Master and pupil



 彼女が目によくとまったのは、彼女が天使には珍しい褐色の肌をしていたからだと思う。
 その少女は他者との違いを何も気にすることなく、友と遊び、世界樹に仕え、毎日を過ごしているように見えた。
 ただ、時折……ひどく寂しげな瞳をしていることがある。それは決まって友が師匠とともにいるときだった。
「あの子が気になるの、イザヤール?」
「……ああ」
 イザヤールがラフェットから視線を少女に戻すと、すでに彼女は寂しげな色を消し、自分の役目へと戻るところだった。
「あの子は可哀想な子なの」
「可哀想とは?」
「教えをこうていた師匠を目の前で……」
 そう言って悲しげに首をふる。
「彼女を引き取ろうという天使はいなかったのか」
「……イザヤール。弟子をとれる天使はそう多くはないのよ?」
 言われてみればその通りだった。弟子をとるにはある程度の階級が必要だ。その数は天使全体から見れば決して多いわけではない。
「ラフェット、君は?」
「……私にはもう弟子がいるから」
 そうだった。弟子を多人数とるのは好ましくないだろう。
 脳裏に浮かぶのは先ほどの悲しげな少女の眼差し。これを払うに一番良い方法は考えずともわかる。
「……ラフェット」
「何?」
「あの少女の住まいを教えてくれ」
「……彼女を弟子に?」
「ああ」
 彼女を追おうとするイザヤールをラフェットに引き止めた。
「今まで弟子をとろうとしなかったあなたが彼女をさがしまわったりしたら、ちょとした騒ぎになるわよ。そんなことをしなくても夜にはテラスから星を眺めてるから、その時に話してあげて」



 ラフェットの言った通り、少女はテラスから星を眺めていた。しかし彼女は美しいからという理由で星を眺めていたわけではないようだった。
 あの時見た寂しげな目で空を見上げ、何事が呟いている。
「そこで何をしている?」
 少女がビクリと羽をふるわせ、イザヤールへと顔を向けた。
「あ、あの! お邪魔だったでしょうか……えっと……」
 少女が首をかしげながら口ごもる。それもそうだろう。彼女とイザヤールに面識はない。羽から相手が上級天使であることは理解できるだろうが。
「イザヤールだ」
「イザヤール様。申し訳ありません。すぐに退きますので」
「いや、かまわない。ただ教えてくれないか? なぜあんなに寂しげに空を見上げていたのかを」
「……ラフェット様が、役目を終えた天使は星になるのだと教えてくださったのです。……だから私の師匠もあの星空の中にいるのかなって……」
「……そうか」
 少女の頭を撫でる。うまく手入れができていないのだろうか、長く伸ばされた銀髪は所々もつれていた。
「イザヤール様?」
「師匠のことが好きだったのだな」
「はい、とても。私にたくさんのことを教えてくださいました」
 師匠もよく頭を撫でてくれたんですよ、と少女が笑う。そんな彼女に問いかける。
「もう、他の誰かを師事するつもりはないのか?」
「えっと……?」
「私の弟子になってはくれないか?」
 注意して言葉を選んで尋ねる。決して威圧的にならぬように、彼女の意思を最大限にくみ取る形になるように。
 師弟関係は決して強制でなるものではない。だからこそ天使は上級天使に逆らえぬという理にふれないように彼女に尋ねる。
「……なぜ私を?」
「理由が必要なのか?」
「そうではないのですがお名前を聞いて思い出したんです。イザヤール様は今まで弟子をとられなかった方だということを」
「……そうだな。まず一つ目として、よく目にとまったというのがあるな」
 少女がコクリとうなずく。彼女も自身の容姿を、そしてそれが人の目をひくことを知っているのだろう。
「そして私の見る限り、君は友を大切にし、役目を真面目にこなし、毎日を懸命に生きている。そんな君に好感を持った」
「……イタズラもしてますよ」
「まだ子供だからな、多少悪さをしてもおかしくない。……そうやって正直に告白するところも気に入った」
 もう一度彼女の頭を撫でる。すると彼女はくすぐったそうに笑い、イザヤールの手をとった。
「イザヤール様、申し出をお受けさせていただきます。私を貴方の弟子にしてください」
「そうか!」
 少女を抱き上げる。すると彼女はためらいがちにだが抱きついてきた。
「……君の亡くなった師匠も惜しいことをしたな。こんなによい子を残してゆくなんて」
「でも、もうお年でしたから」
「は?」
「……イザヤール様?」
「君は、目の前で師匠を亡くしたと聞いたのだが」
「……ええ、確かにその通りです。でもイザヤール様は少し誤解していらっしゃいます。師匠が私の目の前で亡くなったのは本当ですが、私は最期を看取っただけです」
 ……。
 ラフェットは何故あんな誤解させるような言い方をしたのだろう。
「……イザヤール様、どうなさったのですか? お顔が、怖いです」
 不安げに羽をふるわせる少女の顔を見て我にかえる。
 冷静になってみれば彼女の真意も予想がついた。
 ラフェットはこの師匠を亡くした少女が不憫でしかたなかったのだろう。友と幸せな毎日を過ごしながらも、自分が属するべき者を求めていたこの少女に居場所を作ってやりたかったのだ。
 もう弟子のいるラフェット自身は少女の師匠になれぬからと、自分を――少女に興味を抱いていた自分の背中を押した。
「もしかして私を哀れまれたのですか? だから私を弟子に?」
「……いや、そうではない。純粋に君のことが気に入ったんだ」
 ラフェットの話が最終的にイザヤールの意思を決定つけたのだとしても、弟子に彼女をとりたいと思ったのはそれとは関係はない。
「そういえば名を尋ねていなかったな」
「ああ! すいません、私、お名前を聞いたのに名乗っていませんでした!」
「いや、いいんだ。で、名は何というんだ?」
「私はノーヴェといいます。これからよろしくお願いします、イザ師匠!」
 そう言って、イザヤールの初めての弟子は抱きつく手にしっかりと力をこめた。




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Scribble <2010,05,09>