Baby's breath
1
髪をゆらして吹き抜けていく生暖かい風が気持ち悪い。
空を見上げても欠けてしまった太陽は光を落としてくれない。
ああ、本当にもう、世界は終わりなんだ……。
「さあ、ティア。預言書を開いてください。……滅びと、再生の時です」
「うん……」
大好きな幼馴染の頁、大切な友人たちの頁……たった一人の特別な親友の頁。
「みんな、死んじゃうんだよね」
いつも優しくて親切で……けれど本当は自分のことだけが大切な町の人々。
「大丈夫だよ。皆、預言書のコードを元に再生されるよ」
一生出会うこともなかっただろうお城の人たち、ドワーフの親子。
「でも、私の知ってるみんなじゃない」
自分をさらったけれど、精一杯もてなしてくれた砂漠の人々。
敵国の人間としてであったけれど、和平が成立してからは自分を受け入れようとしてくれた帝国の人たち。
「私、私……」
涙が零れ落ちる。
死なせたくない。
つらいことや悲しいこともあったけど、誰一人失いたくない。
この世界を、滅ぼしたくない……!
「なんとかできないの!? 少しでもこの世界を助ける方法は?」
「……ないわけじゃない」
「おい、ネアキ!」
「……でもその方法は私たちからは教えることはできない。預言書の精霊としてではなく、ティア……あなたの友人として私は教えたくない」
精霊たちの顔を見るけれど、誰も目をあわしてくれない。
そして彼女は言った。『友人として教えたくない』と。つまりその方法は……自分の命にかかわるのだ。
必死に頭を働かせながら預言書をめくる。幾頁もめくり、剣の頁で指が止まった。
顔を上げて精霊たちを見る。彼らは何も言ってはくれないが、皆つらそうな、嫌そうな顔をしている。
「もしかして……預言書で今のこの世界を出せる? いつも剣とかを出しているみたいに?」
ウルの顔を見る。彼はつらそうに目を伏せ、顔をそむけた。
「出来るのね! どう……どうすればいいの!? 剣を出すときみたいにすればいいのかな!?」
「ティア……。お願い、私たちと一緒に新しい世界にい行こ? ティアは……私たちと一緒が嫌なの?」
「そうじゃない。そうじゃないよ! ただ……ほかのみんなも一緒にいたいの。誰も失いたくないの……」
大好きな彼らと一緒にいたくないなんてことはない。ただ、彼らだけでは足りないのだ。幼馴染や親友、たくさんの友人たち、ずっと親しく付き合ってきた町の人々、誰が欠けても自分はつらくて生きてはいけない。
「わかりました、ティア。教えましょう……この世界の寿命を延ばす方法を」
「ウル……本気か!? その方法はティアの……」
「わかっていますとも。しかしこのままでは彼女は納得しない。そしてどんな方法であれこの世界の寿命が延びれば……」
「ティアの、笑顔は守られる……」
「ウル、ネアキ……教えてくれるの?」
「あなたには私たちとともに新しい世界を作ってもらいたかった。……でもそうすると、あなたはもう二度と笑えなくなる。私は……あなたの笑顔が好きだから」
「あなたは一度決めたら決して意思を変えたりしない。これ以上の問答は意味がない……」
「そっか、そうだよな。ティアが決めたことを曲げたことなんてなかったよな……」
レンポがふわりと眼前まで飛んでくる。そして肩をつかんで言った。
「この方法は、お前の命そのものを削るんだ。結果、寿命は極端に短くなる。それにそうまでしても世界の寿命は数年程度しか延びないんだぞ、それでもいいのか?」
いつもきらきらと輝いているようなレンポの瞳が悲しげに沈んでいる。彼はわかっているのだ、自分が返す答えを……。
「うん。それでもいいよ。それでも、みんなと一緒にいたい」
「……っ」
ぼろぼろと涙を流す彼の姿が痛々しい。そっと視線を横にずらして見ればみんな泣きそうな顔をしていて……自分がひどいことをしている気分になる。いや、事実そうなのだろうと思う。自分は彼らに死に方をきいているようなものなのだから。
「ティア、一つだけお願い。私たちをそばにおいて?」
「一緒にいてくれるの?」
「ええ。そばにいることしか出来ないけれど……」
「ううん。それだけでもすごく嬉しい」
「ティア、私からもお願いがあります」
「なあに、ウル?」
「あなたに残される数年の間に……必ず、必ず幸せになってください。いえ、幸せであり続けてください」
「大丈夫だよ」
涙を乱暴にふき取ったレンポの顔を見て、ぽろぽろと涙を流すミエリの目元を拭いて、さびしげに見上げてくるネアキを抱き寄せ……最後にウルに笑いかける。
「みんながいるなら、私は幸せだから」
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Scribble <2009,06,13>