Baby's breath



 暗い暗い暗い。
 ああ、なんだ?
 何でこんなに暗いんだ。
 早く、早く目を開けないと……。
『お兄ちゃん起きて! 早くしないと……』
 早く起きないと怒られる!!
「……はっ!」
「ああ。やっと起きた! もうお兄ちゃんってば今日は皆で出かける約束でしょ? 早くしないと遅れちゃうよ」
「あ、ああ。……ミーニャ、か?」
「どうしたのお兄ちゃん。まだ寝ぼけてる?」
「いや、大丈夫だ。ほら着替えるから出て行けよ」
 なんだったんだろう今の夢は。なんだか嫌な夢だったような。ちょっぴりいい夢だったような。
 手早く着替えて妹の元へと行くと、すでに二人の友人がやってきていた。
「おはよう、レクス」
「おはようございます、レクスさん」
「ああ、おはよう。デュランもファナも早いな」
「お兄ちゃんが遅いんだよ。ほら、見て! デュランにお花もらっちゃった」
 妹が胸元に飾った白い花は摘みたてのようにみずみずしい。この花は森のそばに咲く花だったはずだが、わざわざ朝から摘みに行ったのだろうか。
「なんだか夢見が悪くてね。早く目が覚めちゃったからちょっと散歩のついでに行って来たんだ」
「そっか。ミーニャ、お礼は言ったのか?」
「ううん。……ありがとうデュラン!」
「どういたしまして、僕のお姫様」
 デュランが帽子を脱いで、大仰なお辞儀をする。
 ……小さい頃の勇者ごっこの延長だとわかっていてもちょっとむかつく。 
「そういえばファナはどうしてこの家まで来たの? ファナの家に集合だったはずなのに」
「私も早くに目を覚ましてしまって……。それになんだか皆に早く会いたかったの」
「じゃあ、これから二人を迎えに行こうか」
「そうだな。あの二人ならきっと準備も出来てるだろうし」
「じゃあ、ティアたちの家に出発!」
 勢いよく妹が腕を振り上げると同時に、コンコンと玄関からノックの音が響いてきた。
「レクス、ミーニャいる〜?」
「あ、ティア!」
 パタパタと駆けて行き、扉を開けるとそこには友人たち兄妹がそこにいた。
「おはよう、レクス。……なんだ、みんなここに来てたのね」
「ああ。ま、このまま出かけられるから都合がいいだろ?」
「レクスレクス! ちょっと訊きたいんだけど! 僕とティアって二人暮しだったっけ?」
 胸元にすがり付いてくるこの友人はいったい何を言っているのだろう。……確か彼とティアはずっと二人暮しだったはず。
 ……ずっと?
 この二人に両親はいない。それは確かだ。ならこの二人はどうやって今まで暮らしてきたんだった?
 ……よく、思い出せない。
「ユミルってば変なのよ。今朝急に『家族はいなかったか?』とか『お兄さんやお姉さんがいたよね?』とか言い出すのよ」
「だって! 今までずっと誰かも一緒だった気がするんだ!」
「……いや。気のせい、だろ? ユミルはティアとずっと二人暮しだったはずだぜ」
「そうなのかな……。なにか、大切な人を忘れてる気がするんだ」
 首をかしげているが、いつまでも悩んでいてもらってもしょうがない。彼を促して広場へと歩を進める。
「う〜ん」
 まだ悩んでいる。前を見ていなくて危なっかしい。……というか。
「わっ!」
「イタッ!」
 横から走ってきた女の子にぶつかってしまった。
「ご、ごめんね」
「ラウカも前を見てなカッタ。こっちコソ悪かったナ」
 なんだか変わった子だ。毛皮のような服を着てるし、明らかに町の人間じゃない。
「おい、ラウカ! 勝手にどこかに行くとはぐれるぞ」
 顔に傷を負った大男が少女を呼ぶ。その子が駆け寄っていくと軽々と肩に担ぎ上げていってしまった。
「今の確か……」
「知ってるのか、デュラン」
「うん。確か隣の国のヒース将軍だよ」
「じゃあ、きっと皇子様の護衛とかで一緒に来たんだね」
「ユミル、悩み事はもう終了か」
「うん。せっかく皆で出かけるんだから、悩むのは後にするよ」
 ふと気づけば妹たちがいない。きょろきょろとあたりを見回すと大剣を背負った少年を連れた占い師と話し込んでいた。
「本当? 本当に?」
「わ、私も?」
「絶対だよね?」
「ええ。本当、絶対に、あなたたちは好きな人と幸せになれるわ」
「「「わ〜〜」」」
「な〜に。やってんだ、お前ら」
「あのね、あのね! 占いをしてもらってたの!」
「あのね、私たちみんな好きな人と幸せになれるって!」
「お兄ちゃんも占いしてもらいなよ!」
 苦笑しながら、占い師に金を払おうと前へ出る。すると彼女はきれいな微笑を浮かべながらこう言った。
「お代は結構よ。……皇子様と皇女様の婚約祭典の日だもの、恋占いは無料よ」
 そのままじ〜っと見つめてきて、こう続ける。
「うん。あなたも好きな人と幸せになれるわ。私の占いはよく当たるのよ。ね、アンワール?」
「……お前の連れが保障しても意味ないだろ」
「そうでもないわよね」
 本当に当たるか当たらないかというのは別として、彼女らの言葉は信用できるような気がする。
「……祭典が始まったようだぞ。行かなくていいのか」
「あ、本当だ!」
「またね。占い師のお姉さん!」
 女性陣にそれぞれ捕まえられ大通りまで連行される。そこはもう人でいっぱいになっていた。町長が娘と共に必死に人の整理を行っている。
「皆さん、押さないでください! 枠の中から出ないように!」
「ご両親は絶対にお子さんの手を離さないでくださ〜い!」
 ……大変そうだ。
 城のある方向から盛大な歓声が上がった。精一杯背伸びをして見てみると、綺麗に装飾された馬車に乗った銀髪の皇子と、金髪の皇女がにこやかに手を振っていた。
「確か和平交渉に訪れたヴァルド皇子様にドロテア皇女様が一目ぼれされたんだよね?」
「よく知ってんな、ティア」
「ただの噂だけど。でも愛が国を救うっておとぎ話みたいで素敵よね」
「……女ってそういうの好きだよな」
「うん。おとぎ話とか、あとは恋物語とか大好き。特にハッピーエンドで終わるのわね」
「……ああ、そうだな。物語はハッピーエンドがいい」
 互いの手を握って笑いあう。そんな自分たちを友人たちが大声で呼んだ。
「向こうで皇子様たちにお花を渡せるんだって。お兄ちゃんたちも一緒に行こうよ!」
「もう君たちの分の花も買ってあるんだよ」
「ティアも一緒に皇子様たちにお花を渡しましょう?」
「ティアといちゃつきたいのもわかるけど、それは後にして早く行こう!」
「な!? 誰がいつ、いちゃついったって!!」
「もう! ユミルってば、違うの!?」
 そんなことを大声で言い返しながら、友人たちのもとへ二人で駆けて行った。


