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