Baby's breath



 あれから何年が過ぎただろう……。
 いつ彼女を失ってしまうかと怯える日々はあっという間に過ぎて……今ではこんな日々がずっと続くんじゃないかと錯覚しそうになる。……もちろんそんなことはないんだけれど。
「ねえ、ティアはいつ帰って来るかな?」
「さあ、どうでしょうか。少し遅くなるとは言ってましたね」
「あまり夜遅くなると心配。もうティアには預言書の力はないのだから」
「大丈夫だろ? 遅くなったらあいつが送ってくるって」
 レンポがそう言ったの同時くらいに外からばたばたと何かが駆けてくるような騒音が聞こえてきた。そしてバンッと勢いよく扉が開かれ、栗色の髪をした一人の女性が現れる。
「き」
「き?」
「きゃー!? きゃー! きゃー! きゃーー!」
「お、落ち着け! 何があったんだティア!」
「もしや誰かに襲われかけましたか!?」
 外に飛び出していこうとする男性陣を押しとどめてから彼女の正面に回る。彼女の顔には怯えや恐怖といった色はない。ただひどく興奮してるように見えた。
「どうしたの、ティア? 何があったの?」
 そうたずねると彼女は我にかえったように数度の瞬きをして抱きついてきた。
「ミエリ、ミエリ! 私、私……プロポーズされたの!」
「本当に? おめでとう、ティア」
「うん、ありがとう!」
 答える彼女の笑顔は以前よりずっと大人びて……ううん違う。変わったのは笑顔だけじゃない。
 栗色の髪は艶をまし、背丈は伸び、体型は女性らしい曲線を描くようになった。もちろん顔立ちだって少女から女性に、愛らしいものから美しい顔立ちへと変化している。
 もう、ティアは愛らしいだけの少女じゃない、大人らしい美貌と理知を身につけた一人前の女性だ。
「……彼?」
 ネアキの言葉にうんうんと何度もうなずく。こういうところは昔から変わってない。
「どうしよう。ねえ、ミエリ、どーしよう!?」
 どうしようと言われても彼女に答えなんて出してあげられない。というより、彼女はすでに答えを出しているはず。……そう、彼女は答えを選んでいた。世界崩壊を延ばしたあの時から……彼女は、彼を選んでた。
「ちゃんと『はい』ってお返事したの?」
「……し、してない!? 私、びっくりしすぎて逃げてきちゃったよ!? どうしよう、ミエリ!?」
「じゃあ、ちゃんとお返事しなきゃ。ほら、早くいかないと、彼が誤解しちゃうよ?」
「うん! レクスのところに行ってくる!」
 軽やかに駆けてゆく彼女の背中を見送ってから、肩を落とした男性二人に声をかける。
「気持ちはわかるけど、そんなに暗い顔しないで。ティアの幸せが私たちの願いじゃない!」




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Scribble <2009,06,21>