「もう、大丈夫だね」
「ええ。ティアも、その子であるユミルも」
「レクスもティアも、ユミルの親であったのは前世界での話」
「でもよ。二人とも『レクス』と『ティア』に違いないしさ」
「でもびっくりしたよねー。そのままの世界そのままの住民が再現されてたんだもの」
「ティアにとって、あの世界が素晴らしい世界であったのでしょう」
「でも……今の世界の方が前よりもずっといい」
「ティアの願いがこもってるからな」
「……よかったのかな。ユミルたちの記憶から私たちのことを消してきて」
「そのままの彼女らがいることに喜んで、ユミルを連れておりたものの……精霊との記憶は彼らには不要なものです」
「寂しいけど、それが最善」
「けど、楽しかったよな。ティアとユミルとの生活」
「うん。楽しかったー。ティアと一緒に歌を歌ったり……」
「二人に勉強を教えたり……」
「ユミルに頼まれて雪をふらせたりもした……」
「俺たちのことをさ、お兄ちゃんお姉ちゃんって呼んでくれてさ……」
「……いつまでも、くよくよしてても仕方ないよね」
「そうですね。もう行きましょうか」
「私たちの眠りが、永遠に続くことを私たちは祈る」
「二度と、預言書が現世に現れないことを俺たちは願う……」



ティアの創ったこの世界が永久に続きますように!






Baby's breath
和名 : カスミソウ
花言葉 : 切なる願い



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Scribble <2009,07,19>