Baby's breath



 陽だまりの丘、彼女の大好きなこの場所で、ティアは満面の笑顔を浮かべていた。
 周りには彼女が愛する、彼女を愛する友人たち。ティアの隣には彼女が最も愛する男性が少し照れたような笑顔を浮かべている。
「ありがとう、みんな!」
「でも、いいのか? こんな……新しい服を二人分も仕立ててもらって」
 困惑気味にたずねた青年の言葉に彼らの友人は答えた。
「もちろんだよ。せっかくの結婚式なんだから僕たちにお祝いさせてほしいな」
「そうよ。むしろこれくらいしか出来ないのが心苦しいくらい……」
 以前にティアに聞いたことがある。ローアンでは結婚式にドレスなど仕立てることが出来ない庶民は、せめて新しい服を仕立てるのだと。それに習い、彼らは新しい服を身に着けている。……友人たちより贈られたおろしたての服を。
「ティア〜!」
 エルフの少女が何かを抱えて駆けてくる。
「シルフィ?」
「よかった。間に合ったわよね? お父様にあなたの結婚のことを伝えたら、これを持って行きなさいって」
 そういってフワリと広げられたそれは柔らかなセピア色のベールだった。それをティアに被せて彼女は微笑んだ。
「ドレスは寸法が合わないだろうけどウェディングベールなら大丈夫だろうってお父様がおっしゃったの。お母様が使ったものだから、ずいぶんと古くて少し色が変わってしまっているのだけれど」
 『嫌だったかしら』と首をかしげる彼女にティアは否定の意を示す。
「ううん。そんないことないわ。すごく嬉しい!」
 純白の白よりも、この柔らかな色彩の方が優しいティアにはよく似合っていると思う。
「ティ〜ア〜〜!」
 この場にいる誰よりも上質な服を身に着けた女性が大きく手を振りながら駆けて来る。その後ろには苦笑を浮かべる銀髪の青年と、そんな二人の様子を楽しげに見つめる男性がいる。
「ドロテア皇女? それに皇子に将軍まで!? お城から抜け出してきて大丈夫なんですか?」
「だから俺もついて来てるんだろう。俺たちからもお祝いを言わせてくれ」
「そうだよ、ティア。私たちからもお祝いを言わせて欲しい。……結婚おめでとう」
「ティア! これはわらわ達からのプレゼントじゃ!」
 そう言って彼女が差し出したのは青い花をかたどったブローチだった。精巧な造りのかなりいい品のように思える。
 ティアは受け取ったものの、どうしようかと悩んでいるように見えた。……きっとこんな高価なものは受け取れないと思っているのだろう。
 それに気づいたらしい青年が彼女に微笑んだ。
「君の言いたいことはよくわかってる。でも安心して欲しい。お祝いの品のこんなことを言うのは何だけど……高価なものではないよ」
「本当に?」
「ああ。本当だ。そして国庫は関係ない。純粋に僕たちからの贈り物だ」
 それを聞いてティアはやっと笑顔を見せた。礼を言ってからそれを胸元につける。
「ありがとう。大事にするね」
「ティア、サムシング・フォーという伝説を知っておるか?」
「ううん。知らない」
 友人たちへと問いかけるが、皆首をかしげている。
「確か……花嫁が幸せになる、とかいう伝説でしたね。私も詳しくは知りませんが」
 ウルはかろうじて聞いたことがあるようだ。しかし人間の間に伝わる話だから詳しくはわからない。
「あー……確か何か四つの物を身につけるんだったっけ?」
 帽子をかぶった青年の言葉を受けて、言い出した本人が笑顔でその後を続ける。
「何か"新しい物"、何か"古い物"、何か"青い物"、そして何か"借りた物"じゃ!」
「へ〜。物知りなんだね〜」
「わらわもヴァルド皇子から聞いただけじゃがな」
「君の友人たちが服を仕立てるつもりだということは伝わってきていたし、町長がアンティークのベールを用意するということを聞いていたからね。サムシング・フォーにちなんで青いブローチにしたんだ」
 新しい服、古いウェディングベール、青いブローチ……その伝説を満たすにはあと一つだけ。
「なら、ティア……。これを貸してあげる」
 砂漠の魔女が自分のサークレットをはずし、それをティアの額に飾る。過剰に華美ではないそれはティアにもよく似合っていた。
「みんな、ありがとう……。私、幸せになるね」
 ティア以外の全員の視線が彼女の隣に立つ青年へと注がれる。
 その視線を受けて、彼は力強くうなずきこう言った。
「わかってる。俺はティアを絶対に幸せにする」
「違うよ。一緒に幸せになるんだよ、レクス」
 ティアの言葉に彼は恥ずかしげに笑い、彼女を抱き寄せた。
 ……ティアをとられたようで、少し寂しい。
「ティア、私たちからもお祝いさせてね」
 ミエリが両手を広げるとともに丘の一面に花々が咲き誇る。続いてレンポとウルが片手をあげると空中に炎と雷による光の花が咲いた。
「ネアキ!」
 ミエリに言われなくてもわかっている。
 力を込め、ティアに向かって両手を差し伸べる。
「……わあ!」
 小さな小さな氷の花がたくさん生まれ、光を反射しながらティアへと降り注ぐ。
「ティア……。幸せになって、ね?」




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Scribble <2009,06,27>