Baby's breath



 姿を消して、世界を見て回る。ティアの意識は落ちてしまったが、彼女の命はまだ尽きてはいない。だからその前に、彼女の愛した世界を、その住民たちをこの瞳に焼き付けていこう。
 まずはじめに目に入ったのは片目に傷をおった男と毛皮をまとった女性。
「空はアンナにきれいなノニ世界が滅ぶノカ」
「ああ。らしいな」
「皆、死んじゃうのカ」
「そういうことになるな」
「ティアも?」
「ああ。本当はティアだけは助かるはずだったらしいが……」
「それはキイタ。でもラウカはティアと一緒で楽しカッタ。ティアもきっとソウダ!」
「そう、だな。なら俺たちがとやかく言うことじゃないな……」
 砂漠で空を見上げていたのは占い師である女性と大剣を背負った青年。
「きれいな星空……」
「ティアの愛した空だ」
「今からこの世界が滅ぶなんて嘘みたい」
「だが現実だ。そしてティアが創った世界が広がることになる」
「きっと素敵な世界よね」
「ああ。ティアの創る世界だからな」
 続いて見えたのは彼女の幼馴染である女性と勇者の花を帽子に飾る青年。そして泣き続ける小さな少女。
「あーんあーん!」
「どうしたの?」
「おねえちゃん! こわいの、ミーナこわいの!」
「だいじょうぶよ。みんな一緒にいるでしょう?」
「何か手伝えるかい?」
「……道場のほうはいいんですか?」
「あっちの方は大丈夫。孤児院の方が小さな子供たちばかりで大変だろう」
「おにいちゃーん! ミーナこわいよー!」
「……大丈夫だよ。さあ、僕たちと一緒に皆がいる場所に戻ろう。そうしたらたくさんお話をしてあげるから、少し眠るといい。……そうすれば、眠っているうちに全てが終わるから」
 怯えている町の人々をなだめているのは町長とその娘であるエルフの少女だ。
「皆さん落ち着いてください! 静かにその時を待ちましょう!」
「お父様、大丈夫ですか?」
「いや。私は大丈夫だ。彼女にかせ続けた苦しみに比べればこれくらい」
「そうですわね。私も残された時間、精一杯がんばります。ティアの作ってくれた時間ですもの」
 町の様子を見終わり、城へと向かう。城内の人間を家族の元へ返したのだろう、その静かな場所で彼女の友人である皇族二人は寄り添いあっていた。
「短い間であったが、私はよき王であられただろうか」
「はい。帝国、そしてこのカレイラにとってあなたは素晴らしき王でありました」
「……なら私は、あなたのよき夫であられただろうか」
「はい。わらわはあなたの妻となれて幸せでした」
「そうか。なら私には何も悔いはない……」
 全てを見て周り、最後に訪れたのは彼女が愛した土地。そこに、彼らはいた。姿を現実に描きだして彼に声をかける。
「ここにいましたか」
「ああ。最期のときはティアの好きな陽だまりの丘でって決めたんだ」
 青年の腕の中には深い眠りについたティアと、あどけない表情で彼を見上げる小さな赤子。その二人を抱きしめながら彼は言う。
「な、世界はどうやって創るんだ。ティアはもう……」
 本当に知りたいわけではないだろう。ただ不安をまぎらわせたいだけなのだろうと思う。
「ティアの魔力はその子に受け継がれています。だからその魔力を用いて世界を創生することになる」
 彼がはっとした表情で自分を見上げてきた。
「じゃあ、もしかして!?」
「ええ。その子は新世界に渡ることになる」
「そうか。……そうか!!」
「あなたはどうしますか」
「え?」
「新世界に渡れるのは預言書の魔力を持つ者とその者に最も親しい者。つまりあなたです」
 たずねてはみたが、自分には彼がなんと言うか想像が出来た。
「俺はこの世界に残る。ティアと一緒にいる」
「子を見捨てる、と」
「ああ。ダメな父親だろ。だからウル、息子を頼む」
「私に、頼むのですか」
 ティアを奪った男の子を自分に頼むというのか。
「ティアの子だ。俺の子であると同時にティアの子でもある。だから邪険になんて出来ない。そうだろ」
 そうだ。彼は気づいていたのだ。自分がひた隠しにしていた彼女への想いを。ティア本人にすら気づかれなかった恋心を、恋敵であるはずの彼は真っ先に気づいていた。
「横恋慕してた男に子を預けるんだ。……俺の気持ちもわかってくれ」
 自らの手で育てたいという気持ちもあるだろう。しかしティアへの愛はそれに勝ったのだろう。
 彼が、うらやましい。
 ティアと共に逝けることを、その選択をとることが出来る彼がうらやましい。
 精霊である自分は自らの気持ちよりも世界を優先せねばならない。彼のようにたった一人のために全てを捨てることが出来ない。
「ウル」
 子が手渡される。見上げてくる赤子の瞳は何もかも見通しているように澄み切っている。
「あなたが一人で生きてゆけるまで、私たち精霊は共にありましょう。ティアの子であるあなたが幸せになれるように私たちは愛を注ぎ込みましょう」
 風が強くなる。空がひび割れるようにぴしぴしと光の筋を走らせる。ああ、最期の時だ。
「レクス、別れの時です」
「ああ。……ユミルを頼む」
「はい。……さようなら、ティア、レクス。あなたたちと共に生きた時間は私にとっても幸せなものでした」




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Scribble <2009,07,11>